第36話 おまじない
やばい。血の気の多い奴らの大会だ。
ケンカを仕掛けられるのかもしれねぇと思い身構えると、そこには可愛らしい女の子。
いや、コイツはマコじゃねーか。
「なんだマコかよ」
「そう。リュージよくここ見つけたね。後で誘おうと思ってたんだ」
「あっそ。なんで」
「だって、誰もこないじゃ〜ん」
この個室の前を通るものはいるが少ない。
だが入ってくる気配はなかった。
「そうだな。でもどうして?」
「ここならまたハグできるじゃん?」
ハグ。いいな。それ。
師匠は審判中だし、人も来ない。
マコと二人きりなら鼓舞のハグはやるべきだろう。
「いいな。やるか」
「うんうんうん」
マコはまた下げた手を少しばかり上げた。
オレはそこに自分の手を差し込み、マコを抱き寄せた。
「……あ〜……」
「んふふ。なんで声でちゃうの?」
たしかに言われてみればそうだ。
親父が熱い風呂に入った時に漏れる唸りと一緒だ。
なんだこの声。
オレは出て来そうになる声を飲み込んだ。
だが、マコはそれを知ってか知らずか、抱きしめる手の力を強めた。
マコは道着の下にシャツと下着かもしれんが、オレは道着のみ。
密着感がほぼ裸。
マコの体の温もりが全身に伝わって行く。
「あっ。……あ〜……」
「んふふ。出てる出てる」
「ぅせぇな〜」
「ホラホラ。こうすると出ちゃうんでしょ?」
背中をさすった上に、熱い抱擁。
耐えられるわけがない。
「おっ。あ〜〜。ん〜〜」
「ふふ。変態さんみたい」
「やめろよ……」
さすがに照れくさくなってやめた。
マコの体から離れて、自動販売機の前に座り込んだ。
座り込まなきゃいけない理由ができた。
立ったら分かっちまう。
「何してんの?」
「いやぁ。冷却。床の冷たさで体を冷やしてんだ」
何の為にと聞かれたら困っちまうけどよ。
そんなオレの前にマコは立ち、両手で頬を持って来た。
「なんだ?」
「優勝するようにおまじない」
「おまじない?」
マコはそのまま顔を近づけてオレの額にキスをした。
「あっ」
「へっへ〜。リュージがんばれ〜」
「あーりがとーう」
おまじないか。
空手道って奥深いから流派によってそういうのもあるのかもな。
なんか、緊張もストレスも吹っ飛んだように感じた。
ウチの道場はそういうのなかったけど、強化選手は他の流派とも交わるからそんなのもあんのかなぁ?
他人にマコの額にされたくはないけどな。そうされない前に自分でマコにしちまえばいいか。
「よし! 頑張るか!」
「そーだよ。その意気!」
オレたちは会場に向かって行った。