Chapter:18
鬼ごっこ時間約二日。短いゲームの終了を知らせたのは明日香達のリーダーだった。
「そう、わかったわ。わざわざ連絡くれてありがとう」
「葵さんから?」
七緒は頷いて受話器を戻した。アンティーク調の電話がリンと音をたてて静かになる。
「リストの内で見つかったのはほんの一握りらしいわ。とりあえずまた次回に持ち越しってことで上ともまとまったって」
「じゃあ二人はもう大丈夫なの?」
明日香の問いに七緒は眉間にシワを寄せて肩をすくめた。
「でも期間がどれくらいかはわからない。一ヵ月か一年後か……決定権は政府にあるから」
「それまでに片付ければいいだけでしょ」
「ずいぶん軽く言えるわねぇ」
「口先くらいは言わせてよ」
自嘲めいた彼女の笑みに疲れが見えた。独り言のように小さく呟く。
「この前あいつが言ってた。クレセントはもうなくなるって」
明日香があいつ呼ばわりする人間は十夜以外いないことを七緒は知っている。
「ねぇ、七緒さん。大丈夫だよね」
「当たり前でしょ」
歯を見せて七緒は笑った。
「二人に伝えてきたら? アタシは葵ちゃんのところに行ってくるから、留守番お願い」
「わかった」
ようやく明日香の表情がいつものものに戻る。それに満足し、クリーム色のマフラーをゆったりと巻いて彼は店を出ていった。
「葵ちゃん、アタシ」
「入れよ」
クレセントの事務所には、ドアに背を向けて窓の外を見上げる葵がいた。
近くまで来て七緒はマフラーを外しながら話し出す。
「電話で言ってたわよね? 明日香の匿った人間は無事だったか、って」
振り向かず葵は答えない。
「何の根拠もなく発言するような人じゃないのはアタシがよくわかってる。いつから気付いてたの?」
「リストの人間は二人の少女といたが、その内の一人にスタンガンで気絶させられた。政府からの連絡だ」
人差し指と中指で報告書をはさみ、七緒に見せつける。
それを奪うように取り上げて食い入るように紙を読み始めた。
「少女とスタンガンでピンと来たよ。でも桐原が情けをかける相手がいることの方が考えられなかった」
「明日香のこと、上には」
報告書から顔を上げて葵の背中を見つめる。
「何も知らないで押し通した」
「ありがとう。……絵理子さんにね、少し似てたの。匿った兄妹は、明日香にとっては大切な存在らしいわ」
憂いを帯びた瞳はただ汚れで黒ずんだ床を眺めていた。
「見逃すのは今回だけだ。桐原にも言っておけよ」
「ねぇ、明日香をクレセントから切り離してあげられないかしら」
「正気か?」
今日、初めて葵が七緒を見た瞬間だった。
驚きとはまったく別の、呆れて突っ撥ねるような強い口調に七緒はぐっと押し黙る。
「辞めた後の人間を何人見てきたんだ」
クレセントでは古株になる二人。葵の言い方で逃げ出した仲間がいることを物語っている。
「わかってる。わかってるけど……やるせないわ」
絞り出すような七緒の声に葵は一瞬渋い顔をした。
「あの子にはまだ未来があるのよ」
「それをいばらの道にしたのは桐原自身だろ」
「でもそれは……!」
「どんな理由であれ、クレセントから抜け出すことは出来ない」
言い返そうとする七緒を圧倒するほど、彼の瞳は冷めきっていた。
重みのある言葉に七緒がうなだれる。
「ごめんなさい、どうかしてた」
くしゃりと前髪をかき上げた。
「葵ちゃんだったものね。明日香のクレセント入りを最後まで反対したのは」
「昔のことだろ」
「そうね……。さっきの件、必ず明日香に伝えるわ」
「七緒」
帰ろうとする後ろ姿に葵は呼び止めた。振り向いた七緒に視線をずらして一言告げる。
「すまない」
「やぁねぇ、どうしたのよ急に。変な葵ちゃん」
しおらしい葵を不思議に思いながらくすくすと笑った。
「じゃあまた来るわね」
ウインクしながら手を振り事務所のドアを閉める。
ため込んでいた息をゆっくり吐き出してノブから手を離した。
「七緒さん?」
「十夜君」
冬にも関わらず白いワイシャツにジーンズの薄着で彼は立っていた。
両手で紙袋を抱えて七緒と距離を縮めていく。
「珍しいですね。七緒さんがこっちに来るなんて」
「ちょっと葵ちゃんと話したかったの。でも明日香に留守番任せてあるから早く帰らなきゃ」
人の良い笑みを浮かべる七緒。
「でもその前に一つだけ、良いかしら?」
「何でしょう」
「クレセントはなくならないわ。貴方が考えるほど甘くはないのよ」
七緒なりの宣戦布告に十夜は口許をゆるめた。
「……肝に銘じておきます」