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序章

 


 わたし、エレノア・クルス・アーデルハイドには、両親というものが存在しない

 そう言うと語弊があるけれど、感覚としては間違っていないと思う

   わたしの母はわたしを身篭っている時に父に見棄てられ心を壊したらしく、わたしは母の笑顔を見たことがない。それどころか、言葉を交わした事すら殆どなく、食事を共にすることも、共にどこかに出かける事も一度もなかった。わたしの世話は殆ど使用人たちがしており、入学式も卒業式も、授業参観等の行事も、その他全ての手続きも、使用人が親代わりとして請け負ってきた。わたしは、使用人たちに育てられたと言っても過言ではない

 因みに父はと言うと、はっきり言って顔も名前も知らない他人である。肖像画は飾っているけれど写真はなく、肖像画も恐らく何年も前のもの。家に来たこと一度もなく、使用人が彼の話をするところを見たこともない。領主としての仕事すらまともにしない為、彼の弟であり、わたしの叔父である方が手を回している

 わたしにとって母とは同じ家にいるだけの他人であり、父とはどこかに存在する領主であり、親というものではなかった。使用人たちは優しかったし家族のように思っているけれど、一方通行かもしれないし、何より血の繋がりのない彼らとのそれは、家族と呼んでしまうにはきっと脆く淡い

 叔父も伯母も、よくはしてくれているけれど、彼らはきっと、わたしをよく思っていない。母様の生き写しとまで言われる容姿に、アーデルハイド家の中でもごく少数にしか受け継がれないという、父様譲りの瞳の色を持つわたしは、相当異質に見えるらしく、叔父や伯母は、わたしには笑ってくれるけれど、時折重いため息をついていることを知っている

 母方の祖父母にも良くしてもらっているけれど、会うことはごく稀で、かつ母様が床に伏せってる中、殆ど同じ容姿のわたしに、複雑そうな表情を見せる事も少なくない

 だから、わたし、エレノア・クルス・アーデルハイドには両親と呼べる人はいないし、家族だと胸を張って言える人もいない

 ──ずっと変わらない、筈だったのだ…………あの日までは

 あの日、母様の葬儀が終わり、家に帰ったわたしを、初めてあった父親が出迎えるまでは。その翌日から、わたしの家族となった、彼女達が来るまでは


「はじめまして

 私、ソフィア。今日からあなたのお姉さんになります」


 キラキラと輝く、薄紅色の瞳は母親である隣の女性と揃いのものなのだろうけれど、父様譲りなのだろうサラサラとしているけれど柔らかそうな髪は、お祖母様の若い頃の写真と同じピンクアッシュ。頬はほんのり赤く、しっとりとした鮮やかな真紅の口、きっと愛されて素直に育ったのだとわかる、まるで太陽のような眩しい笑顔。なにより、その顔立ちはお祖母様に似ていて、瞳の色を除けばアーデルハイド家の血を受け継いでいるとひと目でわかるもの

 瞳の色以外アーデルハイド家の容姿を受け継がなかったわたしと、まるで誂えたかのように正反対だった

 きっとこの子とは仲良くなれない

 容姿だけでなく、おそらく育ち方も、愛され方も何もかもが違う彼女を見て抱いたのは、劣等感や虚無感、虚脱感といった負の感情ばかりで、きっと一緒にいると精神がすり減っていくばかりだろうな、と思った


「お会いできて光栄ですわ

 わたくし、エレノア・クルス・アーデルハイドと申します

 よろしくお願い致します。ソフィア様」


 けれどそれを態度や表情に出すことは許されない

 当主であり領主であるお父様の愛する娘。それが彼女なのだから

 愛する所か顔すら先日初めて見たわたしなんかが反抗しようものなら、着の身着のまま追い出されてもなんらおかしくない。そうされたとて、批難する理由はもうない。彼の本妻は既に彼女の母親である目の前の女性で、元々本妻であった母はもうこの世にいない。わたしと彼を繋ぐものなど何もない。むしろ、愛する事が出来なかった前妻との娘等、視界に入れたくもないだろう。今こうやって家に置いていてくれることすら、慈悲だと感謝すべきなのだ

 それを理解しているから、出来うる限りの微笑みで、愛想よく優雅になるように挨拶をしたけれど、果たして上手に笑えていたかしら



 ────────


 ────


 ──




 その夜、父様はソフィア様を学校に通わせる話をし始めた。今までは平民の学校へ通っていたけれど今日からは貴族として生きるのだから、そちらの学校へ転入させるべきだ、と。確かに、平民の学校は遠いし、アーデルハイド公爵の娘として恥ずかしくないよう、礼儀を重んじる学校に通う方がいいという考え方は間違っていないし、彼の申し出は予想の範疇である


「わたくしは反対ですわ」


 それでも、それは最善じゃない。彼女の転入は、現時点では避けないといけない

 それを理解できるのは、今ここにいる者の中ではわたしだけなのだろうけれど

 わたしが反対意見を出した瞬間、ソフィア様も、お母様であるミランダ様も悲しそうな顔をし、お父様であるエドガー様は、まるで虫けらを見るかのような軽蔑した視線をよこした

 こうなる事は予測できていたけれど、ここで引く訳にもいかない。彼女には、今の状態で学園に通って頂く訳にはいかないのである。それが、彼女の為でもあり、わたしの為でもあり、ひいてはアーデルハイド家の為でもある


「ソフィア様は、令嬢としての知識や振る舞いのお勉強を受けてはいらっしゃらないでしょう

  今の状態で転入されては、目立ってしまいますわ」


 ただでさえ、途中入学の生徒は注目を集めやすい。貴族など元々の身分が高い子どもの為の学園であるが故に、転入生などそうそういるものでは無いからだ

 注目を集める途中入学者が、令嬢としての振る舞いが不十分である。その事実は、その転入生が少し前までこの学園に通う資格を持たない平民であった揺るぎない証拠である

 貴族である事を誇りに思う生徒の中には、平民が同じ学舎に通う事をよく思わない人間も多数存在するのだ

 なにより、アーデルハイド家の妻が亡くなった話は、まだ新しい話だ。今このタイミングでソフィア様のお披露目をするのは得策とは言えない。前妻が亡くなって直ぐに娶られた後妻に、前妻の娘と同じ年頃の娘がいる。幾ら貴族はそういう事に関して否定的ではないと言っても、流石に印象のいい話ではないだろう

 幸いソフィア様はわたしと同じ14歳。高等部から入学という形にすれば視線も軽減される筈である。わたしの通う学園は、中等部までは地方毎に別の校舎を持ち、高等部でひとつの校舎に集まるシステムである。どちらにせよ初対面の方が多い中なら、ソフィア様も紛れ込みやすく、且つ1年の猶予の中でソフィア様は令嬢としての振る舞いを覚えて頂く、そして1年という月日が流れればアーデルハイド家が後妻を娶った話も、皆の興味から消えていくだろうという算段である

 これを、もう少しオブラートに包みながら話せば、ソフィア様は目に涙を浮かべてお喜びになった。ミランダ様も嬉しそうで、エドガー様、基お父様もひとまず満足そうだ


「私の事、考えてくれたのね

 本当にありがとう!」


 わたしとしては、ソフィア様が面倒毎に巻き込まれればおなじアーデルハイド家の令嬢としてわたしにも迷惑がかかり、結果的に叔父様にも迷惑がかかっていく事を想定した上で、降りかかる火の粉を払ったに過ぎないのだけれど、ソフィア様は「自分を庇ってくれている」と解釈したようだ。その解釈の仕方も、わたしとは違う育ち方をした事を見せつけられているようで劣等感を感じずにはいられないけれど、ソフィア様がそうやって解釈をしてくれたおかげで父様からの視線が軽減されたのだから、今は素直に感謝することにしておこう


「では、さっそく明日から家庭教師をつけよう

 お前の言う、令嬢としての振る舞いを身に付けるのに必要な教師を手配する。お前にはどのような教師が着いたんだ」


 こちらに視線もよこさずに言い捨てたお父様に、わたしは自分の知る全てを答えた。どのような分野を勉強したのか、自分についた先生の名前、その先生よりも優秀と噂の先生の名前をさり気なく伝えるのも忘れない。この一年で、ソフィア様にはわたしを越える……いいえ、わたしなんて足下にも及ばない程の立派な令嬢になって頂かなければならない。それはお父様の願いであり、わたしの願いでもあった


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