第二十話 しがない兄妹喧嘩③
武器に弓矢を選んだ理由は至極単純だった。
サバゲーの大会にまぐれとはいえ優勝した慢心、そして何よりも様々なFPSをプレイしている兄を誰よりも身近で見てきたという自信。だからこそ私はオーダーテスターで弓矢を選んだ。
弓矢を運用可能になるまでのレベル上げは事前に済ませた。後はただ冷静に、一撃ずつ放ち続ける。
兄を倒すために、優しかった頃の九条類に戻すために。
「・・・・・・出てこない」
戦いが始まり十数分が経過した。最初は一方的に射ち下ろしていたがそれを察してか兄は建物から頭ひとつ出さずに隠れてしまった。
兄が隠れる為に使用した建築物は正面の入り口と二階のベランダの窓の二ヶ所しか逃げ場所がない。所々にある小窓からは人一人が抜け出せるほど大きくはない。
どんな形であろうと体のどこかが露見した瞬間に備え力の限り弓を引いておく。
弓矢に最初から搭載されている遠距離を見るためのスキルでその建築物を凝視する。そして、
一瞬の出来事だった。
「・・・・・・っ!?」
見ていた建物から突然に白く強い光が起きる。恐らくは暗闇を照らすためのスキル、こんな閃光弾みたいな使い方があるなんて・・・・・・!
堪らず視線をそらすがその刹那、兄がこの隙に逃げ出す事を理解した。
「しまった! 逃げられ・・・・・・え?」
兄は、類は逃げ隠れするわけでもなく堂々と電光煌めくビルとビルの狭間に立っていた。
右手には小さなナイフのようなもの、そして左手はピッタリと私の方向を差し、口早やに何かを呟く。
その口の形で何を言ったかは理解できた。
「俺の勝ちだ・・・・・・? そんなわけない!」
また力の限りに弓を引き絞り矢を放つ。だが、
「当たらない!? なんで、どうして!!」
矢は全てかけ離れた場所に飛んでいく。しっかり狙っているはずなのに、別の力に邪魔されているかのように矢の道筋は乱れた。そして理解した。矢が当たらない理由はデバフ、つまりは能力の低下。視界が遮られたことによっておきた視力低下、現実ではありえなくて、ゲームだからありえたシステム的に起きてしまった必然。
これはプロゲーマーである兄と、今までただ見てきただけの素人である私との差が明確に出た瞬間だった。ゲームの特性を理解し、それに合わせた最適解を常に繰り出してくる。なんて強い・・・・・・!
兄は一歩ずつ、着実に歩み寄ってくる。
「(逃げなきゃ殺られる!)」
まだはっきりとしきっていない視界で周囲を手繰り、狙撃位置であるビルの屋上から飛び降りる。
着地の瞬間全身に静電気を何百倍にしたのような強い痺れ伝わる。
高所からの飛び降りによる着地ダメージ、そして衝撃による事後硬直。これだけの隙が重なれば、
「言っただろ、千尋。俺の勝ちだ」
短剣の投擲スキル、それの確殺範囲だった。
dead
目に写るは敗北と死を意味する一語。
メインルームに戻される直前に兄が呟いた。
「後はリアルで。話はそれからだ」
ルームに戻るや否や直ぐにログアウト、現実に意識が帰っていく。
「・・・・・・」
どこか重苦しい体を起こしオーダーテスターを取り外す。
テストルームから出るとそこには柊さんと式夜さんと、兄が、九条類が待っていた。
「類さ・・・・・・ムグッ!?」
兄は私の口に指をそっと押し付けた。
「聞こえないぜ、ち・ひ・ろ?」
「・・・・・・兄さん」
「よし、上出来だ。まあその顔見る限り言いたいことは山程ありそうだな」
「わかっているのでしたら・・・・・・」
「みなまで言うな。俺から言えるのは一言だしな」
兄さんは自信ありげに言った。
「仮想世界をただゲームと侮るな、どこまでが仮想世界でどこまでが現実か見極めろ」
「??????」
恐らく兄さんは何か大事なことを伝えたかったのだろう。だけどなんかカッコつけているというか、ギザというか、理解をしきれなかった。
「あれ、もしかして伝わってない?」
「ルイくん、まどろっこしい。どうせなら単純に思いの丈をぶつけたらどうだ」
「それはその・・・・・・」
兄さんは恥ずかしそうにに頬を押さえる。
「千尋、俺が伝えたかったのはさ、俺は千尋とまた仲良くしたい。前みたいな兄妹に戻りたい・・・・・・です」
「今の発言と先程の発言、とてもじゃないですが噛み合っていないような」
「えぇ!? だからそのぉ・・・・・・」
兄さんは黙りこんでしまった。
「ほらルイくん、正直に」
「・・・・・・千尋、あのさ」
「は、はい」
どことなく胸が高鳴る。緊張する。ドクン、ドクンとどんどんと。
「これからは一緒にやろうぜ? ゲーム」
「うむ、それでいいぞルイくん!」
「はい! もちろ・・・・・・今なんて言いました?」
「一緒にやろうぜ、ゲーム。だって千尋が俺に対して冷たかったのはゲームが一緒にできなかったからだろ? わかるぞその気持ち。俺もレート足らなくて逃した大会やイベント腐るほどあるからな」
「・・・・・・ね」
「へ?」
「死ね、くそ兄貴」
「!?」
こうして、私とゴミクズ兄貴とのしがない兄妹喧嘩は終わりを告げた。
ゲームなんて大嫌いと思っていたけれど、こっそり「楽しい」と感じてしまったことは、誰にだって内緒だ。