第5話 秘密の約束
中学の頃は先生の庵まで走って通った。
空手がもっと強くなりたいという気持ちもあったが、美空に会いたかったのだ。
学校、そして先生の庵。
オレたちが一緒にいる時間は長かった。
当然、意識し合う二人。
それもそのはず。
あの一言が決め手だった。
「ミソラさんをヨメに。婚約者ってことですよね。オレは全然オッケーです」
そう。オレはすでに美空へ気持ちを伝えていたし、美空もオレに関心を寄せていてくれた。
15歳の学校の帰り道。
オレは美空の歩みに合わせてサイクリングロードを走っていた。
「なにもお爺ちゃん見てないんだから走らなくてもいいのに」
「そういうわけにもいかないよ」
「トラミチくん、汗臭いよ?」
「そ、そうか?」
美空はいつの間にかオレを名前で呼ぶようになっていた。
オレも『ミソラさん』と。
先生の庵に到着。
二人して小さな庵に入る。
「あれ?」
「先生いないみたいだな」
「道場に入ってる?」
「そうだな」
こんなことがしょっちゅうあった。
先生は買い物とかに行ってたのだと思う。
だが、互いに意識し合い、好きな思いを持つ二人が一つ屋根の下にいるんだ。
何もないわけがなかった。
15歳の夏。初めてのキス。
17歳の春。初めて身を合わせた。
オレと美空の二人の間では将来を誓い合っていた。
狭い道場で道着に着替え、壁に寄りかかりながら手を繋いで座っていた。
美空が肩にもたれかかるのに幸せを感じていたあの頃。
これが永遠に続けばいいのにと思っていたが、先生が安普請の引き戸を引く音でオレたちは素早く離れた。
「先生! おかえりなさい!」
「おお。寅道。道着に着替えたな。早速始めよう」
「はい!」
高校は大阪だったが美空恋しさに、毎週先生に稽古をつけてもらう名目で庵を訪れていた。
時が経ち、全国優勝をし世界覇者となった。
だがオレは世界最強ではなかった。
「寅道。立て。もう一度だ」
「お、押忍」
そう。先生には勝てなかった。
勝てる気がしない。
だが、先生は当初の約束を違えようとはしなかった。
「ワシに勝ったら、ミソラをヨメに」
オレはどうあっても先生に勝たなくてはいけなかった。