第64話 寡兵劣勢
神納の踏み込み。拳の風圧。
やはり未来を嘱望された大選手なだけはある。
体格差もある。オレは神納から見ればウェイトは軽すぎる。
あの拳を避けるため身を引くには思い切り転がらないと当たってしまう。
「やめ! 中央に」
審判の声で場外まですっとんだオレは道着を直しながら中央に戻った。
会場が全て「神納」コールだ。
ここは全くのアウェイ。
とんでもない重圧がオレを押しつぶす。
「うまく避けたな。偶然か?」
「はは……。やっぱり強いっすねぇ」
審判が号令を下す。
神納の攻撃は緩まない。
完全にオレを舐めている。
同格ならば、見合ったままタイミングを計り合うのだが違う。
当たるを幸いと大振りの拳に回し蹴り。
自分の剛術を頼みとした空手だ。
師匠の空手はこういうのではなかった。
精神を落ち着かせて、相手のわずかな動きを読む。
避けやすい。
当たれば致命傷だが大きな攻撃は読みやすいのだ。
まるでエビのような格好で場外に避けるオレに会場は笑いの渦だった。
だが、大師匠も最初に言った。
「敵は目の前にいるものではない。己の中に有り」
ここにいる連中全て、今、神納とオレとの戦いを笑いながら見ているが違う。本質はそこじゃない。
大事なことを誰しもが見誤っている。
神納は自分の力を過信している。
神納も観客も敵はオレだと思っているんだ。
たしかに目の前の敵に勝たなくてはポイントにならない。
だがオレは違う。
アウェイの中、自己の弱さを認め精一杯に神納の攻撃を避け有効打撃を一撃も与えていない。
この試合は有効打撃を多く取ったほうが勝ちのフルコンタクト。
神納の油断を待つ。それだけだ。
「やめ。中央へ!」
審判の声で、もう一度オレと神納は中央へ戻る。
その戻り道。
「やる気あるのかよ。さっぱり攻撃してこねぇな」
「押忍。神納先輩の拳を避けるので精一杯です」
「だろうな」
わぁわぁという歓声と神納コール。
熱狂の渦だ。
残り時間も僅か。
己に勝ち得ないものが負ける。
この試合の焦点はそこにあるのだ。
本日正午にもう一話アップします。