第57話 二通目の手紙
それから厳しい練習が始まった。
師匠の練習の十倍きつかった。
途中何度も諦めようと思うほどだ。
実際に、練習に嫌気がさして、その日の駆け稽古をさぼって山の中に逃げたことがあった。
師匠は平たんな道を走らせたが、足腰を強くするために山中を走らせるのは大師匠のやり方だ。
だが、もともと家から7.5キロメートルの大師匠の家に通っているんだ。
それだけでも十分なのにさらに山中。
暗くなれば道場でみっちり組手の稽古をする。そりゃ嫌になるよ。
幸いにして大師匠はついてくるわけではなかったので、山道を外れてしばらく木陰で休もうと思ったんだ。
そこで息荒く喘いでいたが、そこが見覚えのあるところだと思い出した。
昔、マコと秘密基地を作った場所が近い。
少しばかり山を降りなくてはならないが、そこを秘密の休憩所とすればいいと思い、熊笹をかき分けて秘密基地に向けて進んで行った。
あれから二年以上経っている。
ひょっとしたらさらに雨風を受けて倒壊しているかもしれないと思ったが、あの頃のままだった。
「へー。全然変わってねーじゃん」
しかし、気付いた。木の葉の上、入り口の土の上に新しい足跡。
マコのものだと直感した。
マコはオレよりも先に、秘密基地に入ったんだ!
「マコ!」
叫びながら入り口に立ったが誰もいない。
よく見れば足跡も新しいとは言え、出来たばかりのオレのものよりは古い。すでに何日か経った後だと思われた。
「転校する前にここに来たのかな? でも何で……」
見ると、オレたちが敷いたブルーシートの真ん中に、入院中にマコから貰った便箋と同じものが置いてあった。
マコはお見舞い用に一通と、ここに一通置いたのであろう。
多分オレ宛だろう。
前の手紙の続きか?
『ずっとずっと友達です』で終わったあの手紙の。
オレはその手紙を手に取った。
便箋の表面にマコの字で宛名があった。
『アホへ』と書いてある。
オレ宛だろう。開けるのが怖かった。
前のかしこまった文章じゃ無い。毒から始まっている。
勘違いし続けたオレへの恨み言が書いてあるに違いないと、躊躇したが開けるしか無かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アホへ
どうしょうもねーな。白井竜司のヤツ! マジでキモい。こっちから嫌いになってやる。なにが一生一緒にいたいだ。信じたウチがバカだった。前から思ってたけど筋金入りのアホ。もう大嫌い!
顔も見たくないからそう思え。もう大阪に行って空手だけのことを考えることにする。一週間で忘れることにした。バカでアホでどうしようも無いくらい好きで、そばにいたかったのに、もういい。
この手紙を読むなよ。ボケ!
ここは私の大事なプロポーズされた場所だ。お前はバカだから知らないだろう! 思い出の場所をクソの竜司に汚されたくない。雨や風で竜司が見る前に手紙がゴミクズになることを祈る。
だから最後に思いをぶちまけておく。
クソ竜司! 大好きだぞ! バーカ!
とってもとってもカワイイ 真虎人より
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
マコ!
マコはここに来ていた。そうだ!
ここで、マコに一生一緒にいたいって言った!
それがプロポーズ!
なんてこった。マコを男の親友だと思ってたから言ったことを思い出せなかったけど、女子がそれを聞いたらたしかにプロポーズじゃねーか!
マコ!
オレも大好きだよ!
ああ、マコに会いたい。
どうすりゃいいんだ。
オレは山を駆け下りて大師匠の道場に帰った。