浅葱≪アサツキ≫の花にて会いましょう
何もない白い世界―。どこを見渡しても「白、白、白…」。足元はわずか一ミリほどの浅い水辺だった。少し歩けば、水の弾ける音と神秘的な波紋が静かに広がっていく。私は一歩ずつ慎重に歩いていった。それからしばらく歩いたが、どんなに進んでも変わることのない真っ白な景色で自分が今どこにいるのかさえ、把握することが出来ない。
「 弥生。」
その声を聞いて私はその声の方を向く、しかし姿はない。ただ、聞こえてくるのは私の名をひたすらに呼ぶ少女の声。脳に直接語りかけているように聞こえる。
この現象はこれが初めてではない。この世界に来てから度々見る夢で、何度も私を困惑させる。あなたは誰?―と私は問いかけてみるが返事はなかった。それでも何度も何度も私は問いかけてみた。
「 ふぅ、しつこい人ね。そんなに私のことが好きなのかな。」
振り返るとセーラー服を着た少女がぽつっと立っていた。さっきまで、誰もいなかったのに、でも私はこの人を知っている。とても親しかったとか姉とか妹とか近しい関係でもないけど、私はこの人を知っている―というのはよくわかった。
「 何、幽霊を見るような顔をして。まぁ、今の私じゃ似たようなものね。ちょっと待って、名前は教えないから。あなたならいつか私の正体に気が付くことが出来る。それに、私のことを覚えているのはこの夢から覚めた五分くらいだけだから…こそ名乗ってもいいのかもしれないけど、メモされたらちょっと面倒だもの。」
気が付くと周りの景色はどこかの庭園へと変化していた。少女は日本橋のようなアーチ形の橋をスキップしながら渡っていく。私はそのあとを見失わない程度に追いかける。容姿はとても幼いように見えた。私が多分知っているであろう人はもう少し大人びていて、それで少し幼さを残した可愛らしい人だった。これも夢、だからだろうか。
「 ねぇ弥生、あなたは来栖町が好き?」
「 はい。来栖町の皆さんはとても優しい方ばかりで、あなたのようn…。」
「 私とあの来栖町のおバカな小娘と同じだと思ってるの。 違う。彼女はね、あの町の人々と世界の人々を守るために旅立った…ただそれだけ。弥生が気に病むことはないよ。―あら、もうじき陽が昇るみたいだからそろそろ行った方がいいわね。また、会いましょう。」
少女が言い終わる前に意識は朦朧とし遠のいていく、弥生はその少女に手を伸ばすが届かなかった。終いに、言葉も少女も真っ白な光に包まれてしまった。
そこで意識が戻った弥生はガバッと起き上がった。辺りを見渡すとどうやら自分の部屋だった。夢か…と思いながらゆっくりと起き上がって布団をたたみ、制服に着替えた。
しかし、自分で服を着たり布団を片したり化粧をしたりするのは、未だに馴れない。私が生きていた頃は、女中さんが全て身の回りのことをやってくれていたから。
―そういえば、さっき何か少女と話していた夢を見たような気がするのだが、もう既に大半は覚えていない。どんなに思い出そうとしても、やっぱり思い出せないのがとても悔しい。
「 弥生ちゃん!いつまで寝てn…」
「 お、おはようございます。芹華さん…。」
「 なーんだ、起きてたのね。おはよう、弥生。朝ご飯出来たから一緒に食べよう。髪は私が結わいてあげるから。」
芹華さんはとても優しい。いや、この渡来家は、この町の人たちはみんな優しい。私のせいであの人はこの町からいなくなってしまったというのに。
芹華に手を引かれゆっくりと階段を下りる。居間に近づくにつれとても良い香りがしてきた。これは、卵焼きだろうか…お味噌汁の懐かしい香りもする。
私の住んでいた時代ではそのような食べ物はなかったため、最初に出されたときは失礼ながら口にするのが出来なかった。当時の主食は米、おかずは煮魚や焼き魚ばかり。砂糖味の甘い卵焼きを(芹華さんの手によって)無理やり口にしたときはあまりの美味しさに衝撃を覚えたものだ。
「 あー、弥生ちゃんおはよぉー。朝ご飯出来たからみんなで食べよぉ。」
「 今日は私も作ったんだよ!」
「 華ちゃんは納豆混ぜただけでしょー。」
「 でも、私手伝ったもーん。」
渡来家に限らず、来栖町の名門家は両親が不在の家が多く、私と同じ年ごろの少年少女が朝昼晩欠かさず家事を行っているのだ。なんて優秀な町なのだろうと、とても感心したが私が住んでいた時代はもっと幼い子供たちが両親の家事を手伝って畑仕事をして、そのような日々を送っていたではないかと皇族にいた当時の私じゃ気づくことが出来なかったであろうことをこの町に来て何度も気づかされる。
昔の皇族というのはやはり過保護で、下民のことにまで気を配れていなかった。その話はまた違うときに語ろう。昔話は時間があるときにゆっくり語りたい。十七年と短い人生だったが後悔という後悔はさほどない人生だった。美味しい渡来家の朝ご飯を食べ終え、私たちは学校へと向かった。
私立第一梅ヶ原高校―。魔術師と超能力者と一般生徒が通う中高一貫校。魔術師専攻と一般専攻に分かれていて、偏差値もそれなりに高い。転生術式によって転生した私は編入試験で魔術師としての素質があるか、ないかという試験を行ったもののこれといった素質はなく、渡来双子とは違う一般専攻となった。決して差別をしている学校ではないが、魔術師専攻は授業で魔術詠唱や召喚といった授業を行うため、一般専攻の人たちを怪我させないようにということで校舎は別々になっている。
校門で双子と別れた後、教室へと向かう。コンクリートで塗り固められて出来たこの校舎はとても丈夫だ。コンクリートの素材を芹菜さんに聞いたとき色々説明してくれたのだが、車や自転車、まず鉄パイプが存在しなかった時代を生きてきた私にとってその説明一回で納得することは出来なかったが、とても丈夫で安心できる校舎なのだということは理解した。
転生者は色んな時代から転生してくる人が多いため、学力に差がある。その差を埋めるための転生者専用の教室があって、ほぼ、毎日その教室で授業を受けなければならない。私は一番後ろの窓側の席。
日差しがポカポカと降り注ぎ、時には心地よい風が吹く、なんて人をダメにする席なんだろう。机の上は熱すぎず冷たすぎず程よく温かく振れていると、まるで布団に包まれているような気持ちになってくる。椅子に腰を下ろすや否や私は深い眠りについてしまったようで、次に目覚めた時にはすでに昼休みが始まっていた。
「 浅葱、お前いつまで寝てるつもりだ。―ふぅ、全く。お前は優秀だと思っていたのに、先生見損なったぞ。新生活に浮かれてしっかり睡眠を取れていないんだろう。」
「 いっ、いえ。大変お見苦しいところをお見せしました。昨晩は日にちが変わる前には就寝しましたが…、以後このようなことはないように心がけますのでどうかお許しください。」
「 今回だけだからな。次二時間も授業中に居眠りしたら、廊下でバケツもってもらうからな。覚悟しておけ。」
自分でも気が緩んでいるのはわかっている。どうしても当時の時の体の感覚が戻ってこないのが大きいだろう。
―といっても、当時といえど一四〇〇年も前のことだ。なんて、言い訳をしている余裕もない。早く、あの頃の感覚を戻さないと折角入学してもらった梅ヶ原高校にいられなくなってしまう。
「 あの、浅葱さん。考え事中に申し訳ないんですが、少しいいですか。」
「 えぇ、構わないですよ。」
「 浅葱さんの隣の席の守重朱雀といいます。よろしくお願いします。」
「 浅葱弥生です。よろしくお願いいたします。」
「 早速で悪いんですけど、…あの一緒にお昼食べませんか。」
「 構わないけど、私には連れがいるのだけど彼女たちと一緒で構わないなら。」
「 お気になさらず、渡来さんたちにはお世話になっているので。」
「 えっ。」
彼の後ろ―丁度扉の方に視線を向けると双子がソワソワしながら私たちのことを待っているようだった。それなら話が早い、私は鞄の中から弁当を取り出して彼女たちの方へ走って向かった。
夕方、橙色の太陽がゆっくりと沈んでいく。その景色はいつ見ても美しい。
「 そう、とろける半熟卵のように~。」
「 何言ってるんですか。」
「 今日の半熟卵がのった芹菜ちゃんお手製親子丼、美味しかったでしょ~。」
「 はい。とても美味しかったです。」
「 菜々ちゃんの作る料理は格別なんだよねぇ。私も見習いたいなぁ。」
「 じゃあ、華ちゃんはもう少し芹菜ちゃんの手伝いをせぇい。」
「 はぁい。」
芹菜さんは芹華さんのことを「華ちゃん」、芹華さんは芹菜さんのことを「菜々ちゃん」と呼んでいる。これだけは先に説明しておかないと皆さんわからないんじゃないかと思う。
この双子は本当に仲が良い、きっと私が渡来家に来る前に色々姉妹喧嘩とか多々あったかもしれない。一緒にいて微笑ましく羨ましくなるくらいだ。だから、自分を引き取ってくれたことにとても感謝している。
「 そういえば、弥生ちゃんってスズメちゃんのお隣さんだったんだぁ。」
「 スズメちゃん?」
「 朱雀くんのことだよ。」
「 あぁ、なんかそうみたいですね。私も昼休みの時に分かったんですけど。」
「 スズメちゃん、転生してから半年近く経つのにあの髪型変えないんだよねぇ。」
「 守重朱雀」
お昼休みに声をかけてきた隣の席の少年である。彼はこの時代に似合わない総髪…ポニーテールをしている。歴史で勉強したときには男性が総髪や慈姑頭をしているのは江戸時代初期に活躍した坂本さんくらいまでで、以降はその風習が無くなり西洋ヘアに変化していることがわかっている。要するに何が言いたいのかというと、彼が生きてきた時代を物語っているような生きてきた時代を誇っているかのように思えてならないということ。
守重朱雀…どこかで聞いたことのある名前だが、思い出すことが出来なかった。渡来家に着くなり、双子は友人の家で魔術の稽古があるからと言い私と別行動になった。
弥生と別れた双子は魔術第二名門、天海家に向かった。
「 スズメちゃんはやっぱり弥生ちゃんのこと覚えてるんだよねぇ。」
「 うん。でも、弥生ちゃんは…。」
「 あの事故で彼のこと忘れちゃってるんだよね…。」
あまりあの時の事故のことは思い出したくもない。でも忘れてしまったら彼女まで忘れてしまうのではないか、その恐怖もある。この話はやめよう、彼はこのことで鬱になり魔術の成績が格段に落ちてしまっているのだから。事故で失ってしまった彼女は、双子にとっても彼にとっても、双子の従姉にとっても、彼女の幼馴染、姉妹にとってもかけがえのない存在だった。
誰もが尊敬し、誰もが彼女を愛した。彼女は今どこで何をしているんだろう。事故から三か月ほど経ったが、手掛かりはない。双子の従姉のArinaに聞いてみたが彼女もまだ行方を掴めていないという。
とろけるような半熟卵の太陽は沈み、お月見団子のようなお月様が煌々と輝き始めた頃に、双子は天海家に着いた。
―翌日、双子は家に帰ってこなかった。朝ご飯は芹菜に教えてもらったように自分で作り、お弁当も自分で作ってみた。どうしても、芹菜の様に可愛く美味しそうな弁当は作れない。きっとこれは芹華に大笑いされるだろうと、思いながら一人寂しく学校へと向かった。
学校に着いても一般専攻の人は魔術専攻の校舎には入れないため、彼女たちが出席しているかもわからない。未だに携帯電話という、スマートフォンとやらを使いこなすことが出来ない私は、連絡手段が一つもないため不安で仕方がなかった。
「 浅葱さん、おはよう。」
「 あっ、守重くん。おはようございます。」
「 なんか今日は元気がないね。渡来さんとは一緒じゃなかったんですか。」
「 …はい。昨日の夕方、天海家で稽古をしてくると言って下校途中に別れたものの、彼女たちは家には帰ってこなかったのでとても心配で。」
「 そうだったんだ。あぁ、でも天海家のご長男の渚さんが学校に来てたから彼女たちも来てるんじゃないかな。」
「 本当ですか。それなら少し安心できますね。」
ひと安心した私は、また席に着くなり眠くなってきてしまった。昨晩は心配でまともに寝れていない。意識がまた遠のいていく。あぁ、私起きたら廊下でバケツ持たされちゃうなぁなんて思いながら私は夢の中に吸い込まれていった。
目を開くとまたあの空間にいた。真っ白で何もない空間。
「 いらっしゃい。…って素直に迎えたいけど、授業中でしょ。こんなところで油を売ってる場合じゃないでしょうに。」
「 えへへ、私もここに来たくて寝てるわけではないですから。」
「 弥生、今なんて言った。」
「 いいえ、なんでもないです。」
彼女は常に笑顔でいるためか、少し怒るだけでもかなり怖い。でも今日はよく顔が見える。やっぱり、あの時のー。
「 はいはい、語らせないよ。私の正体は引っ張ってなんぼでしょ。まぁ、大よそ想定してる人多いと思うけど、私は敢えて語らないのさ。刑事ドラマでも殺した犯人がすぐにわかっちゃったら、面白いものも面白くなくなっちゃうでしょ。」
語り手は一応私なんですから仕事取らないでください。彼女がそう言うなら、彼女の名前は私だけが知っていることにしましょう。そして、ずっと彼女と呼ぶのは今後色々女性が出てきた時に混乱するので「花子」さんっていうことにしましょう。トイレの花子さんではありませんよ。最近の怪談はちゃんと予習済みです。案外彼女が気に入ってくれたので、夢で出会う少女はこれから「花子」さんということで、よろしくお願いします。
…花子さんの服装は相変わらずのセーラー服。世間のセーラー服は紺、白、赤のイメージだと思うが、彼女が着ているのは紺と赤の冬仕様のセーラー服である。梅ヶ原高校の冬版セーラー服に近いものを感じさせる。
よく顔が見えるといったが、花子さんは私が思っていた以上に幼い。幼い顔立ちで瞳をキラキラさせて、これから起こる出来事は冒険のように楽しむべしと、瞳に書いてあるようにも見える。髪色は濃い茶色、背中まで伸びたストレートヘアだ。
「 さてさて、私の容姿の説明は終わったかな。この可愛い花子ちゃんの説明は大事だぞぉ。もし、アニメ化することになったとき花子ちゃんが、本当にトイレの花子さんの容姿で映されてしまったらその時は、私は自害するよっ。読者、視聴者のイメージを「トイレの花子さん」になってしまわないように、弥生ちゃんにはちゃんと語って欲しいんだよっ。…っと弥生ちゃんは、あの双子の行方が気になってたんだよね。大丈夫、今日二人は学校に来ているよ。渚の訓練に付き合ってたようだけど、芹菜が空腹で倒れて看病して…なんてやっていたら遅い時間になってしまって、お泊りさせてもらったみたいだね。全く、芹華と芹菜だから許すけどこれが紫恩だったら私許さないんだからね。ってまぁ、そういうことだから安心しなよ。」
「 そういうことなら、安心できます。しかし、花子さん語りすぎですよ。読者さんを意識するのであればもう少し区切ってお話してください。絶対読みにくいと思いますよ。」
「 うんうん。それもそうだね、今度からはネギってお話しするとしよう。」
「 ネギって…。」
「 それにしても、弥生ちゃん。私と話すときのほうが生き生きしてるじゃない。その勢いで守重くんとか、双子ちゃんとかとお話すればいいのに。」
なんでかはわからない。でも、花子さんとはなんだか自然に話せてしまうのだ。自分で花子さんと呼ぶことに決めたが、この名前だけはやや抵抗がある。
「 こぉらぁ。浅葱ぃ、また寝やがってぇ。…何がむにゃむにゃだよ。あと十分で授業終わっちまうぞぉ。三時間目は廊下に立ってもらうからなぁって聞いてねぇか。おい、守重あとでこいつに…」
あぁ、もう二時間目終わっちゃうのか。早いなぁ、守重くんには悪いことをしたなぁ。あとでしっかり謝らなきゃ。花子さんははっはっはと笑いながら両手を広げてクルクルと回っている。彼女は帰ってくる気はないのだろうか。まず、帰る術ははないのだろうか。もっともっとお話ししたい。たくさん楽しい話をしたい。
「 そんなに花子ちゃんが好きなら今晩にでも語り合いましょ。ほらほら、たけっち先生に叩かれちゃうぞ。頑張って作った日の丸弁当を守重くんに食べさせてあげるといいよ。」
「 なっなんでそのことをっ(照)。」
「 はっはっは。私には何でもお見通しよっ。じゃあ、今晩また会いましょ。」
彼女に導かれるように眩い扉の向こうへと足を運んだ。名前を変えたからだろうか、花子さんの名前も花子さんの顔もしっかり覚えている。もしかしたら、覚えていられるのは今だけかもしれない。今晩また夢の中で語り合おうと約束をしてしまったから、忘れて夜更かしされないように魔術をかけられてしまっているのかもしれない。
そう考えると何となくだが、花子さんらしいと思ってしまう。そして誰かが私のことを覗き込んでいる。先ほどから薄っすらと見えるのは銀髪の二人組d…まさか。
「 そう、そのまさかだぁ。昨晩は帰れなくてごめんねぇ。渚が芹菜ちゃんにご飯を食べさせないっていう酷いいじめを受けていたんだよ。」
「 おい、いじめって言うな。お前が夕飯前に訓練終わらせたいって言ったんだろうが。」
「 だって、頑張った後にハンバーガー食べたほうが美味しいじゃん。」
「 お前が大量にハンバーガー買ったから、朝昼晩ハンバーガーで困ってるんだ。処理してから帰ってくれよ。」
菜々さんの後ろに立っている背の高い人は天海家の渚さんだろうか。思っていた人とは違うけど、今どきの若者っていう感じがする。えっと、ボーカロイドのはちみつワークスだっけ。あれに出てくる芹沢くんを連想させるような見た目をしている。
一見チャラ男にしか見えないが、事故で消息不明になった彼女の婚約者だというのだからきっと良い人なのだろう。それに、さっき既に一回言ってしまったけれどもこの際だから、芹菜さんと芹華さんのことは「菜々さん」「華さん」と呼ばせてもらおう。毎日毎日聞いていれば呼び方だって移ってしまうものだ。
しかし、何故私の目の前で渚くんと守重くんがバチバチしている。私が寝ている間に何かあったのだろうかとも思ったけど、さっき薄っすらと聞こえた武田先生の声ではあと十分で授業が終わってしまうと言っていた気がする。実際時計を見てみると授業が終わってからまだ三分ほどしか経っていない。いったい何があったのだろうか。
「 朱雀くん。渚がイケメンだからって嫉妬しちゃダメだよ。心配しなくても彼には心に誓った愛する人がいるんだからっ、朱雀くんが取られたくない人は取られないよぉ。」
「 お前、会った当初から態度全く変える気ゼロだよな。何があってそんなに俺に恨みがあるんだよ。お前の女寝とったとか言うんだったらまだわかるけどよ、んなこたぁしてねぇってのに。睨まれる筋合いねぇって。」
口は少し悪いけど、悪い人じゃないんだよ。って華さんが言っていたけど、それは何となく言われなくてもわかる。見た目を超える優しさはとても感じられる。
中庭へと歩いている最中に弁当を奪われたことに気が付かず、守重くんに授業の内容をずっと聞いていた。今日は何を勉強したのか。ノートはどれくらい取ったのか。武田先生はお怒りを超えて飽きれてて席替えしちゃおうかって考えてたりとか色々聞けた。
「 はっはっはっはー。弥生ちゃん自分でお弁当作ったって言ってたけど、日の丸弁当じゃない。しかも、おかずなしって。」
「 ちょっちょっと、何勝手に人の弁当開けてるんですか。やめてください、恥ずかしいじゃないですか。仕方がないじゃないですか、買い物してから帰るって言った二人が帰ってこなかったんですもの。調理しようにも何もなくてできなかったんですから。」
「 じゃあ浅葱、芹菜の残飯処理手伝ってくれ。こいつ、キャベツスターのハンバーガー三十個買いやがったんだぜ。一人で食べれるとか言っておいて、昨日は空腹で何も入らないとか言っててさ。日の丸弁当はみんなで分けて食って、主食はハンバーガーでよろしく。」
はぁ、美味しかったなぁ。キャベツスターのハンバーガー。菜々さんがやみつきになるのもわかる気がする。渚さんと話せてよかったと思ってる。ずっと不安だった想いが晴れたからだ。
「 浅葱さんを恨むことなんてないよ。彼女は、キミを救ってくれたんだ。キミは彼女に感謝するといいよ。俺も、彼女を失って何度も泣いたし狂ったさ。だけど、彼女なら俺の知らないどこかで俺の病んでる姿を見て腹を抱えて笑ってるんだろうなって、そう思ったらなんか吹っ切れちゃってね。心配だけど、いつかアイツは帰ってくる。だから、心配しなくていいよ。アイツが助けたキミの力にはできるだけなるから。安心しろ。」
あの言葉に嘘はない気がした。確かに、人の不幸をみてケラケラ笑っていそうだし。本音はきっと辛い思いをさせてることに謝罪しているんだろうなとも思う。それに、渚くんが彼女のことを話すとき本当に彼女のこと愛していたんだなぁってしみじみ伝わってきた。
だからこそ、自分が蒔いた種をどうやって全部回収するか、解決するか考えなければならない。―なんて言っても私にはどうすることもできない。渡来家、その従姉の家でも分からないものを魔術の素質のない一般人が口出しできるようなものでもない。それに、夢の中に出てくる花子さんがもし彼女と同一人物なら何か手掛かりになるかもしれない。だから、今日は早く寝ようと思う。明日の授業寝ないためにも。
「 みーおーちゃーん。」
「 はっはい。」
「 なぁに、先に寝ようとしてるのぉ。」
「 えっ、あの、その、明日まで流石に授業寝るわけにもいかないので。」
「 ハンバーガーの処理手伝ってよぉ。」
「 こっ、こんな時間にですか。」
「 元はと言えば、菜々ちゃんが三十個も買うからだよ。」
「 だって食べたかったんだもん。」
じゃあ、自己処理してくださいよ。こっちは大迷惑ですから。お昼に渚くんと守重くんと私と双子で処理したからある程度無くなったから安心してたのに…。渚くんが家に十個置いてきて、お昼に五人合わせて七つ食べて、従姉にもおすそ分けして、現在八個残っているらしい。
作り立てが売りのキャベツスターにしてみれば迷惑な客である。八個なら明日の朝三人で食べるか、朝からハンバーガーなんて食べれないよぉと言うのであれば、友達に渡しちゃえばいいんじゃないですかと提案すると、すんなり受け入れてくれたのでさすがの私もひと安心である。
「 それにしても、華さんと菜々さんて三つ編みほどいちゃうとどっちがどっちだか見分けがつかないですね。華さんの目はキラキラしてて、菜々さんが少し穏やかな眠そうな目をしているって区別の仕方になります。三つ編みをしていても、後ろから見てしまえばどっちがどっちだか今でも区別がつきません。」
「 一卵性双生児って凄いよねぇ。芹菜ちゃんもたまーに、どっちが華ちゃんでどっちが菜々ちゃんなんだか分からなくなるよ。」
「 菜々ちゃんがわからなくなってどうする。」
「 従姉のArina…アリナちゃんがねぇ、間違っちゃうレベルで似てるのにね、渚とあの子と彼女の姉妹は私たちの区別が出来るんだよぉ。」
「 今日も渚間違わなかったよね。」
一体どこで判断しているのだろう。学校で制服を着てしまえば本当にどちらが正解なのか全くもって分からない。背丈も同じ、うなじにあるホクロの位置も同じ、歩く癖も体型も髪型も何もかもが同じ。違うところを探す方が難しい。
「 菜々ちゃんはね、胸のサイズが違うから見分けられるのって聞いてみたんだけど、お前ら二人はまな板だってのはわかってる。って即答されちゃったんだよ。」
「 渚ねぇ、私たちのこと雰囲気で見分けてるんだって。」
「 雰囲気かぁ。え、でも黙ってたら二人とも本当に見分けつかないのに。」
「 なんかね、渚口悪いから少し傷つくこと言ってたけど、私は雰囲気がキラキラしてて存在がうるさいんだって。菜々ちゃんは全身から気怠いオーラ全開で眠そうだし、腹に猛獣飼ってるやつだから遠くからでも何となくわかるんだって。」
なるほど。流石幼馴染ってだけはある。何となくその説明で納得してしまう自分がいるのは二人に申し訳ないのだが。確かに、菜々さんはお腹の中に猛獣を飼っている。何故そんだけ食べてそんな細身でいられるのか。これは華さんも不思議でしょうがないらしい。まぁ、私に比べて二人は魔術師だから使ってる力が違うという意味で、他の人よりお腹が空くのかなぁとも思ってしまう。
「 そうだ。寝る前に教えておかなければいけないことあるんだった。」
「 なんですか。」
「 今週末、従姉のアリナちゃんが家に来ることになってるからよろしくね。」
「 了解しました。」
彼女と会うのは今回が初めてではない。事故が起きたあの時、彼女も一緒にいたのだ。私が転生してあの人が消えた瞬間、いち早く空間情報処理を行いあの人の行方を検索したのは彼女である。もう少し、アリナさんのことについて語りたいがこのことは後に取っておこう。
彼女が来たときに話した方が読者の皆さんも視聴者の皆さんも、しっかり理解できるのではないかと思う。さて、話はこれくらいにして花子さんに会いに行こう。夜は長い、夢の中にいる時間と寝ている時間は並行していないというのは、今日の昼にはわかっている。自然と目を瞑るだけで花子さんに会えるはもうわかっている。
―ということで私は静かに目を閉じた。
気が付くと恒例の真っ白な世界にいた。後ろを振り返ると王様が座っていそうな高価な赤い椅子がある。そこにちんまりと王冠を被って偉そうに座っているのだろう。私は、背後から回って彼女の正面に立った。予想通りそこには花子さんがちんまり座っていた。予想外だったことは彼女がスヤスヤと眠っていたことだ。
この時代に来てカメラという存在を知った今の私には、この絶妙な花子さんの愛らしい表情こそそのカメラとやらに納めるべきではないかと思う。うん。実に可愛い。これを可愛いと評すべきだ。今の時代はなんでも「可愛い」ということばで表そうとしたがるが…と一人語りをしているとむにゃむにゃと言いながら花子さんは目覚めた。
「 なんだ…、来てたなら起こしてよ。」
「 ごめんなさい。気持ちよさそうに寝ていたので。」
「 まぁいいよ。弥生、来る前に不思議なことを考えてたね。この夢の中にいるのと寝ている時間は並行してないかもって。」
「 はい。昼にお話ししたとき少ししかいなかったのに、あっという間に二時間目まで授業が終わっていたものですから。」
「 うん。この夢の中で話している時間が二十分だとすれば、寝ている時間はすでに二時間経過したことになってるんだ。要するにここで十分会話するとリアルでは一時間経過してることになる。」
そんなに短いんだ…とちょっとだけ悲しくなる。確かによく眠れているときは瞬きしかしていないはずなのに、六時間や七時間経っていることは稀ではない。花子さんと一時間話すには六時間の睡眠が必要不可欠ということ。そのことも頭に入れながら夢の中に来なければならないのか。そういえば、この夢の世界に名前を付けたいと思っていたのだった。そのことを花子さんに話すと、彼女は喜んで一緒に考えてくれた。
「 どうしようか。確かに、この夢の世界とか真っ白な世界とか言ってても楽しくないね。」
「 私たちに因んだ名前に私はしたいなって思ってるんだけど…。」
そこで沢山の案が出た。弥生花子、主人公同盟、白花生…色々出たがなかなか決まらない。
「 じゃあ、「浅葱の花にて会いましょう」ってどうよ。アサツキの花言葉は無限っていう意味があるの。無限に私たちは出会い続けるって意味を込めて。」
「 素敵な名前ね。じゃあそれで決定しちゃいましょ。」
どこから持ってきたかは不明だが、早速看板にその名を記した。その看板は先ほど花子さんが偉そうにちんまり座っていた赤い椅子に軽くかけて完成。この夢はただの夢じゃない。あの時の事故とこの世界が関係しているのなら、少しでも手掛かりとしてこの状況を保持しておきたかったから。
それに、「無限に私たちは出会い続ける」。
―そう、花子さんが言ったあの言葉を大切にしていきたいと心から思ったから。看板にルビを振る際に、花子さんがハンバーガーと記そうとしたお話はまたの機会にでも話そう。もうすぐ陽が昇るということで、私は夢から覚めるため眩い扉へ足を運んだ。
土砂降りの雨の中、深くフードを被った少女らしき人が傘をささずにゆっくりと歩いている。深く被りすぎて表情は全く見えない。片手に防御魔術で雨をしのいである小さな図書を持って、その人は目を閉じてただ歩いているだけ。その人の目には何が映っているのだろう。その人はふと立ち止まり土砂降りの雨を(強制的に)止ませた。
「 なるほど、そこにいたんですか。来栖町の「花子」さん。」
〈つづく〉