第三話 しがなくないテストプレイ①
日付は四月某日の土曜日、時刻は朝の八時。
当然高校は休みの日。
いつもであれば金曜日からの徹夜ゲームが終わる時間帯で俺にとっては寝る時間だ。
だけど昨日は学校から帰ってから風呂入って夕食済ませて一切ゲームせずにそのまま爆睡。
プロゲーマーの中には一日十時間はゲームの練習を積んでいる人もいる。それこそゲーマーとしての腕前が高ければ高い人ほどその努力を一切怠らない。
本来であれば弱小プロゲーマーである俺だからこそゲームの練習を誰よりも頑張らなくてはならない。
というかいつもはそうしている、アルティメットゲーマーに挑戦することばかりが練習といえるかは知らないけど。
そんな俺が昨日一切ゲームをせずに寝たのも、そのアルティメットゲーマーと関係しているからだ。
桜坂さんから受けた企業案件の依頼。
アメリカのゲームメーカーメシアからVRゲーム機「オーダーテスター」のテストプレイ。
それもただのテストプレイではなく、オーダーテスター最大の特徴であるのと同時に日本では現在進行形で制限されている機能フルダイブ。
実際問題、アメリカではオーダーテスターのせいで大量の廃人ゲーマーが誕生し、ゲームをしたいから仕事を辞めてしまったときう事例も決して少なくない。今の日本にフルダイブなんてものを流行らせようものならば更に加速するニート社会。確かに国が必死こいて禁止にする理由がわかった気がした。
『何かあってからでは遅い、未然に防いでこそ』
まあ、日本らしいよな。
アメリカからすれば儲けられる利点を潰されているわけだから当然どうにかしようとする。
そのどうにか、というのが今回のテストプレイなわけだ。
最初俺はこの企業案件を断るつもりでいた。確かにゲーマーとして強い興味と関心は持ったけどそれでも国からわざわざダメだと言われているものをやる気にはなれなかった
だから他をあたってくれと、そういう意図を伝えようとした矢先に桜坂さんはこの企業案件をわざわざ俺なんかに依頼してきた最大の理由を話してくれた。
「このテストプレイには、あのアルティメットゲーマーが参加している」と。
その一言だけで俺はこのテストプレイの企業案件を受けることに決めた。
そもそもこのテストプレイ、想定している参加人数というのが合計四人。プロゲーマー枠が二人、一般枠が一人、そして桜坂さん曰く「謎のエクストラ枠」が一人。
一般人と謎のエクストラ枠が誰かは知らされてないしそもそもやる人が決まっているのかすら定かじゃない。他二枠も凄く気になるが今はそれよりもプロゲーマー枠二人のうち一人で、恐らくはアルティメットゲーマーであろうプレイヤーが参加している事が俺にとっての最優先事項。
あろう、という曖昧なわけはそもそもアルティメットゲーマーは本名も明かしていないし顔出しもしていない。
だからこのアルティメットゲーマーが本人である保証は何処にもないのだ。
ただ桜坂さんの話によればそのアルティメットゲーマーを名乗る人物はわざわざメシアの日本事業部にその名を語ってテストプレイをやらせてもらうように直筆の手紙で頼み込んできたらしい。
普通なら偽者か? と疑う。
だけどメシアも、桜坂さんも、そして俺ですらそのアルティメットゲーマーであろう人物が間違いなく本物だと思っていた。
実はアルティメットゲーマーは俺がかつて大敗したパズルゲームの大会でひとつ面白いエピソードを残していた。プロゲーマー達からすれば伝説であり、憧れであり目標でもあるアルティメットゲーマーが起こした事件。
それが「直筆事件」なのだが・・・・・・
今はとりあえずテストプレイでアルティメットゲーマーに勝つこと、そしてその謎に包まれた素顔をみてやること、この2つだけを考えればいい。
早く寝たおかげでコンディションはバッチリ。
テストプレイ開始時間は午前十時から、移動時間も含めるとこの時間に起きたのはベストだったようだ。
両親は休みのためまだ寝ているようだから足音を立てないように俺はリビングに向かった。
無論、朝食を済ませるのとこの時間にやっている子供向けアニメを見るためだ。
いつもならゲームで疲れて寝ているかもしくはそのままゲームをプレイし続けているためリアルタイムでは見ずに録画しているのだが、今日は珍しく早起きだ。
リアルタイムで見るのは本当に何年振りだろう。小さい頃はその為によく早起きしていたっけ。いつから俺はニチア〇すらも録画勢になったのだろう・・・・・・
まあいい。朝は簡単にトーストとかで済ませよう、アニメを優先したい。
そう思った矢先に、キッチンではトントンとリズムよく包丁で切る音が聞こえた。
「(母さん、もう起きてるのかな?)」
リビングにあるソファーの影からFPSゲームのようにちらりと覗く。気分はスナイパーだ。
「!! そこ!」
「へ?」
ザクッ、と投げられた包丁が勢いよくソファーに突き刺さった
「~~~~~~!?!?」
声にならない叫び、マジで死ぬかと思った。
「なんだ、兄さんですか」
「え、あ、ち、千尋かよ。お前何してるんだ」
キッチンにいたのは母さんではなく義理の妹千尋だった。
その姿は白色のエプロンドレス、まるで恋愛シュミレーションゲームに出てくるようなその可愛さに一瞬目を奪われてしまった。
一瞬、の理由はソファーに突き刺さった包丁の方が余程インパクトがあるからだろう。
なんだ、俺の妹前世忍者とかやってたのかよ
うん? そういえばさらっと聞き流したけど今千尋俺のことを・・・・・・
「何って、見ればわかるでしょう。朝食を作っているんです。今日十時から生徒会の子達と集まりがあるのでお弁当作りも兼ねて」
包丁投げてくるのが朝食作りの一環なのだろうか。というか今・・・・・・
「なあ、千尋?」
「なんですか」
「お前今俺のこと「兄さん」って呼ばなかったか?」
「へ?」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
数秒の静寂、千尋は顔を真っ赤にして、
「な、なにを言っているんですか!? 私が貴方みたいな人を兄と呼ぶわけないでしょう!!」
貴方みたいな、が地味に心に刺さった。
「いや、今絶対呼んだよな?」
千尋は基本的に俺のことを毛嫌いしていて、最近はそもそも会話すらしていない。
たまになんか話したかと思えば「またゲームで徹夜したんですか? 本当にバカですね、体調悪くなっても知りませんから」とか「顔色が良くないようですが無理しすぎなのでは? その顔色気持ち悪いので早く休息をとってください」とか罵詈雑言ばかりだ。
そもそも千尋は俺のことを兄さん、なんていう風には呼ばずに他人行儀で「類さん」と呼んでくる。
それこそ兄さんとかお兄ちゃんとか呼ばれていた懐かしい日々は俺がプロゲーマーになる前までだった。
「だよな、聞き間違いだよな」
まあ、絶対呼んだとは心の中で思っておこう。
「ええ、類さんの聞き間違いです。それよりもその・・・・・・」
「なに、聞こえないんだけど?」
急に千尋は顔を伏せて、声を小さくした。
「あの、ち・・・・・・」
「ち?」
「朝食を作りすぎて、しまったので、食べませんか?」
「へ?」
「食べるか食べないか、どうしますか?」
「じ、じゃあ、ありがたく」
作りすぎたと言っておきながら実はまだ調理中で初めから俺のために作ってくれていたことに気がついたのは内緒だ。
それから数分後、千尋が朝食をリビングに運んできた。
献立はお粥にアサリの味噌汁、きれいに巻かれただし巻き玉子と菜っ葉の和え物。
イメージ的には一昔前の日本の食卓といった感じか。
「それじゃあいただきます」
「はい、どうぞ」
先ずは味噌汁を一口。
「うまいな・・・・・・」
凄く体に染み渡っていく。というか千尋のやつこんなに料理上手だったのか。あと味噌汁が体に染みるとか俺老けすぎだろ。
「そうですか。ならよかった」
ふいに、正面に座っている千尋の顔をみる。
いつもはなんかキリッとした表情だけど今はなんか少し緩んでいて、優しい顔だった。
「・・・・・・なんですかジロジロみて、気色悪いですよ」
前言撤回、やっぱり千尋は千尋だったようだ。
朝食を済ませた俺は千尋にお礼を言ったら「別にお礼なんて必要ないです」と冷たく返された俺は準備するため自室に戻った。
桜坂さんから渡されている今後の予定表と借り物のオーダーテスターをいつも使っている出掛けるときにつかう鞄にしまう。
「さてと、そろそろ行くかな」
適当に余所行きの服に着替えて家から出る。その際にリビングを覗くと千尋が食器を洗っていた。
「(なんか母さんみたいだ)」
覗いているのがバレて包丁が飛んできたらそれこそ冗談ではないのでその場を後にした。
桜坂さんに指定された場所は思いの外遠く、俺の住んでいるところから三駅電車を乗り継いで、更にはバスにも乗らなくてはいけない。
しかもそのバス、三時間に一本しか通っていないらしく、この時間帯に家を出ないと電車には間に合ってもバスには間に合わなくなる。
「あ、アニメ見るの忘れてた」
千尋と朝食を食べていて完全に忘れていた。
まあ、いいか。いつもの予定通りであれば録画されてるだろうから問題なし。更にいうなら今朝はあのまったく兄に心を開かない千尋が珍しく優しかった。
アニメ見逃すくらいの対価で済んだなら安いもんだ。
駅に向かって歩いていると俺御用達ゲームショップ「オタサーの姫」の一人娘で幼馴染である美咲が店先を掃除していた。
「よう、美咲おはよう」
「うん? あぁ、おはよう。珍しいねルイがこの時間に起きているなんて」
「実は少し用事があってさ、言っておくがデートじゃないぞ」
ちなみにルイというの以下略。
「へぇ、じゃあまさかあれかな」
「あれ?」
「ほら、この前新作のシュミレーションゲームのデモ撮るって約束したでしょ? 流石ルイ、わざわざそのためにこの時間に起きて来てくれるだなんて」
「へ?」
「え?」
シュミレーションゲームのデモ・・・・・・そう言えばそんな話してたっけ。
ヤバイな忘れてた。
「その反応から見ると、違うみたいだね。まったくもう」
「わ、悪いな。この埋め合わせは今度、な?」
「しかたないなー、ジュース一本でいいよ」
なんか安いな。
「じゃあそれで。悪いな美咲、俺急いでるか」
スマホの時間をみると九時五分。あと二、三分もしないうちに電車が来てしまう。
別にその数分後にはまた違うのがくるけど今の奴を逃すとバスに間に合わなくなってしまう。
「はいはい、行ってらっしゃい。また今度ね」
美咲に軽く手を降ってから走り出す。
駅まで実はすぐそこでまったく遠くないとはいえ切符買ったりしないといけないから急ぐ。
「ルイのバカ・・・・・・」
去り際に何か聞こえた気がした。
なんとかして間に合ったので切符を買って、直ぐ様電車に乗る。幸いにも土曜日の午前中ということもあって人が少なかった。そのおかげで難なく席を確保して座ることが出来た。
そして三駅乗り継いで、その後猛ダッシュでバス停に向かう。
バス停に置いてある時計を見ると時刻は九時二十九分、バスが来る一分前だ
「ま、間に合った・・・・・・」
息を整えている間もなく、目にはっきりと見える距離にバスが見えた。
それに乗り込み、あとは目的地まで待つばかり。
バスの窓から景色を眺めていると町の喧騒からかけ離れたのどかな風景が窓越しに通りすぎていく。
流れていく景色の大半が木ばっかりではあるで人工物は精々ガードレールの電柱くらいしかない。
「(そりゃこんなド田舎だと、バスの本数少ないのも納得だよなぁ・・・・・・うん?)」
一瞬だけ無双系のゲームに出てきそうな武家屋敷のようなものが見えた。
「(なんだったんだ今の・・・・・・)」
『次はメシア~、株式会社メシア日本支部の前で~す、お降りのお客様は停車ボタンを押してください~』
車内放送が響く。
「な!? 待ってください降りますから!」
まさかの途中下車とは。バス停ないのかこの辺り。
そもそもなんでアメリカの有名ゲーム企業がこんな僻地に支部を置いたのか。株式会社メシアの前なんて言っておきながらそこには看板があるだけで、看板には「この先二百メートル↑」と表記された張り紙が一枚引っ付けてあるだけだ。矢印の方を見るとそこは細い山道が、確かにこれだとバスで行くのは不可能だ。。
渋々山道を歩く。二百メートルしかないといっても山道となれば意外としんどい。
山道を登りきるとそこには周囲の自然と一切合わない巨大なビルが一軒建っていた。
「なんじゃこりゃ・・・・・・」
ビルの上を見るとデカデカとメシアのロゴが。
どうやら冗談ではないらしい。突っ立ているのもあれなので、ビルの入口に向かうと、
「あ、九条さんですね。お待ちしておりました」
そこにはビジネススーツに身を包む知らない女性が一人。
「そうですけど。あなたは?」
「私はメシア日本支部フルダイブ部門総合責任者の柊栄子といいます。以後お見知りおきを」
なんか物静かな人だな。桜坂さんとは大違いだ。
「こちらこそ。九条類です、この度はよろしくお願いします」
「さっそくですが、九条さん達テストプレイヤーの皆さんがこの社内で使える施設を案内させていただきます」
俺は柊さんに連れられて、社内を案内してもらった。
社内で使える施設、というのは主に四つで。
まず一つ目はリラクゼーションルーム。
フルダイブの疲れを癒す場所らしい。
二つ目は医療室
体調不良を感じたら使ってほしいとのこと。
三つ目は食堂。
テストプレイは丸一日かかることもあるらしいので、ちなみに料金は無料。
そして四つ目、
「ここが九条さん用のテストルームです」
俺用のテストルーム。どうやらテストプレイは各々個室で行うようで、薄暗い中にも記録のカメラのレンズが反射していた。
「あの柊さん」
「はい、なんでしょうか?」
「他のプレイヤーって、もう来ているんですか?」
正直な話、柊さんの案内はほとんど耳に入っていなかった。
今の俺にはどうしても他のプレイヤーの存在。
具体的にはアルティメットゲーマーのことが気になって仕方がなかった。
「ええ、もちろん。桜坂さんからお話はうかがっていますが、九条さんが今回の案件を受けてくださった理由のプレイヤーの方なら今現在フルダイブのテストプレイ中です」
「本当ですか!?」
「はい、本当ですと。どうしますか? まだ説明が残っているのですが・・・・・・どうやら必要はなさそうですね。その顔をみると、今すぐにでもテストプレイをしたいようで」
「え、あ、俺顔に出てますか?」
「はい、それはもうハッキリと」
それほど俺のテンションは上がっているらしい。
「わかりました他の説明は後にして、実際にテストプレイしてみますか?」
「お願いします!」
「わかりました。では・・・・・・」
テストプレイの内容には他のプレイヤーとの戦闘も含まれている。つまり、正真正銘の直接対決だ。
現実世界、つまり画面越しのゲームは今まで嫌というほど負けてきた。でも、仮想世界なら、自分の意識が、体がコントローラーになるフルダイブなら俺は、
「絶対に勝ってやる・・・・・・!」
俺は強く決意を抱いた。