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お茶会前夜

 




 心配すぎる。正直かつてない程に不安である

 不安の種は言うまでもなく異母姉のソフィア・アーデルハイドのことだ。お屋敷に越してきてから3ヶ月、驚異的なスピードで振る舞いや技術を身に付けていく彼女に感心したのも事実。屋敷の使用人との関係も悪くはなさそうで、確かに安心したけれど。それでもお茶会は彼女には早すぎると思う。お父様は褒め称え、先生方も及第点ではあるけれど失敗はなさそうだと評価してくださっているけれど、彼女の振る舞いには正直少々不安が残るのだ

 お茶会と言っても主催はアーデルハイド家のお祖母様で、叔父様や伯母様もご参加なさり、アーデルハイド家と古くから交友のある方々ばかりではある。知らない人ばかりの所へ出掛けさせる事に比べたら幾分かは安心ではあるし、彼女は人を引き付ける力があるし、素直で純粋なので敢えて衝突を起こすような事はないだろう。けれど、彼女は如何せん素直すぎる。食事を共にしているとわかるけれど、嫌いな物や口に合わないものが出た時に、流石に言葉にはしないけれど顔が引き攣り、飲み物に手を伸ばす回数が格段に増える。反対に好物を食べる時は、それはそれは美味しそうに食べるのだ。出会ってまだそんなに経っていないけれど、彼女の好き嫌いの傾向程度なら既に把握出来てしまっている。この間の、お出掛けに参加出来ないと言った時もそうだ。捨てられた仔犬のような表情でこちらに訴えかけてくる瞳には、無意識であれ非難の色が宿っていた。そんな表情をされても、明日は試験があるので休むことが出来ないし、かと言って彼女の機嫌を損ねると父様からのおぞましい程の憎悪を向けられる事となるので、極力避けたい

 参加出来ずに残念だという言葉で飾りながら、試験がある旨を伝えた


「そう……テストなら仕方ないわね……

 でも残念だわ。折角家族でお出かけできると思ったのに……」


 そんな風に納得したように繕ってはいるけれど、本当は不満だらけなのがみてとれてしまって、慌てて話題を変えた

 勿論彼女の機嫌を損ねない為でもあったけれど、このまま話していては黒い何かに支配されそうな気がしたから。案の定、お茶会の話をすると目に見えてご機嫌になるソフィア様。気分の上がり下がりが激しいのも褒められた行為とは言えないけれど、そこまで口出しするには、彼女は令嬢になってから日が浅い。目まぐるしく変わっていく生活の中で、考え方や感情まで制限されては疲れてしまうだろう。とはいえ、それを表に出さないようにする努力くらいはして頂かなければ困ってしまうのだけど


「エレノア様」


 思考を巡らせていると、後ろから声をかけられ、少し驚いてしまう。後ろに立っていたのは、この屋敷で唯一わたしのお付きである侍女のミシェル。わたしの部屋へは、基本的に侍女であっても執事であっても、わたしの許可がなければ入れない事になっているけれど、ミシェルだけは例外的に、わたしが部屋にいる間は許可を取らずとも入室を許可している


「エレノア様、旦那様がお呼びです」

「……そう

 ありがとう、すぐに行くわ」


 お父様がわたしを呼び出すなんて珍しい。基本的に用事は人伝で済ませられるし、何よりお父様は、母様の外見に父様の瞳をはめ込んだようなわたしの姿を好いていない為、あまりわたしと顔を合わせたがらない。食事はソフィア様が望むから仕方なく一緒に済ませるけれど、その間も私に話し掛ける事はほとんどない。そんなお父様が呼び出してまでわたしと話すなんて、明日は槍でも降る勢いである。まあ、話の内容は予想できるけれど

 すぐに準備を済ませてお父様が待つという部屋に向かう。早く済ませてくれるといいのだけれど


「失礼致します」

「エレノアっ!」

「……ソフィア様?」


 部屋に入ったわたしを出迎えたのは、いつもに増して楽しそうなソフィア様。その身に纏っているのは、明日のお茶会用にと、この間仕立てたお洋服。フリルのブラウスに、ピンクのコルセットワンピース、ブラウスのリボンもスカートと同じ色。ちなみにわたしは明日、この子の強い要望により、この子のきている物の、スカートとリボンが水色となっているものを着る予定である。とはいえ、髪型は彼女とは別のものにしようと考えてはいるけれど


「ふふっ

 待ち切れなくて試着してみたの」

「よく似合っているよ、ソフィア」


 ……一体わたしは何を見せられているのかしら。目前で繰り広げられる仲睦まじい親子の触れ合いに、軽く目眩がした。まさかこレを見せ付ける為に呼び出されたのではないとは思うけれど、こうやって2人で楽しそうにし始めたなら、わたしはそれ見せ付けられながら待たなくてはならない。出来る限り気配を殺して、邪魔にならないように、瞬きすら慎重に、呼吸さえも意識しながら、動かないで、背景と一体化する。少しでも動こうものなら、それがきっかけでソフィア様がわたしを気に掛けようものなら、どれだけ冷たい目で突き刺されるかわかったものじゃない


「そろそろお風呂に入らないと

 それじゃあお父様、私、そろそろ行くわね」


 ソフィア様のその言葉で、2人の世界は終わりを告げる

 この地獄を終わらせてくれる事で女神のように見えたけれど、元を正せばソフィア様が地獄の原因の一端だった


「それじゃあお父様、おやすみなさい

 エレノアも、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

「おやすみなさいませ、ソフィア様」


 ソフィア様が退室なされると、お父様がわたしの方をむく。先程まであんなに優しい目をしていた人と同一人物には思えないほど冷たい、感情のこもらない瞳がわたしを映し、まるで道端の、少し邪魔な位置に転がっている石でも見るような視線がわたしを射抜く。そんな彼の口から零れ落ちた言葉は、凡そ予想した通りのものだった


「明日はソフィアの初めてのお茶会だ

 お前もソフィアの為に出来うる限り尽力しろ」

「仰せのままに」


 使用人に命令をするのと同じ温度で投げかけられた指示に、スカートの端を持ち上げて、一礼しながら頷く。今更傷付きもしなければ憤りも感じない。元よりわたしに両親はいないのだから。むしろ、ソフィア様に接するようにされると困ってしまうので、この方がずっと楽だと思う。わたしに両親はいないし、わたしを大切にしてくれる人はこの人じゃない。貼り付けた笑顔を崩さないまま、用件が終わり次第部屋を出た

 わたしだって、出来る限り関わりたくないのだ


「失礼致します

 おやすみなさいませ。お父様」


 そう言って再び一礼して部屋を出ると、ミシェルが立っていた。貼り付けた笑顔をそのままに、声を掛けて歩き出すと、酷く傷付いた顔をするミシェル。何が彼女を傷付けているのか、それは理解しているけれど、許して欲しい。まだここはお父様のお部屋の前。今笑顔を崩す訳にはいかないし、気を抜く事もできない

弱みを見せるわけにはいかない。そこから付け込まれて、全てを奪われるから

本音を悟られてはいけない。その本音を利用してこの場所にいる事すらできなくされてしまうから

大切なものは知られてはいけない。壊されるか奪われるかのどちらかしかないのだから

それが、わたしにできる自衛の方法だった


「ミシェル

 ありがとう」


 お父様の部屋をずっと離れ、自室へ続く階段を登る時時、笑顔を崩せない代わりに、たった一言、言葉にした素直な気持ちに、ミシェルが微笑むのをみて、お父様との会話で冷え切った心が温まっていくことを感じた

 わたしはこの時、とても大切なことを忘れてしまっていた。というより、完全に頭から飛んでしまっていたという方が正しいだろう。お茶会の日、わたしはその迂闊さを呪うこととなる





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