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君が好きだと言ってしまった  作者: 森崎緩
君がいる夏
22/35

息を呑むような、

木谷視点の後日談、半年後の夏のお話。全10話。

Capriccio様(http://noir.sub.jp/cpr/)よりお題をお借りしました。

「……暑い」

 思わず呻いてしまうくらい、俺は夏が苦手だった。

 じりじりと照りつける陽射しのせいで、頭のてっぺんが焦げそうなほど暑い。蝉がけたたましく鳴く声は絶え間なく聞こえてくる。空気がずっしりと重い、夏の昼下がり。心なしか足取りまで重くなる。


 夏はあまり好きじゃなかった。どちらかと言えば春とか、秋とか、過ごし易い季節の方が好きだった。この辺りは冬も寒いくせに、夏になるとやたらめったら気温が上がる。季節の変化についていくのは一苦労で、夏休みを迎える頃にはばてていることも多々あった。

 今日も既にばてばてだ。本当なら心弾むべき終業式の後、俺はふらつき始めた足で帰り道を辿っている。隣を歩く彼女に、心配そうにされるくらいだった。

「彰吾くん、大丈夫?」

 理緒の問いに、一応は頷く。大丈夫なのかどうか、自分でもよくわからなかった。

 三十五センチ下まで視線を向けると、理緒は眉根を寄せて、気遣わしげな様子だった。

「暑そうだね」

「暑い」

「今日は真夏日だって聞いてるから、気分も悪くなっちゃうよね」

 そう言って、理緒は鞄からハンカチを取り出す。それを持った手をぐいと伸ばして、俺をぱたぱた扇いでくれた。風は全く届いてこなかったけど、そんなことはどうでもよかった。彼女の気持ちはありがたかった。

「ありがとう」

 気力だけでお礼を言って、それから俺は提案してみる。

「何か、冷たいものでも飲もう」

「うん」

 すかさず理緒も頷いた。どこかほっとした表情だった。


 コンビニで冷えたラムネを二本、調達した。

 その後で近くの公園まで足を伸ばす。よくある古びた児童公園は、陽射しの強さのせいかあまり人気がなかった。こんな日なら公園なんかより海とか、プールに行く方がいいに決まっている。

 俺たちは適当な木陰を選んで、地べたに直接腰を下ろした。ベンチに座るのは自殺行為だ、日陰を選ばないと本当にくたばってしまう。

 よく冷えたラムネは、渇いた喉にとびきり美味しく感じられた。俺がラムネを呷っている間、理緒がずっとハンカチで仰ぎ続けてくれていた。地べたに座ると小さな理緒とも肩を並べられて、いくらか風が送られてきた。

「ありがとう」

 大きく息をついてから、改めてお礼を言う。

「うん」

 理緒はくすぐったそうにしている。首を竦めた仕種が可愛い。

 可愛い彼女が出来て、いよいよ迎えた夏休み。――となると、普通は楽しみで楽しみでしょうがないはずなんだろう。夏はその手の、彼女がいるとより楽しくなるようなイベントが目白押しで、クラスの中にも何人か浮かれている連中がいた。

 だけど俺は浮かれている場合じゃなく、どうやら真剣に夏ばての対策を考えなきゃいけないようだった。このままじゃ夏休みを楽しむどころじゃない。せっかくの理緒のいる夏が、ばてばてのまま何となく過ごす夏になってしまう。

 悶々とする俺の隣で、ふと、理緒が口を開いた。

「彰吾くん、おでこも冷やした方がいいんじゃないかな」

「え?」

 俺が視線をそちらへ向ければ、理緒は既に立ち上がった後で、ビー玉の落ちていないラムネの瓶を、そっと俺の額に当ててきた。

 ひんやりと、心地よかった。

「理緒、飲まないのか」

 気になって尋ねてみる。冷やしてくれるのはとてもありがたいけど、ラムネが温くなりそうだ。理緒だってこの暑さじゃ、喉も渇いてるだろうに。

「ううん、いいの。家に帰ってから冷やして飲むから」

 そう言ってくれる彼女は、いつでもとても優しい。優し過ぎて、気を遣わなくてもいいのにと思うことさえある。だから俺は、彼女が気を遣ってくる前に、優しくし返してあげたいと思う。

 夏の陽射しが忌々しい。こんなに酷い暑さじゃなければ、夏休みもこの瞬間だって、気後れせず楽しめたに違いないのに。

「彰吾くんは背が高いから、仕方ないよね」

 ラムネを俺の額に押し当てる、理緒が微かに笑ってみせた。

「何が?」

 問い返すと彼女は柔らかい口調で、

「だって彰吾くんは私よりも、お日さまに近いところにいるんだもん。頭が熱くなっちゃうのも仕方ないと思うの」

「……ああ、そうかも」

 かもしれないな、と思う。

 俺が夏を苦手にしている理由も、案外そんなものなのかもしれない。陽射しが近い。無駄に伸びた背丈のせいで、余計に暑く感じるのかもしれない。

「暑苦しくない?」

 俺は、理緒に尋ねてみる。

 今度は彼女の方がきょとんとして、聞き返してきた。

「何が?」

「だから、俺の近くにいて。俺が余分に日光集めてるから、理緒まで暑苦しくなってないかって、心配なんだ」

 そう言って、本当に『暑苦しいから近寄らないで』と言われたら、へこむけど。理緒はそういうこと言う子じゃないけど、図体ばかりでかい奴に傍にいられたら、暑くないはずはないだろうと思う。

 予想通り、理緒はすぐさま首を横に振った。

 ただ、続いた言葉は予想したものと違っていた。

「暑くないよ、涼しいよ」

「涼しい?」

 まさか。いくら理緒が気を遣う子だからって、それはちょっと言い過ぎじゃないのか。

 困惑する俺に彼女は、更に続ける。

「彰吾くんの傍には、いつも大きな影が出来るんだもん」

 瞬間、息を呑んだ。

 乱れかけた呼吸をとっさに整え、俺は呟く。

「……ああ、そっか」

「うん。だからね、ちっとも暑くないよ。彰吾くんの傍にいたら」

 理緒は小さい。俺の影の中へ入ったら、すっぽり隠れてしまうくらい小柄だ。俺は理緒にとって、いい日除けなのかもしれない。

 言った後でちょっと申し訳なさそうに付け足してくる。

「何だか、彰吾くんを盾にしてるみたいで、ごめんね」

 本当に、理緒は、こういう子だ。

「いいよ。気にしないで、どんどん盾にしてくれても」

 それで夏の間もずっと傍にいてくれるなら、俺はちっとも構わない。

 額に当ててもらっていたラムネの瓶をそっと外して、彼女に笑いかけてみた。

 彼女も笑い返してくれた。その上で、持っていたハンカチで、俺の額を拭いてくれた。


 理緒のいる夏休みが始まろうとしている。

 もしかすると今年は、夏がそれほど苦手じゃなくなるかもしれない――そんな現金なことを思いながら、俺は笑う彼女を見つめていた。

 小さな彼女は影の中にいる。目の前でふと、息を呑むようにしてみせた。

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