第61話 決戦前
それから大会までの二週間、さらに練習を重ねたが重圧と緊張ばかりが押し寄せてくる。
余りの上の空に、師匠は手刀で頭を打った。
「いてっ!」
「バカモン。気持ちが入っておらん。勝つとか負けるとか考えるな。自然でいいんだ。オマエが弱ければ負ける。強ければ勝つ。ただそれだけのことだ」
たしかにそうだけで、それでいいのかな?
大師匠にとって弟子が負けるって不名誉なことなんじゃないのかな?
「オマエは負けられん。負けたらワシにぶち殺されるから」
こーわい。やっぱり不名誉なことなんじゃねーかよ。
どっちなんだよ~。大師匠。弱ければ負けちゃうんじゃないの~?
大会当日。オレは大師匠について行き、大会の様子を観客席で目立たないように見ていた。
マコがいる。短髪で天心志館の道着を着ている。
開会式前に、師匠が大師匠に近づいて何かを話しているようだった。
「押忍。百木先生、お久しぶりです」
「おお寅道か。最近は顔を出さなかったな」
「無礼お許し下さい。最近は忙しくて」
「知っておる。よい弟子が出来たようで毎日走らせておったな」
「知っておりましたか。いや〜年甲斐もなく」
「それでどうだ。弟子は」
「はぁ、なかなかの仕上りで」
「ほう。では世界を目指せるか?」
「どうでしょう。最近は練習にもきません。向いてないのかもしれませんな」
「そうか。ではワシが稽古をつけてやってもいいかもしれんな」
「まさか。先生のお眼鏡に叶う腕前ではありません。神納ならまだしも」
「そうか」
「ところで先生。開会に際しまして是非とも形など披露していただければ」
「それじゃがのう寅道」
「お、押忍」
「この歳じゃ。動きもままならんので、どうじゃ。若手の動きも見てみたい。天心志館のホープ、神納正十郎とワシの弟子を試合させてもらいたい。どうだ?」
師匠は、ここで弟子とは自分のことだと思ったらしい。
「お、押忍。先生の仰せなら」
「そうか。頼むぞ。良い試合にしてもらいたい」
「さ、早速段取をして参ります」
師匠は大師匠から離れて、実行委員のところや神納のところに話をしに行ったらしい。
「え? 百木魚心先生の希望で、近内先生との試合ですか?」
「そうだ。神納。できるか?」
「押忍。大丈夫です」
「本気でかかってこいよ。そして多少手加減してくれ」
「どっちですか? どっち?」
「まぁ、負ける気はせんがな」
師匠はそう言って神納に手を上げて離れて行った。
「そうか。マコトの父親との試合か。負けるより勝ったほうがいいところ見せられるだろうな。そしたらマコトに念願の告白を……ヒヒヒ。彼氏にもフラレて傷心中だし、カッコいいところを見せないとな」
師匠と神納は、開会式が始まるまで体を動かして調子を作り始めた。
オレも二階の観客席の端のほうでこっそりと体を動かしていた。
大師匠の号令がかかるのを待っていたんだ。