第6話 勘当と破門
先生の奥義『指射』。
これをどうしても会得することが出来なかった。
稽古は人以上にしている。
先生もオレの腕を認めていた。
だが、先生が指差す水面についぞ波紋は起きなかった。
「先生。なぜ私にはできないのでしょう」
「寅道。純粋な心だ。邪心を捨てよ。世界覇者。世界最強などどうでもいい。己に克て。その弱さがお前にはあるのだ」
「そ、そうでしょうか?」
先生の言う意味が分からなかった。
なぜオレが弱いのか? 慢心しているのか?
いやそうではない。先生が強すぎるのだ。勝てる気がしない気の迷いがそうさせるのではないだろうか?
オレはいつもそう自分に言い訳をしていた。
おそらくそれが自分の弱さだったのであろう。
24歳。オレは先生の前に土下座をしていた。
庵の道場の畳に深く頭をこすりつけ、決して上げようとしなかった。
「寅道。やめよ」
「先生。先生にお願いがあって参りました」
「だいたい見当がつく。だから言わんでも良い」
「ミソラを……。ミソラさんを……」
「わかっておる。だからお前は儂に勝たねばならぬ」
「そうです。そうですが……」
「……まぁ、儂もそろそろお前に花を持たせてやりたい。百木流の看板をお前にやりたいのだ」
オレの胸の中に熱い思いがこみ上げる。
先生は考えてくれていた。
今後のことを。
だが、オレは急いでいたんだ。
クソのような裏切り。
それをどうしても言わなくてはいけなかった。
「実は先生」
「ん?」
「ミソラさんの腹の中に……」
「……なんじゃと?」
「私の子どもが宿りました」
凍り付く部屋。
先生への大きな裏切り。愛しい孫をいつの間にか弟子は手篭めにしていたのだ。
先生が怒らないはずはなかった。
無言で立ち上がり、今までにない強い力でオレを蹴り付けた。
容赦なく腕を踏みつけその骨を折った。
美空はオレに覆い被さって先生からの攻撃を守ってくれた。
「出て行け。二人とも。もうこの家の敷居をまたぐことは許さん。弟子は孫に恋い焦がれるあまりに一線を越え修行を無駄にし、孫は弟子恋しさにその道を封じた。情けないお前たちにもう会いたくもない」
オレたちは庵を出るしかなかった。
美空はそのままオレの家に入り、籍を入れた。
それを待ってオレの母親は死んでしまった。
悲しみもあったが、美空とともに歩むと決めた。
そして徐々に大きくなる美空の腹。
その間にオレは先生に許しを乞う為に何度も庵に足を運び、庵の前で身を伏して謝ったが許されることはなかった。