第3話 小さい道場主
彼女に案内されて小屋の中に入ると、ホントに小狭い。
もともと近内家は地元の地主だから家も大きく、オレのために庭に道場まで建てられるほど裕福。
体のためにと幼少の頃から始めた空手でメキメキと頭角を現し、今では空手界のプリンス。
それがこんな小さな小屋の空手家の家を訪問することに優越感丸出しだった。
「お爺ちゃん。お客さん」
「ん? おお。近内くんではないか」
「押忍。お孫さんの紹介で参りました。お爺さまも空手をやってらっしゃると聞いて」
「おお、そうか。こんな小さな道場に出向いてくれてありがたいのう」
道場。
思わず苦笑が漏れるのを我慢した。
見ればホントに小さな爺さんだ。
これがやる空手。少しばかり見てみたい。
どうせ古くさい形ぐらいしか披露できないだろ。
「後学のためにお爺さまの空手を拝見したいです」
「ん? おお。そうか。では道場へ……」
「やだ、お爺ちゃん! お布団引きっぱなしじゃない! 近内くん。ちょっと待ってね。ウチの道場、寝室も兼ねてるのよ。今片付けてくるから」
そう言うと彼女はいそいそと奥に引っ込んで行ってしまった。
「元気なお孫さんですね」
「まぁな。美空は両親を交通事故で亡くしてしもうてな。ワシが最近引き取ったんじゃ。この地に来て短いからのう。友だちになってはくれんか?」
「え、ええ。ミソラさんのお友達。是非是非」
嬉しい申し出。オレは思わずニヤついた。
しかも、美空って名前なんだ。かーわいい!
しばらくするとその彼女が道場から首を出した。
「お爺ちゃん。いいよ」
「そうか。近内くん。入りたまえ」
オレはこの小さな小屋の道場に体を入れた。
そして、思い切り息を吸い込む。
ここは美空さんが寝ていた場所。彼女の残り香がある。
しばらくそれに陶酔してると、爺さんはいつの間にか道着に着替えていた。
「さぁ。近内くん。構えを見てやろう」
は? 何でオレがこんな爺さんに構えを見て貰わなくちゃならんの。逆だろ。オレが見学するんだろ。
しかし、美空さんの手前、悪い顔も出来ず、すぐさまパッと構えを取った。
美空さんは微笑んでいる。
どんなもんだ。一部のスキもねーだろ?
ところが老人は構えたオレの手を軽く払い、みぞおちに拳を押し付けた。
「!?」
「ふむ。悪くはないが気に甘えがある。自分の強さ頼りだな。相手を舐めたとき。その時がキミの負けるときだ」
オレはムッとした。
中学生にありがちな増上慢と言うヤツだ。
爺さん相手だから軽く構えただけだ。そのスキを狙ってみぞおちに手を入れただけなのに、何を知ったようなことを。
イラッとした顔を気付かれたかも知れない。
だから直ぐに気を取り直した。
「恐れ入りました。出来ればお手合わせをお願いしたいです」
「ん? まぁいいだろ」
爺さんは軽く申し出を受けた。
「お爺ちゃん危ないよ。近内くんが怪我でもしたらどうするの?」
おやおや。爺さんと孫が揃って、この全国1位さまの心配をしてくれる。
ますますオレはこの爺さんを倒したくなってきた。