第二十一話 しがなくない訪問者①
「お願いです、兄さん。やめて、ください」
千尋の呼吸はとても荒い。
「やだね、土下座されてもやめない」
「そんな・・・・・・! これ以上はもう・・・・・・!」
「手加減は出来ないからさ」
「あ・・・・・・」
ヘッドホン越しに爆発音が響いた。
「よっしゃ俺の勝ちぃぃぃい!!」
「また負けたましたぁぁぁぁぁ!!」
時刻は夜の八時。テストプレイの案件も一息ついてから二日ほどたっていた。
俺と千尋が何をやっているのかというとFPSで千尋に色々とゲームをやらせて欲しいと頼まれたのが切っ掛けで今に至る。オーダーテスターでの決闘で勝ったときにこれからは一緒にゲームが出来たらと、千尋は俺の願いを汲んでくれたようだった。
「バカめ! FPSは角待ちプレイが基本かつ最強だとなぜ学ばぬ愚妹よ!」
テンションが上がりすぎて変な口調になってしまう。
「ズルいです! プロゲーマーなら正々堂々と戦ってください!」
「銃弾飛び交う戦場に卑怯もなにもあったもんではないわ!」
「うぐぅ・・・・・・」
「なんにせよ全勝。いやー、やっぱりゲームは勝たなきゃ楽しくねえわ!」
「初心者狩りして何が楽しいんですか!」
「低レート値のプレイヤー狩るなんてこちとら日常茶飯事じゃぁぁぁ! フッハハハハハハ!!」
プロゲーマーらしからぬ発言に千尋は一つ大きな溜め息をついた。ちなみにこの会話はお互いの部屋にあるパソコン(千尋のは俺のお古のゲーミングPC)のボイスチャットで行われているため端から見たら相当にヤバイ人だと思われてしまう。しかも壁一枚越しのため声が少し反響して変な感じがした。
「ハァ・・・・・・・最低です。やはり兄さんはクズですゴミです死んでください」
「お? 負け犬の遠吠えかな?ん?ん?」
「うっぜぇこのクソ兄貴ィィ!」
こうやって普通に会話して、喧嘩して、俺と千尋の兄妹仲は随分と良好になったように思える。
「・・・・・・もういいです。私は明日に備えて寝ますから、兄さんもまた徹夜しないように早めに寝てくださいね」
「わかってるよ。おやすみ、千尋」
「・・・・・・おやすみなさい、兄さん」
プツリとボイスチャットが切れる。それと同時に千尋のフレンド枠はオンラインを示す青色からオフラインを示す赤色に変わった。
「まだ寝るには早いし、どうするか・・・・・・」
手元のデジタル時計はまだ八時を過ぎたばかり。オーダーテスターをオフラインモードで使ってレベル上げでもするか?
でもひとたび始めると終わらないんだよなフルダイブ。
自分の体で動かしている実感はありつつも現実では体は寝ているわけだから疲れを感じづらい。
この有意義な時間をどうするべきか、そう悩んでいるときタイミングよくパソコンにメールが届いたことを知らす着信音がなった。
「送り主は・・・・・・柊さんから?」
柊さんから来るメールの大半はテストプレイの連絡だ。
予想が的中しいつも通りにテストプレイの連絡がそこには記されていた。
そのなかで気になる文を見つける。
「・・・・・・「新メンバーが加わる予定です」か」
前にも話していた例のエクストラ枠か。でもなんなんだろうエクストラ枠。
プロゲーマーをまたテストプレイヤーとして加えるのであれば最初からプロゲーマーの枠としての方がわかりやすい。
よくよく考えてみれば桜坂さんからこの案件をもらったときからエクストラ枠がいるとは知らされていた。
一般枠が俺の妹である千尋であったことも相当に衝撃的だったがエクストラ枠というそれこそ曖昧な表現だと到底予想が出来ない。
「これって・・・・・・」
メールには画像ファイルが添付されていたのでそれをクリックする。
「ええっと、「この方がエクストラ枠です」か。・・・・・・え?」
その画像を見た瞬間俺はまた驚愕し、同時に一抹の恐怖を覚えた。