第50話 未来を考えろ
しばらくすると、黒帯の小さい男が外に出て来てこちらに向かって来た。
「オース」
「あ、は、はい」
「前にも会ったよな。覚えてるか?」
「あの……前の大会の時に」
そう、前の大会の時にトイレで会って神納のところに案内した先輩だった。
前と違って普通に話しかけてくるその姿は敵意がないように感じられた。
「そうそう。住んでるとこ大阪じゃないよな? どうしたんだ? 見学か?」
「いえ……マコに……。近内マコト選手と会えませんか?」
「うーん……」
「え?」
「キミ、近内の彼氏だったんだろ? 神納さんは近内のことを自分の女だって言うし、キミも親友だって言ってたけど、本当は彼氏だったろ?」
「え? は、はい……」
「だったら、だったらだぞ?」
「え、ええ」
「近内とは休憩中に話をするんだ。まぁなんだ。急に天心志館に来たからそのワケってやっぱあると思ったんだ。そしたら言い難い話なんだろうけど、彼氏にこっぴどくフラレてもう二度と顔も見たくないからこっちに来たってそんなこと言ってたなぁ」
「あの……それは誤解で……」
「うん。誤解かもしれねぇけど、近内は空手に打ち込むことに心を決めたんだ。今までキミっていう存在が大きかったんだろう。しかしキミのことを忘れると決めてから、今はメキメキ向上し、このままでは世界も獲れるだろう」
「は、はい」
「分かるだろ? 彼女は日本の宝だ。キミは気分次第でその宝を簡単に壊せる存在なんだ。キミがあれは誤解だったといえば近内はそれに応じるだろう。二人にとってはそれでいいかもしれない。しかし考えてみてくれ。キミはまだ若い。恋なんておままごとだ。将来の展望もなければ就職の未来も分からない。だが彼女は違う。将来を嘱望され何度も我が国に金メダルを持ち帰るだろう。指導に回れば未来の選手を作って行くだろう。愛すればこそ彼女に何が幸せかを考えろ。日の丸を背負うのか? 名もないキミと一緒にいるのか?」
「そ、それは……それは……」
「愛してるなら彼女の幸せを考えてやってくれ。影からそれを支える。それが男ってもんだろ?」
先輩は、顔を緩めて優しい笑顔を作り、肩を叩いて来た。
「せっかく大阪に来たんだ。思い出にお好み焼きでも食べて帰るといい」
そう言いながら武道館の方へ戻って行った。
全くもっともだ。先輩の言う通りだった。
あんなことを言ったくせに、今更マコの前に顔を出して練習の邪魔をするなんて。
マコの……マコの幸せは……。
オレは武道館に背を向けた。
そのまま、天心志館から離れ駅の方へ向かった。肩を落としたまま。
だから、その後ろで先輩が嫌らしく笑っていることに気がつかなかったんだ。
先輩は武道館に入る振りをして、オレの後ろ姿が消えて行くことを確認していたらしい。
それが終わると武道館の中に入って行った。
そこはちょうど休憩中。
マコはみんなから一人離れてスマホの画面を見ていた。
そこにあの先輩は近づく。
「あれ? 近内。スマホの持ち込みは禁止だろ」
「あ、スイマセン」
「なんだその相合い傘の待ち受け。BLかよ。男同士の名前なんて。意外と腐女子なのか?」
「い、いえ。はは。恥ずかしい。でもこれ見ると少し元気がでるんです」
「ふーん」
△
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人|司
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