Chapter:00
この物語はフィクションであり、登場人物や組織は架空のものです。
なお、作中には未成年者の喫煙場面がありますが法律で禁止されております。
それは晴天の名にふさわしい夏の日だった。蝉がかしましく鳴き、夏特有の熱気がすべてを覆う。
泣き黒子のある少女は短めの白いワンピース姿に不似合いな高いヒールのサンダルで床を鳴らし、颯爽と病院内を歩いている。
彼女は見知った人物が向かい側に見えて足を止めた。
「お兄ちゃん」
嬉しそうに笑う少女に対して、兄である男はややぎこちなく手のひらを挙げた。
Tシャツにジーンズのラフな格好をした男は耳の後ろを何度か掻く。
「見舞い、来てくれたのか」
「うん」
抱えていた花束を大事そうに持ち直す。
憂いの混じった微笑みは、兄妹でどこか似ているものがあった。
「今日はあたしも会える?」
彼女は何度かここを訪れているらしい。歩き慣れた道は自然と足取りを軽くしていた。
「会えるけど、さっき眠ったところだから起きないと思う」
「具合はどう?」
「回復には向かってるって医者が言ってた」
「そっか、良かった」
安心したのか、ふわりと少女は笑う。
「寝てる邪魔したくないからお見舞いはまた今度にしようかな」
「悪いな」
兄が申し訳なさそうに眉尻を下げた。昔からの彼の癖だ。
「ううん。それより」
そこまで言って、目的の病室手前で少女が歩みを止める。
約一人分の空間が出来た。
「ホントに、何も覚えてないの?」
「……あぁ」
一瞬力んで出来た眉間のしわを、少女は見逃さなかった。伏し目がちな男に詰め寄る。
「全部? あたしのことも?」
「お前のこと話したら会いたいって言ってたよ。記憶を失ったのはある一部分に関連したことだけだ」
「そう……」
思い出したくないことでもあるのか、少女はさっと兄から視線をそらした。
「じゃああのことも?」
「名前聞くと頭が痛くなって思い出せないらしい」
見てるだけでこっちも痛くなるよと兄が悲しげに微笑む。
二人の周りには誰一人いない。あまり効かないクーラーがごうごうと音をたてていた。
「拒絶反応かな」
「さぁ」
「お兄ちゃんからしたら、忘れてくれてよかった?」
冗談混じりの少女の問い掛け。
「……正直言うと、少し戸惑ってる」
うつむいて、か細く低い声一つ。何かを恐れているような、そんな声だった。
「二人に一番酷い思いさせたのは、きっと俺だ」
しがらみから解放されない自らの兄から窓の外へと目を移す。
彼女もまた、抜け出すことが出来ないでいた。
あのときのことが、まだ傷跡になっている。
「もう半年経つんだね」
「そうだな……」
二人の脳裏には、半年前の出来事が過ぎっていた。