表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/16

いい買い物をした、と思った。

 家に着いて、俺はまずそいつにシャワーを浴びせた。

 もう服として機能していなかったボロ布は焼いてしまった。ひどく悲しげな顔をしていたが、俺が不快なのだからそれでいいのだ。

 思ったとおり、洗ったあと、泥とすすのしたから出てきたのはシルクのような白い肌だった。少女らしいみずみずしさも、失われてはいなかった。

 ところどころに鞭で打たれたような腫れがあるが、あとになるほどひどいものではなかった。

 世渡りのうまいやつだったらしい。状態もいい。頭がおかしくなっているわけでもない。

 いい買い物をした、と思った。

 俺の家はひどくオンボロだった。築何年だろうか、考えたこともない。数ある社宅のうち、それなりの地位があるやつが住める一戸建てである。

 海が見えるのが唯一の長所だった。ほかはなにもない。吹けば飛びそうな家である。

 飯を与えた。残りものと同然だが、俺よりいい飯を食わせるわけにはいかなかった。

 それでも、奴隷市場よりかはマシだったのだろう。食事作法は礼儀正しい。

 俺は自分より下等なものを見るのが好きだが、汚らしいのは嫌いだった。不快なのである。

 だからだろうか。奴隷市場では満たしきれなかった欲が、こいつを見ているとどんどん満たされていく。

 支配欲、性欲、独占欲。

 灰色だった人生に色みがさすのを感じた。雨上がりの空に虹がかかるように。夜が明け、東の空が茜色に染まるように。

 無色透明の水に垂らしたインクが広がるように。

 少しだけ、そいつと喋った。

「お前は何が好きだ」

「……好きなものはありません」

 それはそうだろう。

 その歳で売られるほど家が貧乏なら、幼い頃から金以外のことなど教えられなかったはずだ。

「では、俺のことはどう思う」

「……素晴らしい方だと思います。こんな私を買ってくださり、ありがとうございます」

 幾度も練習したのだろう。最初の演技らしい空白を除けば、その言葉はいやにすらすらと出てきた。

 ああそうだろうな。奴隷を買うような身分の人間は、その言葉で我慢できるだろう。

 だが、俺はそうじゃない。

 そいつの首を、俺は死なない程度に締め上げた。

 呼吸が苦しくなる程度だ。

 ここで殺すな。

 死なない程度に痛めつけるのだ。

「嘘をつくなよ。バレバレだぞ」

「ご、ごめんなさっ……!」

 かひゅ、と喉が鳴った。

 喉が潰れてもよくない。俺はそいつを開放してやる。膝からくずおれた。

「なあ、俺は本音で話がしたいんだよ」

「は……はい」

「嘘は良くないよなぁ。習わなかったか? 親から」

「……ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい……」

「謝罪はいらねんだよ」

 俺はそいつの髪をひっつかんで、無理やり顔をあげさせた。

 目の端に涙が溜まっていた。

「……よく、わかりません」

「あんだと?」

「ま、まだ、少ししか過ごしてないの、で」

 俺は人生で最大級の舌打ちをして、そのままそいつを床に叩きつけた。

 鈍い音がした。

 鼻血だ。顔面から突っ込んだらしい。折れたわけではなさそうで、安心する。

 容姿に影響がない怪我なら、いくらしてくれても構わない。

「床についた血は掃除しておけ」

 あろうことか、俺が与えてやった服で拭こうとしていたので、そこらにあった布を投げてやった。

 あとから分かったのだが、それは俺のよく着ていた上着だった。質屋に持っていっても売れなかったものだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ