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足りない欲求

 本屋さんで買ってきた雑誌を、家族に見つからないようにこっそり、部屋で読んだ。


 お姉さん雑誌は、私よりも年上の人たちを対象にしているだけある。載っている服も化粧品も全部桁違いだった。

 すごく高い。私のひと月のお小遣いじゃTシャツ一枚も買えない。だけど雑誌に載ってるようなシャツを一枚買ったところで、それに合うボトムスもないから、合うものを揃えていったらきっと、とんでもない金額になってしまうだろう。

 自分で働くようになったら、こんな服も買えるのかな。大人になったら――今の私じゃ、雑誌に載っているようなお姉さんになれるかどうか、怪しいものだけど。

 きれいな服が欲しい、きれいな服が似合うようになりたい、きれいになりたい。雑誌のページを繰る度にそんなことを思うけど、それだって全部お金の掛かることだから、溜息しか出ない。


 木谷くんもやっぱり、きれいな人の方が好きだろうか。

 そういえば木谷くんの好みなんて知らなかったし、もちろん聞いたこともなかった。そもそも好きな女の子のタイプを、じっくり考えることもなさそうな人に思えるけど、どうなのかな。木谷くんは真面目な人だから、そういうことは人に聞かれるまで考えてなさそう。

 気になったけど、さすがに聞いてみる勇気まではなかった。私と付き合ってはいるけど、本当は雑誌に載っているモデルさんみたいなお姉さんが好きだったら、困るもの。どうやってそこまで辿り着けばいいのかちっともわからない。それは私がちびだから、という理由だけじゃない。


 私はベッドにごろりと横になって、雑誌をぼんやり眺めていた。

 本屋さんから買ってきてすぐのうちは、お洋服やメイクのページばかりを見ていたけど、そのうちに惨めな気分になってきて、そういったページはあまり見なくなってしまった。

 代わりに興味を持ったのは占いのページだ。もちろん恋占い。好きな人との相性を、ちょっとややこしい計算式で占ってくれるという特集に、思わず釘づけになった。

 占いって特別信じる方じゃないけど、こういうのはやっぱり気になってしまう。いいことが書いてあると、思わず鵜呑みにしたくなる。悪いことが書いてあれば、気にしないようにと思いながらも結局気になって、暗い気分になってしまう。だから試してみようかどうか、ちょっとだけ迷った。

 もし木谷くんとの相性がよくなかったら困る。私が恋占いをするとしたら、その対象は当然、木谷くん以外にいなかった。でもその木谷くんと、上手くいかない運命だなんてはっきり書かれていたら、きっと落ち込んでしまう。気にしないようにと思いつつも、始終気になってしまうだろうから。

 でも、ちょっと、試してみたいかな。

 うん。もし、もしも悪い結果が出ても、鵜呑みにしなきゃいい話だし。それに少しだけ、誰かに背中を押してほしい気分だった。きれいなお姉さんモデルがそれをしてくれないなら、占い師さんにお願いするほかない。


 ベッドから起き上がって、机の引き出しからペンを取り出す。

 まず自分の誕生日と血液型から、占いのページの表にしたがって、とある数字を導き出した。これにどんな意味があるのかはまだわからない。数字をメモする指先が震えて、ちょっとどきどきする。

 それから木谷くんのお誕生日と、血液型を――表から探し出そうとして、ふと、ペンが止まった。

 どうしよう。

 私、木谷くんのお誕生日も、血液型も知らない。

 まだ聞いたことなかった。木谷くんとそういう話になったことがなくて、まだお誕生日も血液型も何も知らない。

無性にがっかりしたのは、占いができなかったからだけじゃなかった。


 ――私、木谷くんのこと、何にも知らないんだ。

 お誕生日も血液型も、好きな女の子のタイプも、何も知らない。考えてみれば他にも知らないことがたくさんあった。趣味も、特技も、得意科目も、いつも何時くらいに寝ているのかも、好きな食べ物も好きな場所もちっとも知らなかった。

 知っているのは私よりもすごく背が高いということと、私よりもずっと優しいってことと、私よりもとても真面目で、どんな時にでも直向きだってことと、どうやら音楽が好きで、時々学校にもポータブルオーディオを持ち込んでいるってことと、それから――それでも、小さくて不器用で優しくなくて、いつも俯いてばかりいる私でも、うれしくなるほどにちゃんと、好きでいてくれてるってことも。

 それと、あと、連絡先も知ってる。

 そのくらいだった。

 でも、こんなことで電話を掛けるのも気が引けた。お誕生日と血液型を教えて、なんて、唐突すぎる質問だと思う。考えてみると木谷くんに電話をしたことは一度もなかったけど、その初めての電話のきっかけにしては、変な理由のようにも思えた。木谷くんだってきっと、いきなりそんなこと聞かれても、びっくりしちゃうに違いない。


 木谷くんのこと、もっと知りたいな。

 不意にそんな思いが浮かんで、私は手にしていたペンを投げ出した。雑誌を閉じて、仰向けになる。部屋の天井を見上げながら、木谷くんのことを少し考えてみる。

 もっと知りたい。もっといろんなこと、聞いてみたい。もっといろんな話をしてみたい。今の私じゃそれすら大変なことだけど、でもせっかく木谷くんのことを好きでいるのに、彼のことをあんまり知らないでいるのは寂しい気がした。

 学校ではあまり話ができなかった。教室だとみんなの目が気になるし、図書館では大きな声を立てられないから、自然と会話が少なくなる。ふたりきりの帰り道ならそういうことも気にせずに済むけど、代わりにどぎまぎする心を引きずっていて、なかなか上手く話ができなかった。ようやく心臓が落ち着いてきたと思ったら、もうお別れの時間――なんて、しょっちゅうだった。

 ゆっくりお話してみたい。みんなの目を気にせず、声を潜めなくてもいい場所で、どきどきする気持ちを静めたその後で、木谷くんと話をしてみたい。そうして木谷くんのいろんなことを知りたい。趣味、特技、学校のこと、お家でのこと、木谷くんの好きないろんなもののこと。たくさん、たくさん知っておきたい。

 そんなふうになるには、どうしたらいいんだろう。どきどきする気持ちに慣れるまで、じっと待っているしかないのかな……。


 何となく寝返りを打つと、雑誌の表紙が頬に触れた。

 ぼんやりと馳せた視線がふと、表紙の一文に留まる。――『デート必勝メイク特集』。仰々しい謳い文句に惹かれて、私は随分と背伸びをして、この雑誌を買う気になったんだっけ。

 デート、かあ。

 デートも、したことなかったな。そういえば。

 あ、放課後に二人で、どこかへ寄り道したりするのはあったけど。ファストフードに寄ったり、本屋さんに寄ったり、公園に寄ったりすることはあった。だけどよくある映画みたいに、お休みの日にどこかで待ち合わせて、一緒に出かけるなんてことはなかった。とてもじゃないけど私から、木谷くんを誘う勇気はなかったし、お休みの日に長い時間会って、口下手な私が木谷くんを退屈させないようにするのは、すごく難しいようにも思っていた。

 でも、たくさん質問をしたら、木谷くんは退屈しないんじゃないかな。ちょうど私、木谷くんに聞きたいことがたくさんあった。木谷くんのこと、知りたいって思ってた。だからそういうことをずっと聞いていたら、木谷くんも退屈せずにいられるし、話題が尽きて気まずい思いをすることもない。

 それに私には、もっと時間も必要だった。木谷くんと会って、どぎまぎする心をゆっくり静めるまでの猶予がいる。それはいつもの放課後の時間だけじゃ足りないから。


 だから――。

 デート、したいな。

 そんな大仰なものじゃなくていい。映画みたいなものじゃなくていいから、お休みの日に会う時間が欲しい。木谷くんとゆっくり、静かで穏やかな時間を過ごしてみたい。

 私から誘ったら、おかしいだろうか。

 必勝メイクには頼れないけど、きれいなお姉さんにもなれてないけど、占いの結果もまだわからないけど。

 私、頑張ってみよう。

 恋人同士なんだから、そういうのも変じゃないよね。

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