奴隷市場を見て回るのが好きだった。
奴隷市場を見て回るのが好きだった。
別に買いたいのではない。俺だって奴隷と相違ない身分だ。社会的な制度上は平民ということだが、資本家の下でゴミのように働かされるやつの何が平民なのだろうか。
きっと、身分制度を作ったやつは国語が不出来だったに違いない。
でも、そんな自分より下の人間が、奴隷市場には大勢いた。それが嬉しくて、優越感に浸るためだけに俺はここに足を運ぶのだ。
すすり泣きが聞こえる。吠える声が聞こえる。そんなんは新参の奴隷の遠吠えでしかないが、その声をあげていない俺は、その奴隷よりも上にいるのだと思うとたまらなく気持ちが良かった。
ああ、気持ちいい。酒を飲んでいるような気分だ。理性を保ったまま摂取できる快楽物質に、俺はそこにいるあいだじゅう常に酔いしれていた。
「活きのいい奴隷だよ!」
すぐ近くで奴隷商人が呼び込みをしていた。数人の、それなりの身分だろう人間がそちらを振り向き、ケージの方に寄っていった。
そこにいたのは、多分本当に屈強な男だ。おおかた敗戦国からの逃亡か、知恵遅れの土人だろうが、俺には興味がない。
女だ。
俺が好きなのは、奴隷の女だった。
俺は中古品が好きだ。
自分より不幸な人間が好きだ。他人の不幸は、俺にとって麻薬ですらあった。
不幸にも貞操を散らされ、不幸にも捕まり、そして不幸にも下衆な男に買われているような。
そんな、人権などかけらもない、ボロ雑巾と同列の、下等動物のような美しい少女が俺は好きだった。
下等で不細工な少女には一介の価値もない。そんなやつは、ただ路傍の石に同じ。
そういうのを見かけたら、俺はそいつを食い入るように見つめることにしていた。目の保養だ。
といっても、女奴隷というのはこういう場所ではなかなか取引されない。美しい女達はだいたい性癖の倒錯した――それこそ俺と同等の人間性の金持ちの道楽のために売られるのだ。
極稀に、こういう、本当に労働のために連れてこられた安い奴隷たちの中に、そういう女が混じっていることがあって。手違いの可能性が高いが。
そういう女をついでに求めて、俺はここにいる。
全体的にくすんだ匂いがするのだ。泥と血と糞尿の混じり合った、幼い頃俺が貧民街に忍び込んでいた時代を思い出す匂い。
思えばその頃から、この悪癖は続いていたのかも知れないが。
ただ、今日の目的は、ただ見るだけではなかった。
俺の心はひどく荒んでいた。どうにでも良くなっていた。
もう歳は三十になる。少年のころ、両親のような立派な人間になりたいと夢見ていた。それなりに勉強もしたが、結局田舎の平民が都会でなれるのは大したものではなかった。
その失望とか、日ごろのストレスとか、そういうのがピークに達していた。
なけなしの財産の総合計が示された小切手は、奴隷一人の相場よりいくぶんか多い。
誰か少女の奴隷を買って、俺はそれと心中しようと思っていた。
運がひどくよかった。
神が、俺に死ねと言っていた。
だから、俺は払った。財産は、安酒五本ぶんほどしか残らなかった。
「いいんですかい、こんなんで」
商人は言った。
客層に合っていないからだろう。ひ弱そうな少女を買った俺に、ひどく驚いていたようだ。
一つだけ気になることがあった。
「なあ、聞いていいか」
「ええ、なんなりと。ああ、使用してからの返金は受け付けませんがね?」
そうじゃない。馬鹿だ、こいつは。
「コイツは……随分と顔がいいが。なぜ上の市場に行かないんだ」
「えぇ? ああ……そら、そのタグですよ。"中古"だからなんでしょうねぇ、生娘以外は受け付けないって、お上は神話の神様にでもなったつもりなんでしょうよ」
金持ちも、神も馬鹿である。