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三日月は眠る  作者: 詩音
18/24

Chapter:17




「もしもし、美穂?」

「うん。明日香から電話なんて珍しいね、どうかした?」

 喜びを含んだ美穂の声だが、それに構っている余裕が明日香にはなかった。足早に歩く先は美穂の自宅。

「今どこにいるの?」

「どうしたの、恐い声」

「いいから答えて」

 いつもと違う明日香に戸惑いつつ答える。

「家だよ、自分の家」

「誰か一緒にいる?」

「お兄ちゃんがもうすぐご飯食べに来るけど……今は一人」

「私が行くまで誰も家に上げないで」

「ねぇ明日香。本当にどうしたの?」

 母親が諭すような声。明日香は心の中で舌打ちした。

「説明は会ってから。出掛ける準備、一応しておいて」

 電話は切れた。こちらに来ると言う明日香の緊迫した様子に一抹の不安を覚えながらも、美穂は言われた通り外出の支度を始めた。




 人目につかないよう細心の注意を払い、マンションの階段を駆け上がると聞き慣れた声が耳に入った。

「おい美穂、何なんだよ一体。早くドア開けろって、寒いだろ」

「明日香との約束なんだってば! ちょっとくらい我慢して!」

 ドア越しの兄妹喧嘩。美穂は明日香の言葉を忠実に守っていたがいくらか気が立っているようだ。

「ちょっとって……もう五分は待ってるぞ」

「男ならがたがた言わない!」

 あんぐりと口を開ける研一の脇をすり抜けて明日香は扉に手を添える。

「美穂」

「明日香?」

 鍵が開いた音と同時にドアも開き、美穂は明日香に食ってかかる。

「早く説明してよ! いきなり居場所聞いて家にお兄ちゃんでも入れるなって言うし、ご飯食べるのに出掛ける支度しろって!」

 明日香の赤いマフラーを弱々しく握る。

「意味わかんないよ、明日香の馬鹿……」

「ごめん」

 混乱を招いたことを素直に謝罪し、美穂の頭を撫でた。短時間の展開にまったくついていけなかった研一はただ尋ねる。

「何、どういうこと?」

「失礼」

 彼の疑問が解決するのは少し先延ばしになる。

 研一の背後に男が立っていた。ひょろ長い研一より頭一つ上の高身長に筋肉質の身体が真っ黒なスーツで隠れる。男は三人を見下ろしていた。

「海野研一さんですね。ちょっと話を伺いたいんですが」

 低姿勢を繕う男に研一と美穂は騙されかけたが明日香は違う。

 研一を引っ張って後ろに下げる。背を屈めて相手の中に入り込み、素早く回り込んでスタンガンを当てた。びくりと痙攣した男は地面に倒れる。

 唖然とする兄妹に明日香が冷めた表情で振り向く。

「ついて来て」




 店のドアについたベルが渇いた音をたてた。顔を上げた七緒は明日香の姿を確認すると微笑む。

「おかえり。早かった、の……ね」

 途中で言葉がちぎれたのは、明日香の後ろにいた二人を見たからだった。

 一人は青ざめ、もう一人は戸惑いながらも店の内装を見回している。

「明日香、そちらは?」

「クラスの友達とそのお兄さん」

「初めまして、蓮見美穂といいます。こっちは兄の研一です」

 明日香の紹介にすぐ頭を下げる美穂と研一。

「あ……初めまして。明日香がいつもお世話になってます」

「何飲む?」

「じゃあ、コーヒーを。美穂は?」

「ココア」

 兄の後ろに隠れて、警戒気味の美穂だが欲しいものははっきりと言った。

「コーヒーを一つとココアを二つ」

「わかった。作って持ってく」

 三人は店の中でも奥の席に向かった。今日も客はいない。

 明日香はいつもの指定席に、美穂達はその向かい側に腰を下ろす。

「外は危険だからしばらくここで生活した方が良いと思うの」

「待って」

 美穂がテーブルに肘をつけて止めに入った。

「もっとちゃんと説明してよ。このままじゃ全然納得出来ない」

「クレセントに関わったせいで二人は政府に追われてる」

「もしかしてさっきの男が政府関係者?」

 明日香は小さく頷いた。倒れた男をそのままにして逃げたが、自分の存在がばれてしまうことに気付いていた。

 それでも、口封じに殺すような真似は明日香には出来なかった。

「じゃあ……あたし達殺されるってこと?」

 ぐらりと瞳が揺らいだ。美穂の顔からどんどん血の気が引いていく。好奇心で自らが進んだ道の間違いにようやく気付いたのだ。

「そこまではされない。でも話せなくなった人間がいるのを俺は知ってる」

 彼の脳裏には伊沢の変わり果てた姿が映っていた。

「ただ聞きたいのは君がどうしてこの事実を知ってるかだ。俺達を助けるために美穂に電話したんだろう?」

 すべてを告げれば、楽になる。そんな悪魔の囁きを聞いた明日香は口を開きかけたが邪魔が入った。

「明日香、ちょっと良い?」

 七緒に手招きされてカウンターの隅に移動する。踵を返し、明日香に向き直る彼は険しい顔をしている。

「どういうつもりなの」

「何が?」

 明日香はわざと素知らぬ振りをする。

 しかし相手は付き合いの長い同居人、気付かれないわけがない。

「はぐらかさないで。友達はともかく、お兄さんの彼はリストに載ってる人間よ。知ってて連れてきたんでしょう?」

 盗撮写真つきのリストを見せられた明日香は海野研一の文字を見て下唇を噛んだ。

 キッと睨むように七緒を見上げる。

「あの二人は傷付けたくない。だから私が匿う」

 何か言おうとする七緒にかぶせて彼女は話し続ける。

「勿論罰は受けるわ。七緒さんは私に脅されて仕方なく協力したとでも言えば良い」

「馬鹿言わないで。匿うなんて簡単なことじゃないの」

 明日香の両肩をつかむ手に自然と力がこもる。

「いずれ知られる。その後は二人をどうするわけ?」

「それを今から考えるの」

「……情に流されて、自分の命落とすつもり?」

 珍しく無鉄砲な明日香を七緒が冷静に諭す。

「なるべく人を嫌いになって生きてきた。全部拒絶してここまできたの」

 友人と呼べる人間を彼女は持ったことがなかった。必要がない、そう思っていた。

「でも二人だけは、どうしても嫌いになれない。だから見捨てることも出来なかった」

 強い目線にあきらめたようにふっとため息を吐く七緒。

 冷たかった瞳は柔らかなものに変わっていた。

「……似てるものね、絵理子さんに」

「そんなことないと思うけど」

「雰囲気かしら。どこをって聞かれると悩んじゃうけど、近しいものがある気がする」

 ふわりと七緒の手のひらが明日香の頭を撫でた。

「それに貴方が自分の意見を通すなんて珍しいしね。アタシも協力するわ」

「……ありがと」

 蚊よりも小さな声で明日香は照れくさそうに言った。








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