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三日月は眠る  作者: 詩音
20/24

Chapter:19




「そうか、終わったのか……」

 眠り込む美穂の横でうたた寝していた研一を控え目に揺らして起こす。

 まだ夢見心地な研一だが、明日香の知らせにほっとした表情を見せた。

「ひとまずは元の生活に戻っていただいて結構です。美穂にもそう伝えてください。私は店番があるので下にいます」

 研一は店に戻ろうとする明日香の手をつかむ。ぴくりと身体が跳ねて、二人の視線がかち合う。

 彼は力を緩めず真直ぐ彼女を見つめたまま、こう尋ねた。

「君はクレセントの一人なの?」

 単刀直入。明日香の脳裏にそれが浮かぶくらいあっさりと研一は切り出した。

「……どうしてそう思うんですか」

「冷静になればなんとなくわかるよ。それにそう考えたら俺達を助けられたことも説明がつく」

 ぎゅっと握力が強くなった。

「でも君の口から聞きたい。桐原さんの言葉でちゃんと」

「人殺しには、触らない方が良いんじゃないですか」

 研一を強引に振り払い明日香は顔を背けて言った。それは自らがクレセントであることを肯定したも同然。

「帰るなら裏口から出てください」

 すらりと部屋から出ていく明日香。

 尋ねた研一も、事実を把握しきれずただ呆然としていた。

「……お兄ちゃん」

「お前起きてたのか?」

 か細い声に横を見ると眠っていたはずの美穂の瞼が開いていた。

 研一の袖をつかみ不安げな目を向ける。

「明日香が、クレセントの一人ってことなの?」

「その仮説が一番成立つんだ」

 下唇を噛み、悔しそうに答える研一の肩をつかんで美穂は吠えた。

「じゃあ何であたし達を助けたのよ! クレセントは人殺しの集団なんでしょ? 明日香はそんなんじゃない」

「本人も、認めてただろ」

「あたし聞いてくる。きちんと話聞けばお兄ちゃんが間違ってるってわかるもん」

「やめろ」

 耳をつんざくような銃声と、何かが割れる音。自然と兄妹の言い争いも止まった。

 何事もなかったかのように静寂が続く。

「何、今の音……」

「行こう」

 弾かれたように二人は部屋を飛び出した。




「……酷い客ね」

 腕をつたってぽたりと血が床に水溜まりを作る。

 左肩を押さえる明日香は正面にいる男をただ見つめていた。

「それはこっちの台詞だ。昨日は手痛い痺れだった」

 薄く笑うその男は、明日香がスタンガンで気絶させた政府関係者だった。

 黒い鉄の塊は明日香を捕らえて離さない。

「今日はその仕返し?」

「まさか。政府は進路を変えるのさ」

 意味がわからず彼女はただ眉間にシワを寄せる。

 そんな様子をせせら笑うと男は高らかに続けた。

「人殺しの集団クレセントを潰しにかかることを明日の夜、大臣が発表する。君を逮捕したことも話せば信憑性は増して国民も政府を認めるはずだ」

「……国は裏切るわけね。汚い部分を全部押し付けて、貴方達は信頼を勝ち得る」

 不利な状況の中、明日香は毅然と言い放った。

「そんなまがい物の信頼で国は変わらないわよ」

「知った口を。お前に何がわかるっていうんだ」

 核心めいたものを突かれて動揺した彼は非難を浴びせる。

 微かににじむ汗をうっとうしく思いつつ明日香は血の付着した手で黒髪を後ろへ払った。

「別に何も。第一わかりたくもないし」

「何……?」

 高飛車な態度をとる明日香に男は唸るような声を出した。

「芝居なら勝手にやればいい。でも、私はその劇に入る気はないわ」

「撃たれた割に良く回る口だ」

 銃の引き金に男の骨張った指が触れた。

「明日香こっち!」

 美穂の大声と銃声はほぼ同時だった。美穂は明日香を引っ張り、研一は叫びながら銃を持つ男に突進した。

 戸惑う明日香の手を無理矢理引いて喫茶店ゆりかごから飛び出す。

「血が……、早く手当てしないと」

 人気のない路地裏まで走ってすぐに美穂が明日香の傷を見た。

 鮮血は止まることを知らず地面に落ちていく。

「止血出来るから平気」

 七緒からそこそこ教わっていた応急処置を自らに施す明日香だが一本しか使えない腕や初心者の美穂だけでは上手くいかなかった。

「お兄さんは大丈夫なの?」

 美穂は強く頷く。

「無事に逃げたみたい。でも別行動は危険だからどっかで落ち合おうって」

「……もう二人を巻き込むわけにはいかない」

 思い詰めた表情の明日香の背を叩く。

「今更じゃん、そんなの。あたしは、あたしを助けてくれた明日香を助けるの。プラマイゼロでしょ」

「美穂……」

「あ、お兄ちゃんから電話きた。ちょっと待ってて」

 少し離れる美穂。その間に明日香も七緒へ連絡をとったが相手は出ずにコール音だけが続く。

「繋がらない……どうして」

「ただいま入ったニュースをお伝えします。都内の新井病院が臓器売買をしていることがわかり、警察が家宅捜索に乗り出しました」

 電気屋に並んだ商品のテレビ画面が一斉にニュースを読み上げた。

 真横にいた明日香は病院の名前にびくりと反応して携帯電話を落とした。

「新井病院ってうちに近いよ、あそこそんな危ないことしてたんだ」

 それを拾い上げて他人事のように呟く。受け取る明日香の手はわずかに震えていた。

「クレセントの、客なの」

「え?」

「死ぬ前に希望した人の臓器を提供して、新井先生はそれを買ってた」

 上手く成立っていた関係。それを崩した組織に明日香は気付いていた。

「国が認めてたはずなのに……!」

「とりあえず手当てしよ、ね?」

 裏切りに自分の太股を激しく殴打した。

 珍しく気性の荒い明日香を気遣いながら、人目を避けて兄と約束した場所に向かう。

「美穂、桐原さん」

 すでに到着していた研一は二人に駆け寄った。

「俺も美穂の家も駄目だ、見張られてて中に入れない」

「じゃあ明日香の怪我どうするの、ずっと抑えてるのに血が止まらないんだよ!」

 ヒステリック気味に美穂が涙声を上げた。

 黙ったままの明日香は顔色がどんどん青白くなっていく。

「わかったから落ち着け」

「このままじゃ明日香が」

「わかってる。……一か八かだ、行こう」








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