第59話 極意伝授
それから二月あまり。
稽古は苦しかったが、なんとか体も慣れてきた。
稽古が終わったら、家の中でも大師匠のマネをして形を稽古した。精神が落ち着く。
足腰を鍛え、技を一から学び、精神を研ぎ澄ませる。
どっしりとした気持ちが体に付いてくることを感じた。
ある日大師匠は、オレを道場の外に出し、家の前の側溝に連れてきた。
「な、なんすか?」
「橋の上に立ち、水面に向かい拳撃してみよ」
「え? は、橋って……」
それは足の幅も無い、細い木の棒。
不安定でバランスを崩すと、水の中に真っ逆さまだ。
水面に向かって拳撃をするなんて、足にも力は入るし、大したことが出来ようはずも無かった。
「は、はい。とりあえず……」
「とりあえずなどという気持ちならやらなくてもいい。大事な稽古だ。力足を踏まず、体の中心に力を入れバランスを取る。そして、水面に勢いよく拳撃を放つ。今までの稽古が無駄だったか、そうでないのか見極めたい」
「は、はい」
大師匠の真意が分からないまま、橋の上に立った。
以前とは違う。バランスが取れている。足腰が鍛えられたからであろうか?
体の中心に力を入れる。何となく感覚で分かった。
ここで、力強く拳撃を放てば、勢い余って落ちてしまうだろう。
一瞬に賭ける。
力とスピード。
そうだ。呼吸も整えろ。
集中して、ただの一点だけ。
オレの拳から水面に向かって拳撃か放たれる。
その刹那、水面に波紋が出来た。
「わっ! 凄い」
「ふっふっふ。出来たな」
「分かりました。大師匠! これが指射の極意なのですね?」
「その通りだ。最初は拳で水面に波紋が出来るようになる。その内に指で。見よ」
大師匠は飛び上がって細い木の棒の橋の上に並んだ。
「ちょ! 大師匠アブねっす!」
「落ち着け」
「は、はい」
大師匠はジッと水面を睨みつけた。
徐々に水面に波紋が起こる。
その内に波打ち始めた。
「はーーーーー。すぅーーー」
大師匠はゆっくりと深呼吸をし、小さく身構えた。
そして、素早く水面に指射を行った。
「きぇい!」
ザバン!
大きく波打って、そこには水が全くなくなってしまい、側溝の底が見えた。
これが本当の実力だ。
師匠は眼力だけで水に波紋を起こし、指射にて大打撃を与えたのだ。
オレはこの、もう空手じゃなく仙人みたいな大師匠を改めて尊敬した。
「リュージよ。驚くな。オマエにもこの素質がある。その極意を伝えるつもりだ」
「は、はい!」