第52話 許しを請う
近内家の門をくぐり大きな庭を抜けて玄関の前に。
リビングの電気が点いている。師匠は家の中にいる。
逸る気持ちで呼び鈴を押した。師匠にも詫びなくちゃならない。自分の過ちを。
やがて、師匠のドスドスという床を踏む音が聞こえて来たと思ったら、玄関が開いた。
「あの師匠! オレ勝手に勘違いして、マコのことを傷つけて……!」
しかし師匠はそんなオレの胸をトンと押した。
「なんだ。テッペイとリュージくんじゃないか。まぁまぁ。……外で話をしよう」
明らかに怒っている。すかさずオレは玄関先で土下座をして謝ろうと膝をついたが、師匠の怪力で無理矢理持ち上げられその場に立たされた。
「なんだ。どうしたんだ。二人して」
その声は冷静ではあったが、絶対に話など聞かないと言う雰囲気が出ていた。
「見ての通り、一人暮らしでね。女房も子どもも大阪に行っちまったんだよ。すまないなぁ。大したもてなしも出来ないから玄関先で」
「あの師匠。マコのことですが……」
「マコってウチの娘のことかね? 気安く呼ばないでくれるかなぁ。それにリュージくんは当家に何の縁があってそこに立っているのか? イマイチ理解ができないんだが」
「す、すいません。マコ……トさんのこと、本当は好きなのに、愛していたのに、傷つけてしまい……」
「やめてくれ。今更どうにもならん。アイツはもうここには帰ってこない。一家離れ離れだ。毎日会えていた娘となかなか会えなくなった辛さがキミに分かるか?」
「あの……スイマセン」
師匠が怒るのも無理ないことだった。
オレの言葉が父と娘を遠くに離してしまったのだ。
空手を教えてくれ。そんなことが言える状況じゃないことに気付くべきだった。
だが、テツが助け舟を出してくれた。
「おじさん。リュージはずっとマコのことが好きだったんですが、彼氏がいるって勝手に勘違いしていたんです。その彼氏はリュージだったんですが、ボタンのかけ違いで……」
「フッ。なんとも滑稽な話だな。バカ丸出しだ」
「そうなんです。しかし、それがまたリュージのいいところじゃありませんか?」
「知らん。それで何しに来た」
オレはダメ元で土下座するしかなかった。
師匠の前に身を伏せると、テツも同じく土下座をしてくれた。
「師匠、オレにもう一度空手を教えて下さい!」
「オレからもお願いします!」
「マコのそばにいって支えてやりたいんです!」
「コイツはバカですが、もう空手しかないんです!」
しかし、師匠は微動だにしなかった。
テツを起こし、オレの体を起こして立たせた。
土下座は受け入れない。そういうことなのだろう。
だがオレは期待していた。
「しょうがねぇな。このバカが。さらに練習は厳しくなるぞ!」
という言葉に。それだけ長い間一緒にいた。
息子のように扱ってくれた師匠がそう簡単に投げ捨てたりしないと思ったんだ。
「リュージくん」
「は、はい!」
「キミは破門だ。二度と我が家の門をくぐらんでくれ。テッペイ。もう夜遅い。親御さんが心配するから帰りなさい」
そう言って師匠は玄関の扉を閉めて家の中に入って行ってしまった。