第63話 試合開始
そこには大師匠と師匠が立っている。
師匠は眉毛を吊り上げ、ギリギリと歯噛みしていた。
「ぬぅぅ。招かれざる客! 何をしに来た!」
「師匠。大師匠の命を受け、神納先輩との試合に参りました」
「勝手な。神聖な道場を汚すな。帰れ」
師匠はそういいながら出口を指差す。
だが、大師匠はその手を掴んで下ろさせた。
「寅道。ワシの願いを叶えてくれるのではなかったか? 若手との試合を。神納とワシの弟子との試合を」
「せ、先生。こいつが先生の弟子ですか?」
「そうだ。お前がスジはいいが最近練習にも来なくなったと言ったヤツをワシが弟子にしたのだ」
「は、はぁ? 百木先生、しかしながら……。お、押忍。分かりました」
師匠は何かを言おうとしたが、大師匠のひと睨みでそれを引っ込め、大師匠と共に場外に身を引いていった。
会場の中は、オレというチンケな無名選手が出たことで、多少荒れた。ブーイングが鳴り響く。
だがそこで大師匠が一喝。
「二人とも。立派な試合を見せてくれ。敵は目の前にいるものではない。己の中に有りだ!」
その瞬間、水を打ったようにシーンとなったが、すぐにわぁわぁという歓声に切り替わった。
「よいか? この試合は他言無用。中学生と高校生が試合をしたなど外に露見してはならぬ。これは余興である。また急所を狙うは反則。本来は神納にハンデをもらいたいが、それはせん。だが白井の攻撃をさける行為に警告は容赦してやってくれ」
大師匠のルール設定だ。神納は別に良いと言った感じでうなずいた。
オレと神納は中央に寄る。
「拍子抜けだ。お前みたいなヒョロイのと戦うなんて正直ウォーミングアップにもならん。だがマコトの元彼だ。思い切り拳を叩き込ませてもらうぞ」
「いえ先輩。まだ彼氏になっておりません。今から彼氏にしてもらうのです」
「なにをぅ!?」
審判が手を上げて『はじめ!』の合図。
神納の体はオレよりも20センチもデカい。そしてすごい迫力だ。
……だが、どうだろう。
大師匠のほうが大きく見えるぞ?
しかし、そう思った瞬間オレの体は畳の上を転がっていた。