第二話 しがない企業案件
「企業案件、ですか?」
「はい、企業案件です」
桜坂さん奢りの少し早めの昼食が終わり、桜坂さんは本題を切り出した。
「類くんはメシアというアメリカのゲームメーカーを知ってますか?」
「まあ、一応。ここ数年VRゲームのジャンルはメシアが発売したソフトが網羅してますし」
そのVRゲーム機、名前を「オーダーテスター」という
目元を覆うVRゴーグルを着けてゲームをプレイするという点に関しては従来のVRゲームと何も大差はない。だけどメシアのVRゲームが全体的に人気を博したのには理由があった。
フルダイブ機能。VRゲームをプレイしたことのあるプレイヤーなら一度は夢見たそれを、メシアは独自のシステムで実現した。
自分自身をプレイヤーとして未知の世界を冒険すること、ゲーマーであるならば心が踊らない訳がない。
フルダイブ中は現実の体は動いていないため現実ほど疲れを感じづらい。それが原因で本土であるアメリカでは何万という単位の廃人ゲーマーが誕生しているとかなんとか。
「でも確か日本だとフルダイブ機能は使えないんでしたっけ」
「流石類くん、よくご存じで」
新しいことに対しては目がない日本人が全米で話題になっているゲームを輸入しないなんてことはなく、当然のように日本でも発売はされている、わずか数日だけだが。日本でフルダイブの機能を使うことは禁止、正確には制限されている。
その理由は主に2つ、1つはそもそもが日本のインターネット回線がフルダイブオンラインの機能に対応していないということ。
それならオフライン状態でプレイすればいい。せっかくのVRMMOを一人でやるのは悲しいけどやれないよりはマシだろ、高い金を出して買ったのだから。そう思った日本人はきっとたくさんいるだろう。
そんなプレイヤーの前に現れたのは国の命令。
何か問題が起きてからでは遅いと、オーダーテスターが輸入されるやいなや即座にフルダイブに関する法案をでっち上げ可決させた。ことの発端であるオーダーテスターに関してはそもそも輸入を完全に禁止するようにした。
その為今現在日本で出回っているのは大抵が偽物で、本物だったとしても法外なお値段で取引されている。
「で、その話を踏まえまして」
桜坂さんは机の上に一つの白い箱を置いた。所々に宛先とバーコードシールを剥がしたあとがある。
「桜坂さん、なんですかこれ」
「まあとりあえず開けてみてください」
若干不審に思いながらも箱を開ける。ビックリ箱とかだったら張り倒してやろうか。
「・・・・・・なんですかこれ?」
中に入っていたのは妙に重たい長細い箱がまた梱包されていた。
「それもう一回です」
「わ、わかりました」
もう一度箱を開ける。そこには梱包材に巻かれた大型のゴーグル状の物が。まさか・・・・・・
「あのー、桜坂さん。これってまさか」
「さすがにわかっちゃいましたか。オーダーテスターですよそれ」
「うおぃ!?」
ネットでその見た目こそはチェック済みなのだがこうやって実際見て触れたことに驚き、慌ててオーダーテスターを床に落としてしまった。
「ちょっと類くん! 借り物なんですから乱暴に扱わないでくださいよ! もし壊れて弁償なんてことになったら今後類くんが貰うかしれないゲームの賞金や賞品をスターゲイザーに寄付してもらいますかね!」
「それだけは勘弁をっ! というか桜坂さん本当にこんなものどうやって手に入れたんですか?」
「今言ったでしょう。これ借り物なんですって」
「どこの?」
「メシアです」
「は?」
「さね今度こそ本当に本当の本題です。先程お話した企業案件というのがですね、メシアからでして簡単な話テストプレイです」
「テストプレイですか? 一体なんの」
「もちのろんフルダイブです」
「な!? そ、それ大丈夫なんですか? 国の条例に引っ掛かりますよ!」
「類くん、世界にはこんなセリフがあります。バレなきゃイカサマでもなければ犯罪でもないんですよ」
「いやダメです、完全にアウトですし逮捕ですよ」
「というのは冗談で・・・・・・」
「冗談かよ!?」
今日も今日とて桜坂さんは絶好調のようだ。
「実際の所、メシアのとある偉いさんからご連絡を頂きまして、日本でもオーダーテスターの正式サービスを開始させたいからどうにかして国の議員達を説得したい。その為に日本のゲーマー達が安全にプレイしたという証拠が必要になってくる。どうにかしてミス桜坂の人望で人を集められないかと」
ミス(をする)桜坂さんの(ない)人望に頼るとか世も末だ。
「じゃあ俺が今日ここに呼び出されたのは」
「勘が良くて助かります。ぜひ類くんにはオーダーテスターのテストプレイヤーになってもらおうかと」
「お断りします」
「決断はや!?」
さすがに断るだろ。確かにフルダイブというものはものすごく気になるし実際に体験してみたい。でもわざわざ国から「やるなよ」って言われてるのにやる馬鹿なんているか? いやいない。
「そもそもがなんで俺に頼むんですか。他のスターゲイザーのメンバーがいるじゃないですか」
「それが無理だから類くんに頼んでいるんです!!」
「ということは俺に頼んだのついでかよ!?」
どうせ俺はスターゲイザーの中じゃ落ちこぼれですよ。
「ち、違います違います。類くんに頼んだのにはちゃんと理由があるんですよ!!」
「理由、なんですか言ってみてくださいよ。それ次第ならやるかやらない考えますから」
スターゲイザーには俺みたいなしがないプロゲーマーとは違ってそれこそゲーム全てに命をかけている人もざらにいる。
アーケード格闘ゲーム「クロスエンド」シリーズの大会を三連覇している滝山潤さん。
FPSゲーム「バッドフルシューターズ」シリーズの大会を五連覇している花恋陽奈子さん。
その他エトセトラエトセトラ・・・・・・
とにかくうちのチームには凄いプロゲーマーがいっぱいいる。
それなのに何故俺なんかに頼むのか。
「第一回目のテストプレイ予定日が潤さんは大会にその他イベント、陽奈子さんはe-Sportsライセンスの更新のe-learningにバイト先に提出するプログラムの締め切りに被っていまして。他のメンバーも全員何かしら用事がありまして・・・・・・」
桜坂さんは胸ポケットから取り出した小さなメモ帳で各選手の予定を確認しだした。
「やっぱり俺が選ばれたのついでじゃないですか」
「だから違いますって! 類くんに頼んだ理由はですね、実は・・・・・・だからなんです」
「・・・・・・!?」
その言葉を聞いた瞬間に俺は気が完全に変わり、企業案件のテストプレイを受けることに決めた。