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君が好きだと言ってしまった  作者: 森崎緩
君がいる夏
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思い出す瞬間

 神社の境内には、縁日の露店がずらりと軒を連ねていた。

 提灯と行灯の明かりのせいで、辺りはまるで昼間みたいに明るい。その中を、浴衣や軽装の人たちが楽しそうに行き交っている。皆、手には思い思いの食べ物を握っている。わたあめだったり、かき氷だったり、焼きそばのパックだったり――ほうぼうからいい匂いが漂ってきて、急にお腹が空いてきた。

 毎年恒例のお祭りだけあって、すごい人出だった。ごった返す境内をのんびり歩く余裕はなく、ほとんど流されるように歩いていた。目当ての屋台を見つけたらすぐに飛びつけるよう、辺りへ視線を巡らせつつ。


 隣で、理緒もきょろきょろしている。何か買いたいものでもあるのかもしれない。浴衣姿の彼女が周囲に視線を向けると、その度に結んだ髪がひらひらと揺れて、視界の隅がゆらめくようだった。

 絵になる、というと何となく、傲慢な響きかも知れない。だけど目映い光の下で、理緒の朱色の浴衣はより色鮮やかに見えていた。肌の白さも際立つようで、縁日を背景に、今日の理緒はことのほかきれいだった。

 彼女はさっきから、俺のシャツの裾を握っている。人混みに踏み入ってからというもの、不安そうに身を寄せてくる。手を繋いだ方がいいのかもしれない、そう思いつつ、俺はためらっていた。彼女の手は華奢で小さく、ガラス細工みたいに見えた。

「彰吾くんは、何かお目当てってある?」

 上目遣いの理緒に尋ねられて、俺は一瞬戸惑う。

 内心を読まれたような気がした。そんなはずはない、理緒の言う『お目当て』とはつまり、縁日の露店のことなんだから。

「これと言って、特にはないけど」

 俺は冷静なそぶりで答えて、すぐに尋ね返した。

「理緒は? 食べたい物とかあるのか?」

 すると彼女は、恥ずかしそうな表情を浮かべて、

「食べたい物はないんだけど……」

 露店の一つを指し示してみせる。

「あれ、やってみてもいいかな?」

 理緒が指差していたのは、ヨーヨー釣りだった。


 小さなサイズのビニールプールに、浅く水が張ってある。その中をたゆたうたくさんのヨーヨー。赤や青、黄色に緑、いろんな色のヨーヨーが水面にぷかぷか浮かんでいる。行灯の明かりは水面では鋭く、ヨーヨーの表面には鈍く跳ね返っていた。

 ヨーヨー釣りは一回百円。三個まで釣っていいそうで、全く釣れなくてもサービスで一個は貰えるとのこと。理緒ははにかむ表情で露店のおじさんに百円を払うと、ビニールプールの傍で身を屈めた。俺はそれを、上から眺めていることにする。

 透き通りそうなほどに白い手が、こよりの先の釣り針を、不器用に操っていく。ヨーヨーを留める輪ゴムを捉えようと、理緒はやたら難しそうな顔つきになっている。釣り針の先が震えているのが、可愛いなと思う。

 理緒の隣では、小学生くらいの男の子が同じように釣り針を垂らしていた。理緒が釣り針をふらふら、ヨーヨーにかすめさせている間に、ひょいと一つに引っ掛けて、見事に釣ってしまった。上手いもんだ。

「あの子、すごく上手」

 理緒が目を丸くしている。それから俺を見上げて、苦笑してきた。

「どうやったらあんな風に、するっと釣れちゃうのかなあ」

「何かこつでもあるんじゃないか」

 俺はそう答えて、技を盗んでやろうと目を向けた。だけどさっきの小学生は既に三つを釣り上げて、意気揚々とおじさんに報告しているところだった。

「釣り針がもう切れちゃいそう」

 悲しそうな声を立てて、理緒が釣り針に視線を戻す。つりばりを結わえたこよりはたっぷり水を含んでいた。切れるのも時間の問題かもしれない。

 どうやら理緒のお目当てはピンクのヨーヨーらしい。彼女らしい好みだなと思いつつ、俺は声を掛けてみた。

「俺、取るよ」

「え?」

 理緒が振り向く。とっさに声も出せない様子で、戸惑ったように視線を動かしている。釣り針は水から上げて、しばらくぼんやりしていた。

「どれ? そこの、ピンクでいい?」

 もう一度尋ねると、ぎくしゃく頷いてくる。

「う、うん。でも、いいの?」

「いいよ、貸して」

 彼女の手から、脆そうな釣り針を受け取る。指先が触れてしまったけど、彼女が壊れてしまうことはなかった。代わりに少し、恥ずかしそうな顔をされてしまった。

 俺も少し照れながら、釣り針を垂らす。ピンクのヨーヨーを狙う。

 ほとんど動きのないヨーヨーは、輪ゴムが水面から出てさえいれば掬い易いはずだった。神経を集中して釣り針を近づける。輪に引っ掛ける。思っていたよりも手が震えた。理緒が見ていると思うと、余計に緊張した。

 針の先が輪ゴムに引っ掛かる。少しずらしても外れそうにない。よし。俺は一呼吸置いてから、勢いよく釣り針を持ち上げた。

 水分を含んだこよりが、ぷつりと切れたのは、その時だ。


 結局、理緒はピンクのヨーヨーを一つ、手に入れていた。

「彰吾くん、ありがとう」

 彼女はお礼を言ってくれたけど、俺は素直に喜べなかった。当然だ。ヨーヨーは釣れず、サービスの一個を貰ってきただけなんだから。

 理緒がうれしそうにしているのが救いだった。手元で揺れるヨーヨーを、にこにこしながら見つめている。そんな彼女の様子に、もう一つプレゼント出来てたらなと思わなくもない。ちょっと、悔しい。

「さっきね、ヨーヨー釣りの時に」

 不意に、理緒がそう言った。俺の顔を見上げて、照れたように笑っている。

「懐かしいこと、思い出しちゃった」

「何? 懐かしいことって」

 俺が問い返すと、ふふっと声を立てた彼女が、

「図書館で本を取ってもらった時、みたいだった」

「……ああ」

 すぐに、俺も思い出した。理緒と、図書館で会った時のことだ。俺は小さな彼女の為に、本棚から本を取ってあげた。そして――。

「あの時は偶然、彰吾くんが来てくれたから、うれしかったの」

 理緒は言うけど、実は偶然じゃなかったんだって言ったら、どう思うんだろう。

「今回も取ってあげられたらよかったんだけどな」

 ぼやくように言った俺へ、すかさず理緒が首を横に振る。

「ううん、私、すごくうれしかった」

 そんな彼女と、彼女の結んだ髪が揺れるのを見て、俺はしみじみ再認識する。

 理緒のことが好きだ。あの頃からずっと、今に至るまで。

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