第58話 作戦あり
大師匠は独自の形の動きをしていた。
ゆったりと水面を歩くようだ。
見ていてなぜか心が落ち着いた。
「帰ったか?」
大師匠は背中を向けながら質問してきた。
なぜか気配を悟られたのだろうか?
「帰りました。あの大師匠」
「なんだ」
「オレ、マコに会いたいです」
「そうか」
大師匠はゆったりとこちらに方向を変え、足を揃え結び立ちの姿勢になり、手を合わせて一礼した。
これはオレに対して礼をしているのではない。
礼に始まり礼に終わるという道訓がある。
全てのものに対して尊敬を示す礼なのだ。
「まぁ、待て」
「ど、どうして?」
「お前は、寅道の娘を傷付け、寅道から破門になったのだな」
「そ、そうです」
「なら、寅道にも強くなった様を見せつけよ。娘にも惚れ直される力量を持て。今のままでは中途半端のままだ。何も解決せん」
た、たしかに……。
大師匠のおっしゃる通りだった。
だが、強くなれって、いつ強くなれるのか皆目見当がつかない。
一朝一夕でなれるものなのだろうか?
「それにワシには作戦がある」
「え? ど、どんなですか?」
「それはまだ言えん。だがそれまでには強くなって貰わんとな。はははははは」
「はは……」
笑ってる場合じゃ無いけど、一応大師匠に合わせることにした。
「さぼったりしておらんじゃろうな?」
「もちろんです」
「誓えるか?」
「それは……」
「バカもん。それで強くなれるか。敵は目の前にいるものではない。自分の中にいるのだ。それに克て。辛い。苦しい。休みたい。それに勝てずして試合で勝てるか!」
大師匠は背中を向け、もう一度形を始めた。
生涯で何千回も同じことを行って寸分の狂いもないであろう形を。
誰に見せるわけでもない。
ただ己が満足するまでやるのであろう。
「あの、大師匠」
「なんだ」
「オレ、もう一度行ってきます」
「左様か。道中気を付けよ」
「はい!」
オレはもう一度、山に向かって駆け出した。
本日正午にもう一話アップします。