いい買い物をした、と思った。
家に着いて、俺はまずそいつにシャワーを浴びせた。
もう服として機能していなかったボロ布は焼いてしまった。ひどく悲しげな顔をしていたが、俺が不快なのだからそれでいいのだ。
思ったとおり、洗ったあと、泥とすすのしたから出てきたのはシルクのような白い肌だった。少女らしいみずみずしさも、失われてはいなかった。
ところどころに鞭で打たれたような腫れがあるが、あとになるほどひどいものではなかった。
世渡りのうまいやつだったらしい。状態もいい。頭がおかしくなっているわけでもない。
いい買い物をした、と思った。
俺の家はひどくオンボロだった。築何年だろうか、考えたこともない。数ある社宅のうち、それなりの地位があるやつが住める一戸建てである。
海が見えるのが唯一の長所だった。ほかはなにもない。吹けば飛びそうな家である。
飯を与えた。残りものと同然だが、俺よりいい飯を食わせるわけにはいかなかった。
それでも、奴隷市場よりかはマシだったのだろう。食事作法は礼儀正しい。
俺は自分より下等なものを見るのが好きだが、汚らしいのは嫌いだった。不快なのである。
だからだろうか。奴隷市場では満たしきれなかった欲が、こいつを見ているとどんどん満たされていく。
支配欲、性欲、独占欲。
灰色だった人生に色みがさすのを感じた。雨上がりの空に虹がかかるように。夜が明け、東の空が茜色に染まるように。
無色透明の水に垂らしたインクが広がるように。
少しだけ、そいつと喋った。
「お前は何が好きだ」
「……好きなものはありません」
それはそうだろう。
その歳で売られるほど家が貧乏なら、幼い頃から金以外のことなど教えられなかったはずだ。
「では、俺のことはどう思う」
「……素晴らしい方だと思います。こんな私を買ってくださり、ありがとうございます」
幾度も練習したのだろう。最初の演技らしい空白を除けば、その言葉はいやにすらすらと出てきた。
ああそうだろうな。奴隷を買うような身分の人間は、その言葉で我慢できるだろう。
だが、俺はそうじゃない。
そいつの首を、俺は死なない程度に締め上げた。
呼吸が苦しくなる程度だ。
ここで殺すな。
死なない程度に痛めつけるのだ。
「嘘をつくなよ。バレバレだぞ」
「ご、ごめんなさっ……!」
かひゅ、と喉が鳴った。
喉が潰れてもよくない。俺はそいつを開放してやる。膝からくずおれた。
「なあ、俺は本音で話がしたいんだよ」
「は……はい」
「嘘は良くないよなぁ。習わなかったか? 親から」
「……ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい……」
「謝罪はいらねんだよ」
俺はそいつの髪をひっつかんで、無理やり顔をあげさせた。
目の端に涙が溜まっていた。
「……よく、わかりません」
「あんだと?」
「ま、まだ、少ししか過ごしてないの、で」
俺は人生で最大級の舌打ちをして、そのままそいつを床に叩きつけた。
鈍い音がした。
鼻血だ。顔面から突っ込んだらしい。折れたわけではなさそうで、安心する。
容姿に影響がない怪我なら、いくらしてくれても構わない。
「床についた血は掃除しておけ」
あろうことか、俺が与えてやった服で拭こうとしていたので、そこらにあった布を投げてやった。
あとから分かったのだが、それは俺のよく着ていた上着だった。質屋に持っていっても売れなかったものだ。