第九話 しがなくないデート④
滝山堂から徒歩で数分。近場に唯一ある喫茶店「陽炎」、俺と式夜は昼食を済ませるために向かうことにした。
そこまではよかった。
「あー、やっぱりか・・・・・・」
陽炎の入り口には「休業日」の張り紙が一枚。なんとなくそんな予感はしていた。
「あれ、お休みなのか?」
「本当は違うけどな・・・・・・」
「?」
式夜はどういうことなのかと不思議そうに首を傾げた。
喫茶店「陽炎」。
俺の住むに一つだけある喫茶店で、近所の人達が集う憩いの場になっている。
観光雑誌に取り上げられる程コーヒーが上手いらしく、その人気度は一喫茶店とは思えない。
まあ、多分人気な理由の本質はそんなものではない。
「式夜、少し着いてきてくれ」
「別に構わないが、何処に向かうんだ?」
「すぐそこだから」
陽炎の入り口からたった1、2メートルくらいにある鉄階段。長年雨やら風やらにさらされているから錆がひどい。
階段を上がると大きな字で「立ち入り禁止」と書かれた100均のホワイトボードが吊り下げられていた。
「それではお邪魔します、生きてますかー?」
「ルイくん!? 立ち入り禁止と書かれた場所にそうも簡単に!?」
ノックもせずに躊躇なく扉を開けるとそこには、
「あー、ルイくんですか・・・・・・。お久しぶりです・・・・・・」
ボッサボサの茶髪に丸縁の眼鏡を書け、学生の頃に着ていたであろうジャージに身を包んだ小柄な女性。花恋陽奈子さん、プロゲーマーチーム「スターゲイザー」の一員で、潤さんの幼馴染。見た目こそあれだが顔立ちはかなりよく、彼女目当てで陽炎に通う客も少なくはない。というかそれが人気の本質だ。
「本当にお久しぶりですね、陽奈子さん。その、なんといいますか・・・・・・」
「んん? なんですかルイくん、言いたいことがあるならハッキリとどうぞー」
「昨日は・・・・・・お疲れ様でした」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
とても長い静寂。やっぱり言わない方がよかったか?
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
「な、泣いた!? す、すいません陽奈子さん何も泣かなくても」
「うるせぇよぉぉぉ!! もっと慰めろよぉぉぉ!!」
間違いなく俺たちより年齢が高いで成人女性が大泣きしていることに式夜はポカーンとしていた。
「る、ルイくん? この人は?」
「花恋陽奈子さん、俺と同じチームの先輩でさ。ほら、FPSゲームの「バッドフルシューターズ」シリーズの大会で何度も優勝しているすごい人だけど、知らないか?」
「しらないな、私は基本的に自分より弱いプレイヤーには全体的に興味がない」
「うわっひっど」
「けれどルイくんだけは特別だ、しっかり名前も覚えた」
「そ、そうか」
いざそうやって堂々と宣言されると少し恥ずかしくなる。
「まあ、それはいいとして。私が気になっているのはなぜこの人がこんなに号泣しているかだ」
「なんと伝えていいのやら・・・・・・」
いざ教えろと申されましても一応は本人の前なんだよな。
「なんだお前らは・・・・・・」
『へ?』
急にピタリと泣くのをやめた陽奈子さん。そして、
「リア充共がぁぁぁぁぁぁあ!!」
『えぇぇぇ!?』
唐突に怒り始め、それには俺も式夜も声を揃えて驚いてしまった。
「チクショオォォォ!!」
「な、なんなんだ一体!?」
「よし式夜。他のところ行こうか」
「いや、でも・・・・・・」
「いいから、こういうのはほっとくに限る」
俺が原因なところもあるけれど。
泣き叫ぶ陽奈子さんを放置して俺と式夜は陽炎を後にした。
歩きながらに式夜が俺にたいして質問を投げ掛けてくる。
「ルイくん、あの女性。陽奈子殿は一体全体何があったんだ? ルイくんがただお疲れ様でしたと、労っただけで」
「それなんだけどな、別に大した理由じゃねえよ」
本当に大した理由ではない。なぜなら陽奈子さんがああやって泣き叫ぶのは別に珍しいことではないからだ。
「まあ、今回は特にひどかったけど」
「どういうことだ?」
「陽奈子さんはさ、プロゲーマーの他にもプログラムの開発をする副業をやっているんだよ」
「ふむふむ」
「で、そのプログラムというのはいろいろな仕事で使われるかなり大がかりな物なんだけど陽奈子さん以外のプログラマーもそれの開発に携わっいて、定期的にどちらのプログラムが優れているから副業を請け負っている会社から査定するらしくて」
「つまりは、こういうことか? 陽奈子殿はそのプログラムの査定とやらを他のプログラマーに敗北し、その結果あのように泣き叫ぶということか?」
「そういうこと。丁度その査定が昨日俺達のテストプレイの日にあってさ、最近陽奈子さんゲームの大会やらライセンスの更新やらで忙しくてそもそもプログラム作ってなかったらしいんだ」
「それで・・・・・・」
「会社側からはの評価は落とされて、ライバルのプログラマーとは更に差がついて、鬱憤たまってあんなことになったんだよ」
そもそもプログラムの査定とやらは月に一回行われるのでその度に陽奈子さんは爆発する。だから店を休みにするというわけだ。
陽奈子さんの気持ちは普段からよく式夜にボコられているからよくわかる。どんなことだろう負ければ死ぬほど悔しいし、情けなくて泣きたくなる。
「それはなんとも可愛そうな・・・・・・」
「けどそういうのを俺達が気にしても仕方ない。今はとりあえず・・・・・・」
「とりあえず、なんだ? うん?」
「・・・・・・デートを楽しむことが重要だと思うんだよ」
生涯で二番目か三番目に恥ずかしいギザな台詞だった。
「そうか~、そうか~。なんだかんだ言ってルイくんも乗り気じゃないか~」
そう言われてしまうと何も言い返せなくなる。
「よし、そうとなればルイくん!」
「なんだよ・・・・・・」
式夜はあざとくこちらを振り向きとびっきりの笑顔で、
「ここまでのお礼だ。今からは私がエスコートしよう」
そこからはもう完全に巫式夜の、アルティメットゲーマーのペースだった。
五時間後......
「う~ん、楽しかったぁ~」
式夜は軽く背伸びをした。両手には滝山堂で買ったレトロゲームの他に今日一日で買ったお土産が。
あの後、式夜のエスコートの元に俺たちはデートであろうことをした。
予約不要の少し洒落たレストランで食事を済ませて今はやりの映画を見て、更には俺が知らないような隠れゲームショップを巡ったりと。
本当に楽しかった。まるで最初から考えられていたような、なるほどこれが女子力か(違う)。
「なんか式夜さ、馴れてるよな。こういうこと、初めてじゃないとか?」
「いや、無論初めてさ。正直な話とても緊張したよ。だって・・・・・・」
「だって?」
そこで式夜は黙り込んでしまった。そこから体感で一分後、式夜は口を開く。
「ルイくん、今から言うことを、よく聞いてほしい」
「なんだよあらたまって?」
ふと、式夜の顔を見ると耳まで赤くなっていた。
「私は君が好きだ!」
「!?」
驚きすぎて手に持っていた荷物を全部落とす。
え、今こいつなんて? 好き? スキ? 隙? え?
「君のことがずっと、あの日から 、ずっと好きだった」
「まてまて式夜!? 一端落ち着・・・・・・」
「だから私と、生涯を共に添い遂げてほしい!」
なんか急に重くなったんですけど!? そんな俺を露知らず式夜は、
「返事を・・・・・・くれないか・・・・・・」
「へ、返事を・・・・・・」
ヤバイ、どうしよう。生まれてこの方女子からの告白とか、いや別になかったわけではないけど今までのは全部冗談みたいなものばかりだし。
いざこうやって女子から告白されたときの対処法なんて、知るよしもない。
目の前にいるのは、とんでもない美少女。性格よしで、いろいろな意味で俺と話があって、こいつがアルティメットゲーマーであることなんてこの際どうでもいい。
そんなことで女の子の一世一代の告白の返事を決めるわけにはいかない。
「なんてな、ドキドキしたか? ルイくん」
「は?」
「だからドキドキしたかと聞いているんだ」
「いや、だから、え?」
思考が追い付かない。
「どうなんだ?」
「死ぬほどドキドキしたし、トキメキました。はい」
「ならよし! うん。今日はもう解散だ!!」
????? 駄目だ。今この現状を脳が理解をしていない。それ以前に理解を拒んでる。
「そうそう、忘れていた。今日ルイくんにデートを頼んだ理由はな、これなんだ」
式夜は鞄から薄く細長い箱を取り出す。
「ドキラブガールズ・・・・・・?」
その正体はパソコン用の恋愛シュミレーションだった。
「実はな、最近ネットでこれを買ったのだがどうしてもクリアできなくてな」
「・・・・・・」
「攻略サイトや攻略本を見るのは私のプライドに反する、だけどクリアしたい。そう思った私は友人にこのことを訪ねたんだ」
「・・・・・・・・・・・・」
「そうした友人の返答は一つ、三次元でデートを体験してヒロインの気持ちになれば攻略できる、と」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「そこでルイくんがなんでもやると言っていたのを思い出してな、もとはこのことは違うことに使うつもりだったんだがせっかくだからな」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・つまりあれか」
「ん? なんだ?」
「俺はお前に恋愛シュミレーションゲームの主人公にされたってことか?」
式夜は親指をグッと突き出し一言。
「ザッツライト!」
「アホかぁぁぁぁ!! 世界中の何処にゲームクリアのために男とデートする奴がいるんだよ!」
「ここにいる!」
「威張るな!?」
俺のトキメキ返してくれよ。
「でもまあ、冗談ならいいか・・・・・・」
よくよく考えたらいくらなんでも、段階が早すぎる。だいたい俺と式夜は(リアルだと)会ってまだ二日しかたっていたない。
つまるところ俺はまだ式夜のゲーマーとしての部分しか知らない。
それなのに、付き合うとかすっ飛ばしすぎなんだよ。
「? なにをいっているんだルイくん」
「だって冗談なんだろ?」
「そんなわけ、ないじゃないか」
瞬間、また周囲の空気感が戻る。
「女の子が一世一代をかけた大博打なんだ。冗談であるものか」
「じゃ、じゃあ・・・・・・」
「私は君のことが好きだぞ? ルイくん」
さっきとはうって変わり、赤面一つなく式夜は自信満々に想いをダイレクトに伝えてきた。
「まあ、返事はまだ先でいいさ。君にはまだ、私のすべてを知ってもらっていないからな」
逆に今度は俺が、自分の顔が真っ赤になっていく。
体温が沸々と上がり続ける感覚。
「覚悟するといいぞルイくん。私は、巫式夜は・・・・・・」
俺は勘違いをしていた。
今ここにいるのは巫式夜という一人の少女ではない。
「アルティメットゲーマーの名にかけて君を、九条類を攻略してみせよう!!」
ここにいるのは最強無敗の伝説、アルティメットゲーマーだということを・・・・・・!