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三日月は眠る  作者: 詩音
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Chapter:03




「また依頼がきた」

 開口一番がこれだ。

 げんなりしつつ明日香は渡された資料に目を通す。

「名前は伊沢颯(イザワハヤテ)、三十歳独身。七緒に今詳しく調べさせてる」

 早口でまくし立てた後、葵の携帯電話に着信が入る。

 やや煩わしそうにスーツの内ポケットをまさぐってそれを取り出した。

「ひとまず書類作っといて」

「わかりました」

 指示に従い、自分のデスクに戻る。三年前は最新だったノートパソコンの上に資料を置き、ブラックルームに足を向けた。

 執行部屋という名の十夜専用部屋のドアを控え目に叩く。

「はい」

 足を踏み入れたことのないそこから聞き慣れた声。早々と店から出ていってもうここに来たらしい。

「依頼がきた」

「僕の予想通りだね」

 重そうなドアから顔を出してきたと思えば十夜は不敵な笑みを浮かべていた。

「詳しいことはまた追って連絡するから」

「気をつけた方がいいよ」

「……は?」

 明日香は怪訝な顔で彼を見る。彼女が目を離した隙に執行部屋を閉めて、ドアに背を預けていた。

「きっと桐原は殺される側の人間になる」

 突然すぎる殺害予告。聞かされた本人には気持ちの良いものではない。

「どういう意味」

「僕の持論では、世界は殺されるものと殺すもの、どちらかしかいないんだ」

 明日香はただ十夜の持論に耳を傾ける。

「言うなれば僕が後者で桐原が前者。僕から見ても充分存在感あるよ。殺したくなる」

 そう言われて視線が交じった途端、明日香の背中がぞくりと粟だった。

 壁も床も黒く塗られた応接部屋に、二人。

「そんなタイプがあってたまるか」

 金縛りに近かった明日香を正気に引っ張ったのは葵だった。

 茶系のスーツのポケットに片手を突っ込み、残された手は未だ明日香をつなぎ止めていた。

「静谷、あんまりこいつをそっちに引き込むなよ」

「すみません」

 すぐに彼は頭を下げた。ふっと葵から肩の力が抜ける。

「まぁ、俺としてはお前も行き過ぎてほしくないがね」

 小さく呟く葵に、十夜はただ曖昧に微笑むだけだった。

「さてと、夕飯でも行くか。奢ってやるよ」

「また七緒さんのところですか?」

「新しい情報見つけたらしい。それに俺の財布で行けるのはそこしかねぇだろ?」

 ギャンブル好きだが運に見放されている葵は明日香や十夜より貧しい生活を強いられているらしい。

 銜え煙草をする葵の後に呆れ気味の明日香達は続いた。




「いらっしゃい」

 三人を出迎えたのは、クレセントの情報屋としても働く七緒だった。

 昼は喫茶店、夜はバーを経営している店、ゆりかご。

 昼夜では、照明が入ってお酒のビンが出たくらいしか変化は見られないが、昼間より客の入りは良かった。

「あら、珍しいメンバー」

「珍しい? 桐原と静谷か?」

「馬鹿ねぇ、葵ちゃんがいることよ。二人はさっきも来てくれたの、すぐに出てっちゃったけど」

「ふーん」

 葵は照明が当たってオレンジに染まった顔を明日香達に向けるが、当の二人は何も言わなかった。

「それより、悪いニュースがあるの」

 七緒の茶色の瞳が三人を映す。

 彼等はカウンターに並んで座った。

「伊沢颯は警察官か」

 からんとグラスに入った氷が涼しげな音をたてる。

 明日香はノンアルコールのカクテルを口にしながら耳はしっかり七緒達へと向けていた。

「元、が頭につくけどね。半年前に辞職してるみたい」

 気に入らなかったのか葵は鼻を短く鳴らした。

「どうする? このケースは滅多にないと思うんだけど」

「やるさ。うちは日本唯一の政府公認の自殺受入処なんだから」

 強気な葵の言葉で、十夜の瞳に光を見たのは誰一人いなかった。



「明日香、いい加減起きなさいよぉ」

 うっすらと明日香が瞼を開くと七緒の眩しい微笑み。

「おはよう。ホントに朝弱いわね」

「うるさい」

 カフェ兼バーのゆりかごは二階建て。

 一階は店として使い、二階は七緒の家として使用されている。明日香はそこに下宿していた。

 欠伸を噛み殺し、七緒に悪態をつく。

「はいはい。早く支度しなさい、彼がお待ちよ」

 手慣れている七緒は上手に聞き流して急かす。

 彼という単語に明日香が着替える手を止めて窓に近寄ると、外にいた人物に朝から頭を抱えるはめになった。

「おはよう」

「何の用」

 明日香は至極不機嫌に外で待っていた十夜を睨む。

 十夜は心外だと言うように肩をすくめた。

「酷いな、偶然通り掛かっただけだよ」

 より一層疎ましげになる視線。

 人通りのない道を二人は並んで歩いた。

「今夜だっけ?」

「……わかってて聞かないでくれる?」

 あぁ、ごめんねと彼は笑顔で言う。

「性分だから、しょうがないんだ」

 嘘くさい十夜に明日香は睨み付けた。

「七緒さんの情報にも怪しい点はなかったの?」

「素性が詳しくわからなかったって方が正しいかもしれない。七緒さんがお手上げだって」

 伊沢颯のあやふやな経歴。どれだけ七緒が調べを進めても、警察官だったことや現住所くらいしかわからなかった。

 十夜は何か考え込む素振りを見せる。

「世間話は終わり。先に行ってよ」

「一緒に行かない?」

「色々面倒になるから嫌」

 はっきり言い捨てた。

 校内でそれなりに人気のある十夜と登校したらすぐに噂がたつだろう。人生において何事も目立ちたくない彼女にとってそれは絶対に避けたかった。

「残念だな」

 さして周囲を気にしない十夜は大袈裟にため息を吐いて先に歩き出した。人が増えて二人は群衆に紛れていく。

 明日香の視野に、十夜はもういなかった。








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