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あの世まで一緒だ。

 俺の買った奴隷は、無口だった。

 話に聞いていた通りである――奴隷というのは大概無口なものだ。そして、なぜか俺に感謝しているようだった。

 酒はまだうちに一本残っているからと、俺はそいつに靴を恵んでやった。

 俺は血が嫌いだ。自分の血は構わないが、他人の血など汚くて触りたくもない。

 だから、俺はそいつにひとつも外傷をつけさせたくはなかった。

 強迫観念のようなものだ。ひどく高価な買い物をした。だから、傷などつけてはいけない。

 しかし、こいつは人間ではないのだ。俺に使われる道具でしかない。俺の――人生に終止符を打つために抱く、ただの"思い出の品"でしかない。

 きれいだった。

 俺が少年だった頃、地元の子どもたちが集められて、座学実学問わず勉強させられるギルドがあった。

 その時、俺が初めて恋した少女とよく似ていた。器量よしで、明るくて、気配りができて、そして容姿端麗であった。

 あいつはどうしているんだろう。南の方に渡っていったと言っていたが。器用な女だったから、きっと今頃はうまくやっているに違いない。

 俺なんかとは違って。

 そいつの容姿は、つまりそれほどきれいだった。

 海を渡ってくる時、潮風で傷んだのだろう、枝毛の目立つ髪は、手入れすればきっと極上のものになる。

 煤けた体表を少し拭ってみると、その下には真っ白な肌があった。体つきも、俺好みの発達途上の頃合いである。

 郊外にあるおんぼろの家への帰り道、俺はそいつにいくつかの質問をした。

「どこの出身だ」

 俺の住んでいる国の言葉は、わからないようだった。

 それでも、そいつがぽつぽつと話すのが、昔少し習った言語というのが分かった。

「テクニオント……」

 そいつはしおらしく答えた。

 エウロパ――つまり俺達の国がある地方から、遥か南の大陸だった。

 そこから奴隷の多くは来ていると、昔聞いた。

 しかし、こいつはそこの土着の民族ではないらしい。

「母、エウロパ、うまれ」

 簡単なエウロパ語は喋れるらしかったが、俺はテクニオント語も喋れるので、聞き苦しいのは喋らないように命令した。

 素直に従った。俺はまた気分が良くなった。

「なんでここにいる」

「……家が貧乏だったから、売られたんです」

 哀れだった。

 親も、親である前に一匹の動物なのだ。

 子ども(たにん)を売るだけで生き延びられるなら、喜んで差し出すだろう。

 いつも、不幸になるのは弱い人間だ。

 俺は強い人間でありたいと、こんなときでも思っているから。

 そいつに向かって、高圧的にこういった。

「かわいそうだな、買ってやったんだ、感謝しろ」

 そいつはこくりとうなずいた。

「……返事をしろ」

「……はい」

 少し遅れて、返事があった。

 神になった気分だった。

 金持ちも、他の神も怖くない。俺が、俺の中の神である。

 服従する人形もいる。

 抑圧されていた支配欲が、むくむくと湧き上がってきた。

「処女か」

 俺はもう一つ質問を投げかけた。

「……いいえ」

 知っているが、その答えがまた嬉しかった。狂喜していた。

「なんでだ」

「……」

「答えろ」

 顔を赤くして、唇を噛んで震えていた。

 その仕草がまた興奮させてくる。

「……っ、最初は……船で、知らない人に」

「いくつの時」

「今から、二年くらい前……たぶん、十四歳、です」

 そうかそうか、と俺は満足して何度もうなずいた。

 まだ夢を描いていい頃だ。

 まだ少女らしく遊んでいても許されるころだ。

 初めての恋を知り、甘酸っぱくて儚い幻想を抱いていてもいいころだ。

 それらをすべて踏みにじられて、エウロパという先進的な民族を母に持っているにも関わらず、こうして今、俺のような人間の自殺のために利用されようとしている。

 この不幸が、たまらなかった。

 脳髄が揺さぶられた。鼻の奥が熱くなった。両手はアルコール中毒のように小刻みに震え、股間は滾った。

 家に着く直前、そいつは俺に小さくこういった。

「……捨てないでください」

 声は絶望に震えていた。

 ああ、捨てる気などないさ。

 あの世まで一緒だ。

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