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三日月は眠る  作者: 詩音
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Chapter:02




「今日カラオケ行かない?」

「ごめん、予定あるんだ」

 明日香は友人の誘いを断った。断るのは決して少なくないのだが、何故か友人は目を丸くした。

「彼氏出来たの?」

「違う違う、家の用事だよー」

 協調性を重視しすぎるうざったい友人とそれに笑顔を振りまく仮面の自分、社会に出てもろくに役立たない勉強も全て、彼女は嫌いなのだ。

 そんな彼女が意味のない学校に毎日来るのは、ある人間を見張るためだった。

「あれ、静谷(シズヤ)どうした?」

 そばにいる友人達の目が一気に教室のドアへ向かった。またか、と明日香はため息を零す。

 制服の上に黒いセーターを着た彼は、隣のクラスの人間だ。陶器ような色白い肌に、色素の薄い茶髪が目立つ。

 彼曰く、茶髪は地毛だそうだ。

「ちょっと教科書忘れてさ。借りて良い?」

 華奢で細身の彼は無口で穏和な性格らしい。申し訳なさそうな笑顔も不思議と絵になる。

「おー、待ってろ」

「ありがとう」

 明日香のクラスの男子に微笑みかけてすぐ、涼しげな目が明日香一瞬に向いた。彼女はそれを完璧に無視。

「後で返しにくるから」

「忘れんなよー」

 姿が見えなくなると感嘆のため息がそこら中から聞こえてくる。

「いつ見ても綺麗だよね」

「うん、かっこいい!」

 何度も頷き盛り上がる友人達を尻目に、明日香は携帯電話を開いた。メールが一件。


 午後五時にいつものところで。


 短い内容を一瞥してポケットに戻す。

 くるくると変わっていく話に混ざる気にはならなかった明日香はただ右から左に流して、約束の時間までやり過ごすことにした。




 寒空の中、赤いチェックのマフラーに顔をうずめて足早に道を進む。

 たどり着いたのは路地裏に隠れた二階建ての喫茶店。クリーム色の壁に深いグリーンの屋根は英国風で明日香は気に入っていた。

 店内に入り、真直ぐ奥の席へ向かうが途中で歩みを止める。先客だ。

 明日香がいつも座るその場所に、静谷十夜(シズヤトウヤ)はいた。

「やぁ」

 目眩するくらい色鮮やかな画集から目を上げた彼は優雅な休日を過ごしてるように見える。

「座らないの?」

 やんわりとした指摘に内心舌打ちをして、明日香が指定席の向かい側に腰掛ける。

 仮面を外せば仏頂面が常な明日香に対して十夜はいつも微笑みを絶さない。

「今日は何?」

「わかってるんじゃない?」

 高圧的な明日香以上に冷淡な彼の声。彼の崩れない微笑みは学校の明日香と笑い方が似ていた。

「また必要になった」

 ど真ん中直球の発言。彼女自身も予想はしていたが、頭から血の気が引いてくのが嫌でもわかった。

 しかし気の強い彼女はそんな素振りを見せたりはしない。

「間隔、狭まってない?」

「そうかな」

 はぐらかす十夜に苛つきながらポケットに手を突っ込んだ。

「制服に煙草はやめた方が良いと思うけど」

 煙草の箱に明日香の手が触れたのと同時に十夜は言った。お見通しというやつだ。

「肺が黒くなるし、健康にも良くない」

「精神安定剤なの。あんたが変なことばっか言うからいけないんじゃない」

「売上の二割は桐原に入れてるだろ?」

「そういう問題じゃない」

 物分かりの悪いふりをする彼に彼女は声を荒げた。もう一度煙草に手を出そうとすると、ぱたぱたと足音が聞こえて両手をテーブルに戻す。

「お待たせぇ」

 金に染めた髪を後ろで束ねた細身の男はシンプルなシャツとスラックス姿にエプロン付きで現われた。

 唯一異質なのは語尾を伸ばしたところだろう。

「明日香がココアで十夜君がミルクティーね」

 ここのマスターとして働いてる片瀬七緒(カタセナナオ)はてきぱきとカップを置いていく。常連の好みは把握済みらしい。

 湯気のたつココアは見るからに温かそうだった。

「ありがとうございます」

「ふふっ、アタシ礼儀正しい男の子好きよ」

 ばちりとウインクをしてみせる七緒は生物学上で言えば男。しかし本人は女だと言い張る。

 実際彼は男女両方から見ても美人だ。切れ長の瞳に薄い唇、女だと言っても騙せるほどだ。

「七緒さん、前に言ってた会社員は?」

「あぁ、駄目だったわ。妻子持ちだって」

 七緒はあっけらかんとして言った。

 結婚はしないが恋愛は目一杯したい、それが彼もしくは彼女のモットーらしい。

「一部じゃ流行ってる同性愛も、理想の中だけなのかしら」

 七緒は物憂げなため息を吐き出して言った。

「僕は現実にあっても良いと思いますよ」

「そう? 十夜君はもしかしてそっち系?」

「いえ。どっちも大丈夫です」

「まぁー、今どきの子ね!」

 二人の間で繰り広げられる、ついていけそうにない会話に明日香は黙々とココアを飲んでやり過ごした。

「余ってるケーキがあるからちょっと待ってて」

 鼻歌混じりで七緒は歩いていった。

「話戻すけど、この前の分は?」

「もう売れちゃったよ。後で通帳見たら? 入れといたって七緒さんが言ってたから」

 手付かずだった十夜のカップに角砂糖が五個入っていく。流石に溶けないんじゃないか、そう明日香が言う前に彼はカップを口に運んだ。

「そう簡単に自殺希望者なんて出てこないと思う」

「どうかな?」

 十夜の含み笑いが明日香は苦手だ。何も答えない彼女に十夜は言葉を続ける。

「今の世界に満足してる人間は少ないと思うよ」

 自殺したくてもそんな勇気のない人間。そんな人達から依頼を受けて殺すのが静谷十夜で、それまでに必要な書類等の作成を桐原明日香がやっている。

 それが二人の仕事場、クレセントだ。

「でも死を選ぶとは限らないわ」

「最終的に人は死を選ぶよ」

 二人になるといつもこうなる。絶対の自信を持つ十夜とそれを認めない明日香。

 答えの見つからない堂々巡り状態だ。

「お待たせ、バナナシフォンケーキよ」

 水を張ったような空間の中でふわりと香るバナナの甘さに気を取られていると、十夜が急に立ち上がった。

「ごめんなさい七緒さん、これから人と会う約束なんで失礼します。ケーキはまた今度」

「あらそうなの?」

 残念ねぇ、と七緒さんは口を尖らせる。

「桐原」

「何?」

「品物が入ったら教えて」

 いつも通り微笑んでいても目は笑っていなかった。本気なのだ。

 了承を告げると十夜はいつもと変わらない笑みで帰っていった。律義に明日香の分の代金を置いて。

「二人が並ぶと恋人みたいなのに、もったいないわぁ。明日香にその気がないなんて」

 七緒がシフォンケーキをテーブルに置く。さっきまで十夜が座っていた席に腰をおろす。

「怒らせたの?」

 明日香は首を横に振った。

 彼にそこまで深く立ち入ろうと明日香は思わなかった。

「アタシがもう十年若かったらねぇ……」

「それより七緒さん。本田弥子、どうなった?」

 人生に嫌気がさして依頼し、明日香と十夜で葬った女。

 捜索願いが出されていたらしく、警察が動いたそうで明日香は気になって仕方なかったのだ。

「あぁ、大丈夫みたいよ。自殺未遂したことがあるってわかって捜査打ち切り。そっちの線で色々調べるみたいよ」

「そう」

「不満だったかしら?」

 七緒の好奇の目が光った。

「そんなことないけど」

 そこで一度明日香は口をつぐんだ。七緒はただじっと返答を待つ。

「まだ、慣れない」

 ぽつんと呟いた声は弱々しかった。

「良いのよそれで。それが普通なんだから」

 向かい側から伸びてきた手を払うことはなかった。男の割に華奢な七緒の指が明日香の黒髪に触れる。

 その瞬間、携帯電話のワンコールが鳴った。事務所からの呼び出しだ。

「ケーキ、また今度ね」

 ぱっと明日香の髪から手が離れた。

「ごめん」

「良いのよ。それより早く行きなさい、葵ちゃんは気短だから」

 三十路過ぎた二人は高校の同級生らしく、お互いの性格も熟知していた。

 明日香は頷いて荷物を引っ掴み店を出る。

 空は鉛色に曇っていた。





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