第二十二話 しがなくない訪問者②
「あっちぃ~・・・・・・」
季節はまだ5月半ばだというのに手足には夏場特有の嫌な汗が滲んでくる。
学校からの帰り道、俺は久々に喫茶店陽炎に向かっていた。陽奈子さんの愚痴相手に呼ばれたとかそういうわけではなく、今日陽炎に向かうのはある人と待ち合わせをしていたからだ。
「さてと・・・・・・どう説明しようか」
陽炎の前で少し項垂れる。信じてもらえるのかすら怪しいこの事をどう伝えるべきか真剣に悩む。それ以前に言わない方がいいのでは? 一方的に聞くだけ聞いて終わるのもできるよな。
「あの、類さん?」
「!! 柊さん、もういらっしゃってたんですか!?」
待ち合わせの相手、柊さんが話しかけてきた。指定した時間よりも十分程の余裕がある。
「いえ、たった今来たばかりですが丁度目の前に類さんが見えたので」
「す、すいません急に呼び出しちゃって」
謝罪の念と共に湧いてきた妙な小恥ずかしさに顔を俯ける。柊さんの格好はいつもと変わらないビジネススーツなのだがなんだろうこの「いつもは別に意識しないけどいざ町中でバッタリ会うと凄く意識してしまった」感は・・・・・・!
なるほど、これが大人の魅力か!(たぶん違う)桜坂さんがガキンチョに見えるぜ!
「お気になさらないでください。ほら、暑いですし店内に入りましょう?」
「は、はい!」
店内に入り柊さんはコーヒーを頼み、俺はカフェオレを頼んだ。
「ごゆっくりどうぞ~・・・・・・チッ」
目元が一切笑っていない陽奈子さんが少し雑にコーヒーとカフェオレを置く。これはまたプログラムのことでひと悶着あったのだろうか。
前に桜坂さんと企業案件の打ち合わせでここを使った際は陽奈子さんは丁度不在でアルバイトの子がメニューを出してくれたんだっけ。
「それでどうかしたんですか類さん? テストプレイのことでしたら随時メールでお知らせを送っているはずですが」
「確かにその通りですけど、どうしても直接確認したくて」
柊さんにスマホを見せる。そこに写っていたのは白い髪に白い肌の少女がいた。画質が少し荒く、写真はまるでモザイクがかかっているようだ。
「この子が誰か教えてもらいたくて、直接知りたくて今日柊さんを呼んだんです」
「・・・・・・それは」
柊さんはどことなく焦った顔をしていた。それと同時に悲しそうな表情が滲み出ていた。
「エクストラ枠の参加の子、一体」
何者なのか、そう聞こうとしたとき柊さんは俺の言葉を遮った。
「申し訳ありません。今それを教えることは出来ません」
「そんな、なんで!」
「私の口からはこの方が誰かを説明することは容易です。だけどそれは今じゃないんです」
「そう、ですか」
気持ちが落胆しうつ向く。
「・・・・・・類さんこそ、なぜ急にそんなことを聞いたんですか?」
「え?」
「メールで訪ねる選択肢は間違いなくあったはずです。それなのにどうして?」
「えーっと、それは・・・・・・」
俯いていた顔を上げ、柊さんを見据える。
「ごめんなさい、言えません」
そう、やっぱり言えるわけがないんだ。
「なら私も同じです。彼女のことを今貴方に教えるのはどうしても無理なんです、どうかわかってほしい」
柊さんの声は凄く真剣で、真っ直ぐだった。
その声を前にしていたってくだらない理由で柊さんを呼び出した俺は狼狽えることしかできなかった。
「それでは、またのテストプレイで。失礼します」
「お、おつかれ様でした」
柊さんは何事も無かったように去っていった。
「ハァ・・・・・・」
柊さんにこの事を言えたらきっと楽になれる。けれどそうしてしまうと俺の面目が丸潰れになってしまう。
「本当にどうすっかな・・・・・・」
スマホの写真に目を落とす。やはり瞬間背筋に寒気がした。
白い髪に白い肌、幽霊のような少女。俺が初めてフルダイブしたときに垣間見た存在。すっかり忘れていたはずなのに、この写真に写っている少女はあまりにもそれにそっくりで。
つまるところ何が言いたいかというと、俺はこの偶然にとてつもなくビビっていた。
メールで聞かなかったのはただただ単にメールの返事を一人で読むのが怖かったから。ほら、よくあるじゃん。メールやら電話を受けた瞬間呪われるとかさ。
そういう系統全部含めて俺ホラーゲームとか無理だし。
以上が理由でわざわざ柊さんを呼び出した。怖かったから。
前の式夜が送ってきた「メリーさん式目覚ましメール」で飛び起きたのもめっちゃ怖かったから。なんとも情けないが。
不安を取り除きたくて、他人のそら似だと思いたくて。
だけど事態はどういうわけか俺が考えているよりも深刻なようだ。
同じテストプレイヤーだということはお互いの情報の交換くらいはするはず。名前や時分がどういう立場で参加したか、などその他色々聞くこともあるはずだ。
それなのに柊さんは情報が露出するのを避けた、いずれ分かることも多いだろうに。そも名前すら教えてくれなかった。
「まさか本当に幽霊とか・・・・・・?」
幽霊がゲームするというのはそれまた面白そうだがこっちからすれば大迷惑だ。
辺りはまだ日も落ちてなくて明るいのに俺の心は真っ暗闇だ。
結局考えはまとまらず、俺はまたテストプレイの日を迎えた。