第三十六話 しがない合宿⑥
「あの、千尋さん」
「は、はいっ! なんでしょうかっ!」
思わず声が上ずった。緊張のしすぎだと自覚しつつもどうすることも出来なかった。
「もしかして、私のこと嫌いですか?」
「・・・・・・え?」
あまりにも唐突な質問に、間を開けて返してしまった。
「そう思うのは仕方のないことかもしれません。皆さんを見極めるためとはいえ、ゲームをプレイする人間としては最低で最悪のことをしました。類さんと式夜さん、そして千尋さんにお父さん、本当に悪いことをしたと、心からそう思えます」
「マリアさん・・・・・・」
「式夜さんから千尋さんのことを聞いたとき、どうお詫びをしようかと、考えてしまいました。それで、今回の海水浴を提案して類さんと式夜さんに協力してもらいました。だからこそ、私は千尋さんにどうしても言わなければいけないことがあるんです」
「言わなければ、いけないこと?」
「・・・・・・ごめんなさい。酷いことをしてしまって。私の勝手な判断で迷惑をかけてしまって、本当にごめんなさい」
マリアさんから来たのはいたってシンプルな謝罪だった。あぁ、やはりそうだ。この人はきっと、優しい人なんだ。
チートを使ってまで、私達を試したのはその根底に大切な友人との絆である「星弓」の存在があったからで、今回の海水浴も私との関係を修復しようとして立案してくれた。
マリアさんは常に、自分ではなく、誰かのために動いていた。
体が不自由であるにも関わらず、私たちに対して一生懸命になってくれた。それなのに、私は・・・・・・
「私こそ、ごめんなさい。子供っぽい考えであなたのことを判断してしまって」
「そんな、千尋さんが謝るようなことは・・・・・・!」
気付いたら、涙が目から落ちていた。罪悪感とはまた違った何かに襲われて、胸が苦しくなった。
「いいんです、マリアさん。謝らなくては私の気が済みませんから」
「謝罪だけにですか?」
「え?」
「ほら、いま言ったじゃないですか謝らなくては気がすみません、って」
「・・・・・・え?」
まさかの親父ギャグに、その場の空気が停止。
「っ~~~~~~」
マリアさんは顔を真っ赤にして目をそらした。
「な、なんでもないですからっ! 忘れてください!」
「は、はい」
ポカーンと口を開けてマリアさんの方を見ると顔を真っ赤にしたまま笑いを堪えているようだった。
「謝罪だけに、気が、済みません・・・・・・プフッ」
堪えてなかった。
「フフッ、ご、ごめん、なさい千尋さん。少し、ツボに入ってしまい・・・・・フフッ、ました」
「そ、そうですか」
何が面白いのだろうか? 別にどこか上手いところが有るわけでもないのに。
「すみません千尋さん、本当に、私笑いのツボが狭くて・・・・・・」
「い、いえ、別に構わないですけど」
「流石は日本です。こうも面白いジャパニーズジョークがあるとは・・・・・・」
それはジャパニーズジョークなんてまったくもって言わないわけなのですが・・・・・・
「あの、マリアさん・・・・・・」
「はい、なんですか?」
ようやくほとぼりが冷めたので話を戻す。とは言っても、何を話す? さっきまでのシリアス目な空気間であれば、もっと詰め寄った話が出来るのだが、この流れだと何しても意味を成さないような気がしてきた。
「ええっと、その・・・・・・」
悩み、そして困惑する私を見たマリアさんは、
「あの、千尋さん、失礼だとは、わかっているのですが・・・・・・」
スッと、手を出してきた。白く細く、少し力を入れてしまえば折れてしまうのではないかと思うくらい、細く、綺麗な手を。
「しつこいとは、思いますが、私が千尋さん達にしたことは決して許されることではありません。けれど、どうか、チャンスをください。あなた達の、仲間になるチャンスを」
そんなもの、私が判断していいのだろうか。それ以前になぜ気づかなかった? 兄さんや式夜さんはきっともう既に、マリアさんをチームの仲間だと思っているはずだ。それなのに私は今もこうしてかつての敵としてマリアさんを認識していた。
そんな私に、マリアさんはチャンスをくれと、そう言った。
「・・・・・・チャンスなんてあげません」
私のいい放った言葉で、一瞬にしてマリアさんの表情は暗くなった。そうだ、チャンスなんてあげない、だって・・・・・・
「私と、マリアさんはもう既にチームじゃないですか。仲間じゃないですか。だからチャンスなんて必要ありません」
私は、マリアさんの手を握りながらそう答えた。
「・・・・・・! 千尋さんっ!」
「これから、よろしくお願いしますね、マリアさん」
「はいっ!」
私たちがお互いの誤解が解けたその時、的部屋の外では・・・・・・
「ひぐっ、ぐすっ、よがっだなちひろぉぉぉ、お兄ぢゃんお前の成長がほごらじいぞぉ・・・・・・」
「何故君が泣くんだルイくん・・・・・・まあ、本当によかったな」
何故か兄さんが泣いていて、式夜さんがそれを宥めていた。どうやら盗み聞きをしていたようで、結果オーライだったとはいえ知っておきながら助け船を入れてくれなかった兄さん式夜さんにお説教をしたのは、また別のお話。