第1話 最強の玄孫
オレは自分の車を河原にある土手に作られた市で貸し出している家庭菜園用の道の上を走らせていた。
隣りのベビーシートには幼子。
これを今から我が師に見せに行く為だ。
車を菜園の共同駐車場に停め赤子を抱いて菜の花が咲いている脇の道を歩いて行く。
師の家は小さな庵だ。
思い出深い。中学の頃にここに足を通わせ空手を習ったっけ。
安普請の引き戸を二度ほど叩く。
「どなたかな?」
「押忍。先生。私です」
「……入りなさい」
オレは引き戸を片手で開けたが庵に入るのは躊躇した。
「どうした寅道。入りなさい」
「……押忍。しかし……」
「もうよい」
オレは、ゆっくり土間に足を伸ばして地をつける。
だがそこで跪いて泣いてしまった。
そしてそのまま幼子を師に向かって差し出した。
「マコトとリュージの子です。先生に見て頂きたく馳せ参じました」
先生は土間に足を下ろしてその子を手に取った。
「おうおう。左様か。めんこい子じゃのう。名はなんという」
「お、押忍。尊です」
「おう。男児か。世界最強の子か。はっはっは。ワシの弟子の子」
「誠に以て」
「……そして世界最強の孫」
「押忍。そして世界最強の玄孫です」
「ふっ」
師は一つだけ笑った。
「リュージとはちゃんと和解したようじゃな」
「も、もちろんです。あの、先生」
「弟子とその師が和解したのだから、ワシもそろそろ弟子を許してやらねばならんの」
オレはその場で体を震わせた。
あれから20年。とうとう許される日が来たのだと。