シアワセな自殺がしたかった。
そいつを買って数日後の話だ。
会社から電報があった。
『サイキン シュッシャ シテイナイ ヨウデスガ ドウカ サレマシタカ』
俺は適当に電報を打って返した。
『タイチョウ フリョウ デス』
数日休む旨も伝えた。
意味はないが。どうせ三日後には死んでいる。
物というのは飾れば飾るほど美しくなるものだ。
どうせ俺なんて、と思うが、それでも死に際くらいは美しく飾りたいものである。
俺はどうでもいい。だが、俺の付属物は、俺の装飾品は、美しくなくてはならないのだ。
町へ出た。酒はやめた。最後の晩餐のために、一本ぶん、好きだった酒を飲むための金だけを預け、残りはすべて、そいつを着飾るためだけに使った。
当然、格式高い服など買えない。そのかわり、精一杯見栄えがよいものを選んだ。
近頃はようやく服も安くなってきた頃だ。新品の服飾品くらいは、俺の財産でも充分に買えた。
「……あの」
「なんだ」
「いい、んですか」
「……不満か」
「そ、そんなことは、ないですけど」
口答えするな。
歯が硬質な音を立てた。悪いクセだ。噛みすぎて砕いてしまったようだ。
だが、俺は物に当たるようなことはしない。大きく息を吸うと、怒りで加速した鼓動も多少は落ち着くものだ。
だいぶ散財し、そいつは奴隷とは思えないほどちゃんとした格好になった。
どこに出してもバレやしない。俺の娘だと言い張ってもいいだろう。
考えてみれば、これでは親が子にするのと同じことではないか。
忌々しい。それと同等に見えているのがひどく忌々しい。
俺は身辺整理をしているだけだ。断じて、こいつに愛着が湧いたわけではない。
クソが。
コイツが無言なのが、なおさら腹立たしい。なにか言え。
礼なら礼を、不満なら不満を言うべきだ。
「おい」
「な、なん、ですか……」
「その怯えたような喋り方をやめろ……!」
俺は唸るように言った。周囲の目を気にしてとっさに言ったことだったが、もうすぐ死ぬのだ。
気にする必要も、なかったな。
「す、すみませ……」
「そのすぐに謝るのもやめろ。……俺の奴隷に相応しい態度を取れよ」
「ごめ……は、い……」
「それでいい。……お前は、今日、どう思った」
顔は見なかった。
あとで飽きるほど見ればいい。
どうせ夜は――昼もそうだが――俺の物なのだ。
「……どう、って」
「今日一日どう思ったのか聞いているんだ。質問に答えろ」
少し黙ったあと、そいつは、
「……嬉しかった、です」
と小声で言った。
「なぜだ」
「服なんて、買ってもらったこと、なかったから」
分かりきった、ありきたりな答えだった。
本心とは思えない。
何も信じられなかった。
俺が買ったのに、どうして買ったものに悩まされくてはいけないのだ。
「……本当か?」
「は、はい! ……あの、ほんと、です」
どこか怯えたように、そいつはいう。
何を怯える必要がある?
俺はただ聞いているだけだ。
しかし、本当だと言うのなら、今はそれを信じることにしよう。
そうか。喜んだか、これで。
シアワセな自殺がしたかった。
俺はもう充分、満足できる自殺の準備は整っている。あとは、俺の付属物を満足させるだけでいい。
それで完成する。
そうだ。明日は、こいつになにか食わせてみよう。意外に金は余るものだ。