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三日月は眠る  作者: 詩音
15/24

Chapter:14




「冬休みもファミレスで過ごすってあたしら相当悲しいよねぇ」

 広いテーブルに覆いかぶさる美穂。その姿を眺めながら明日香はストローで烏龍茶を飲む。

 そんな彼女が数日引きこもっていたとは知らず美穂は明日香を呼び出していた。

「明日香の予定は?」

「バイトと、課題くらい」

 断ることなくやってきた明日香は、クレセントから離れて気が紛れると思ったのだ。

 少し考えた後にぽつりと呟く。

「それってほぼ無いようなもんじゃん!」

 テーブルを叩くと飲み物の水面が波打った。

「明日香は彼氏作らないの?」

「今は、いらないかな」

 控え目な答えに美穂は不満だと言うように唇を尖らせる。

 ちなみに美穂本人にも甘いひとときを過ごせる相手はいない。

「じゃあクリスマスもバイト?」

「そうかもね」

「暗い……暗いよ明日香!」

 明日香にとって、クリスマスも誕生日もさして重要だと思わなかった。そのためどんな行事があっても毎回仕事優先なのだ。

 一般的な女子高生とやや価値観の違う明日香は不思議そうに形の良い眉をひそめた。

「遊ぼうクリスマス」

「え?」

 真剣なまなざしを受ける明日香はきょとんとする。

「バイトの合間でも良いからうちに来てよ、鍋パーティーするから!」

「……時間があれば」

「うん。来て来て!」

 屈託のない笑顔に若干押されつつ、明日香はまたストローを加えた。




 久々に戻ったブラックルームに、明日香は何とも形容しがたい安心感を覚えた。

 改めて自分の居場所はここだと嫌でも実感させられて、下唇を噛む。

「仕事ならまだないよ」

 その様子を見ていた十夜は軽い調子で明日香に声を掛けた。

「いたの」

「冬休み始まってからずっと泊まってる」

 すでに三日ここにいることになる。

「何か飲む?」

 彼専用の部屋を覗けば、インスタントのコーヒーやココアのビンが机に並んでいた。コンビニで買っただろう惣菜パンやスナック菓子も一緒だ。

 窓枠には湯気のたつ十夜のカップが置いてあった。

「自宅と職場一緒にする気?」

「桐原と違って僕には帰ったって迎えてくれる人いないからね」

 皮肉めいた台詞に返す言葉が浮かばない明日香は、話題を変えることにした。

 とは言っても明日香も話したがるタイプではないので当たり障りのないものが出て来る。

「クリスマスもここで過ごすの?」

「あぁ、予定無いね。デートでもする?」

 含み笑いを浮かべる十夜に明日香は冷めた顔を見せる。

「パス。他の人誘って」

「冷たいなぁ……」

 いつもの掛け合い。

 引きこもって考え込んだものの、答えがわからなかった明日香はクレセントに戻り、向き合う決意を再度固めていた。

「お、サボりやめたのか?」

 タイミングよく葵がやってきた。おどけたような声の問いにすぐさま深く頭を下げる。

「勝手なことして、すみませんでした」

 仕事に耐え切れず逃げ出してしまった彼女の罪を葵は咎めなかった。

「堅苦しい挨拶はなしだ。どっちにしてもお前らはしばらくここに来なくていい」

「どういうことですか」

「そのままだよ。年末だから休業」

 クレセントで三年働いて初めての長期休みに明日香は納得を示さない。

 そんな姿がわかったのか、葵がぼさぼさの頭を掻いた。

「ゴミ増えたから、掃除するんだよ」

 リストの人間を減らすということだ。婉曲な表現だが、明日香も十夜も瞬時に理解する。

「僕らは参加出来ないんですか?」

「未成年者には今回遠慮してもらう」

 その答えに残念そうなため息を漏らした十夜だが、早々とあきらめて自室に入ってしまった。

 残された二人。暗い顔をした明日香の背中を葵が軽く叩いた。

「国が決めたことだ」

「……わかってます」

 機械的な声の明日香は、ショックを隠し切れていなかった。




 家路につく途中、携帯電話が震えた。画面に表示される、蓮見美穂の文字に通話ボタンを押す。

「もしもし?」

「あ、明日香? 繋がって良かった。急なんだけどこの前言ってた鍋パーティーしない? って言っても三人だけでなんだけど」

「え……、今から?」

「うん」

 あまり気乗りしないのか、口をつぐんで傷付けない断りを考えるため思い巡らせる。

「私美穂の家知らないし」

「明日香」

 ずいぶん近い距離で聞こえた。電話越しではなく直に、だ。

 声のした方向を見ると飛び込んでくる勢いで走る美穂がいた。

「ここら辺にいたら会える気がしたんだ! あたしの勘って凄くない?」

 会ってしまえば話は早い。

 明日香は断るために話す時間を与えられず、美穂の手によってほぼ一方的に進む道を決められていた。

「ちょっと早くなっちゃってごめんねー。お兄ちゃんが特売で良いお肉買ったって連絡してきてさ」

 十階建てのマンションの四階に住む美穂は明日香をリビングに通すと冷蔵庫から烏龍茶を取り出した。

 ナチュラルな色合いで統一された家具や絨毯は一緒に暮らしている父親の趣味だ。もしも美穂に任せたら様々な色で溢れ返るはずだ。

「お兄さん、いたの?」

「うん。言ってなかったっけ?」

 初耳だったらしい。小さく頷く明日香。

「ちっちゃい頃に親が離婚したから今もずっと別々に暮らしてるんだけど、たまに遊びにきてくれるんだよね」

 四角いテーブルに烏龍茶を置くと明日香から小さな礼が返ってきた。

「頼りないけど普通の兄貴だから明日香も馴染めると思うよ」

「うん」

「もう少ししたら来ると思うから準備しとこうか」

 カセットコンロをテーブルの中央にセットし、野菜や肉を袋やパックから取り出す。

 手伝いを申し出た明日香を客だからと断り、包丁で次々切っていく。慣れているのか手際が良い。

「ねぇ美穂」

「ん?」

「お兄さんって何してる人?」

 明日香としてはただの世間話だった。次の言葉を聞くまでは。

「警察官になって二年目」

 小心者のお兄ちゃんが警官なんてあたし的には有り得ないんだけど、と小さく笑いながら美穂は付け足す。

 ふとした予感と、ある人物の顔が明日香の脳裏をかすめる。

「……お兄さんの名前は?」

「研一だよ。海野研一」

 呼び鈴が鳴った。








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