第54話 命の恩人
走りに出ようとすると、母ちゃんに止められた。
「あんた、前のコース走るんだったら、あんたが倒れた時に救急車呼んでくれた人にお礼言って来なよ。ホラ。これ持って」
そう言って母ちゃんは煎餅が入った未開封のブリキの缶を渡してきた。
「え、救急車呼んでくれた人がいたんだ」
「そりゃそーでしょう。サイクリングロードずっと行って、ポプラの木の近くにある小屋みたいなところに80くらいのおじいちゃんが住んでるから」
「へー。あの小屋に人住んでたんだ」
「そうだよ。おじいさん、ありがとうございました。おかげさまで助かりました。こちらつまらないものですがどうぞお納めくださいって言ってくるんだよ」
「オーケー分かったよ」
オレは走り出した。
前にマコと共に並んで走ったこの道。
師匠は自転車にまたがって、竹刀を振り回してたっけ。
片道7.5キロメートルのこの道。
舗装されていて走りやすい。横には大きな川が流れて、風も心地よいんだ。
ポプラの木が見えてきた。
そう言えばあの小屋が見えると、師匠は自転車を土手に転ばして一緒に走り出したっけ。
折り返し地点では掛け声を出して、また自転車のところまでくるとそれに乗って竹刀を振り回す。
あれってなんでだったんだろう。
スタートと折り返し地点は大事だってことなのかな?
オレはそう思いながら、土手の下にある小屋の向かって駆けて行った。
すると、小屋の前に小さい畑がありそこにしょぼくれた爺さんが手を震わせながら作物を見ていた。
「こんにちわー」
そう声をかけると爺さんはニコリと笑った。
「はい、こんにちわ」
「あのー、オレ白井リュージっていいます。先日はここで倒れてしまい、救急車を呼んでくださってありがとうございました」
「ほう。若いのに礼を言えるなんて大したやつだ」
「いえ。これ、つまらないものですが受け取ってください」
オレはそう言いながら礼をしてブリキの缶を前に突き出した。
爺さんはホッホと笑っていた。
「そーかそーか。寅道の弟子よ。お茶でも出そう。さぁ、入りなさい」
寅道……。それは師匠の名前……。
なんで爺さん師匠のことを知ってるんだろう。
オレは爺さんの背中について行った。