第一話 しがない始まり
プロゲーマーとは、ゲームをすることで色々な報酬を受けとる人のことを指す。
ここ数年間で深く知られる機会が増え、将来的にはeスポーツ、という1つのスポーツとして国際的なイベントにも採用されている。
「また負けたァァァァァァ!!」
液晶ディスプレイにはLOSEの文字が大きく表示されていて、感情が高ぶってそれに思いっきり頭突きをする。いたい。
通算戦績1200戦0勝1199敗1引き分け。
壁に貼ってある戦績表にまた敗北の数が増えた。
これだけやってもまったくと言っていいほどこいつに勝てる道筋が見えてこない。
「次こそは何がなんでも次こそは勝ってやるからなアルティメットゲーマー!!」
画面越しで聞こえるわけもない宣戦布告をして俺はゲーミングPCの電源を落とした。
アルティメットゲーマー、ここ数年の間でプロゲーマー達の間で話題になっている文字どおり究極の遊戯者。
開催されるゲームの大会をジャンルに関係なく優勝していくその様からネットで大きな注目を浴びた。
プレイヤー名を一切統一せず、更には参加する大会全てがオンラインによる顔出しが必要のないものばかりであることから当然正体は不明だし、これらの理由からアルティメットゲーマーと呼ばれる人物は一人ではないとか、どこかの会社が作ったAIだなんていう憶測もあった。中には賞金や賞品を渡したくない運営が送り込んだ刺客だなんて噂も。
でもそんなこと俺にとってはまったくもってどうでもいいことだった。
俺、九条類十七歳。
職業は学生兼プロゲーマー。
昔からやるからにはどんなことでも極めたい性格で、ゲームもその中の一つだった。
中学生の頃にあったとあるゲーム大会で優勝して、e-Sports公式のジュニアライセンスを取得。
そしてプロゲーマー達の仲間入りを果たした俺にはどうしても勝ちたい相手がいた。それがアルティメットゲーマーだ。
恐らくは、全ゲーマー達の理想。ゲーマーとしての頂点に君臨するその様はまさしく憧れの対象だ。
けれど俺はそんなことこれっぽっちも思いはしない。むしろ憎んですらいる。
中学生の頃、まだプロゲーマーになったばかりの俺はとあるパズルゲームの大会に出た。
パズルゲームはそれなりに得意だったし、優勝は出来なくてもある程度はいいところまで行ける。そんな甘い考えでまともに練習することなくその大会に挑んだ俺はオンラインで参加していたアルティメットゲーマーであろうプレイヤーに大敗した。
それからはアルティメットゲーマーであろうプレイヤーが出現したという情報があったゲームを買い漁っては勝負を仕掛けるというのが俺の日常になっていた。
よくよく考えれば練習もせずに挑んだ大会だ。相手が誰であろうときっと早いうちに負けていた。
そして、高校三年になる今日の今日までの全ゲーム通算戦績1200戦0勝1199敗1引分。いつかこの戦績に勝ち星を刻むこと、それが当面俺の目標だった。
ふと、手元のデジタル時計に目をやる。時刻は朝の8時。
日付は4月2日、月曜日。
「oh・・・・・・」
エイプリルフールは、昨日までなんだよな・・・・・・
そのあと全力で走るが結局遅刻して朝からお説教を受けてクラスの晒し者になった。
「だぁ~つかれたぁ~」
担任の説教が終わり、俺は机の上で項垂れていた。
「おつかれ、朝から大変だったねルイ。はいこれ差し入れ」
机に置かれたのは缶コーヒー、しかし無糖。
「美咲、俺無糖飲めないんだけど?」
「うん、知ってる。だから渡したの」
「ひでぇ!?」
俺のことをルイと呼んだ少女、梶山美咲。
俺が愛用しているゲームショップ「オタサーの姫」の一人娘で幼なじみだ。
ちなみに、ルイというのは中学入学当初に美咲が俺の名前を読み間違えて以降呼ばれるようになった。ちなみに俺がプレイしている数々のゲームのプレイヤーネームがこのあだ名だったりする。
「ひどくないって。下手に砂糖とか入ってても眠気取れなそうじゃん? だから私なりの気遣いだと思ってさ。ほら一気にぐいっと」
「あとで飲むよあとで。そもそも別に眠くねえからな? ただ朝から疲れたなってだけだからさ」
「そうなの?」
「そう」
美咲とはなんだかんだいって長い付き合いだ。
俺が中学生の頃にプロゲーマーのライセンス獲得してから今の今まで俺が購入したゲームは大抵がこいつの所で買ったやつだし、店頭で流れているデモムービーは俺がプレイしたのを撮影したなものだったりする。
「でもさ、目の下にクマ出来てるよ?」
「それは日常茶飯事だから気にするな」
正直な所寝不足か寝不足ではないかと言われたらめっちゃ寝不足だ。ただこの程度ならもう慣れたもの、二徹や三徹くらいならまだ余裕。
「はいお前ら~、席についてくださいよ~」
美咲と適当に駄弁っている間に始業のチャイムは鳴っていたみたいで、いつものように授業が始まった。
授業の最中、寝そうなのをどうにか耐えながらノートを録っているとスマホにメールが。
机のなかで器用に片手でスマホの画面ロックを解除して、メールを見る。
『今日の午後一時頃に喫茶店「陽炎」でまつ』
by.みんなのヒロイン桜坂琴音
「(また桜坂さんか・・・・・・)」
桜坂琴音さくらざかことね、俺が所属しているプロゲーマーチーム「スターゲイザー」の総合責任者みたいな人で、年齢は俺より少し上な程度。
俺みたいな弱小プロゲーマーでも面倒見てくれるいい人なのだが、少々頭が弱いところがある。
その証拠と言わんばかりにメールはまるで時代劇とか古い学園ものにでてきそうな果たし状みたいだ。
「~であるからして~。お、今日はここまでか~。美咲さん挨拶を~」
「はい。起立、礼」
メールを確認している間にいつの間にか終わりのチャイムが鳴っていて授業は終了していた。
今日は授業が午前で終わる半ドンのため各々生徒たちは帰る準備を始めていた。
「ルイ~、今日の昼から暇~?」
「美咲、先生のしゃべり方移ってるぞ」
「そう~?」
どうやら直ぐには元に戻らないらしい。
「わざわざ暇かどうか聞いてきたってことはなんかあるのか?」
「そう~、実は近日発売予定の新しいシュミレーションゲームが今日うちに届くんだけどね~、またルイにデモムービー撮るがてらテストプレイをしてもらおうかなっと思ってさ~」
「マジか! あ、でもダメだ。今日は先約があってさ」
「・・・・・・先約? なにそれ」
しゃべり方が戻り、美咲の顔が少しひきつった。
「そう、先約」
「まさか・・・・・・デートとか?」
「んなわけあるか。知り合いに呼び出されただけだ」
「ならいいけど」
? なんで美咲がそんなこと気にする必要が?
「それじゃまた、出来れば明日とかにお願いねルイ」
「ん、わかったわかった」
「じゃあ私帰るからバイバイ」
そう言って美咲は帰った。
なんか不機嫌みたいだったけどなんかあったのか?
教室の時計は丁度十一時過ぎたところ。約束の時間までまだそれなりにあるし集合場所の喫茶店「陽炎」は俺ん家の近くだから特別急ぐこともない。
着替えとか済ませる為に俺は一度帰宅することにした。
「「あ」」
家に帰ってきて早々に、俺は今世界で一番か二番を争うほど会いたくない人と遭遇した。
「よ、よう千尋・・・・・・」
「・・・・・・チッ、なんだ帰ってたんですか類さん」
露骨な舌打ちに少し呆れる。俺の呼び方が他人行儀なのは相変わらずだ。
「ちょっと用事があるから着替えがてら帰ってきたんだけど、ダメだったか?」
「別に、御自由にしたらいいのでは。私は類さんの動向なんて興味ありませんから」
相変わらず冷たいなこいつは・・・・・・
九条千尋十五歳。
俺の義理の妹で、中学生三年生。
学校では生徒会長を務め、博識洽聞かつ容姿端麗。
俺とは天と地程の差があるパーフェクトな妹だ。
「それでは、私はこの後塾がありますから」
そういって千尋は俺の横を通り抜けて行ってしまった。
昔は素直で可愛げがあったのだが(今も可愛いけれど)最近はどうにも兄である俺を無下に扱ってるというか、邪魔者にしているというか。
なにせ千尋は凄く真面目なため、プロゲーマーという不安定な仕事をしている俺が気に入らないのだろう。
確かにプロゲーマーという仕事はメチャメチャ不安定だ。
結果を残さなければ誰からも見放され、見向きすらされない。
この先ゲームをして生きていくとなればそれなりの実力を証明し続けなければならない。
今の俺にそれが出来ているかと言われると正直な話、とても不安だ。
大会で優勝したのは一回だけ、高校生になってからは精々ライセンスの更新をした程度で、どんな奴なのかすらわかんない存在をいつもいつもバカみたいに追いかけている。
そんな俺を妹は、千尋は許せないんだろうな。
・・・・・・ダメだ、寝不足のせいでどうにも思考が暗くなる。
まだ十二時にもなってないし、少し仮眠でも。いや、今寝たら絶対に起きられない。
俺は、美咲から貰っていた缶コーヒーを思い出した。
「確か鞄に突っ込んであったはず・・・・・・」
鞄の中を調べると「カフェイン増量! 超ブラック!!」というなんともおっかない名前の缶コーヒーが出てきた。よく見ると隅には社畜御用達のとも記されていた。こわっ。
無糖は飲めないけど、せっかくもらったし。
そう思い俺は缶コーヒーを開けて勢いよく飲み干す。
「・・・・・・!! くっそ苦ぇ・・・・・・!」
舌が痺れるような感覚、でもおかげさまで眠気は吹っ飛んだ。
目が覚めているうちにとりあえず身支度を済ませて俺は家を後にした。
覚束無い足取りで地元の喫茶店「陽炎」に辿り着く。
「あ、類くん! こっちですこっち!!」
店の隅にある禁煙席で手を振る女性がひとり、桜坂さんだ。
「桜坂さん随分と早いですね。まだ待ち合わせまで一時間はあるのに」
「それで言ったら類くんもそうじゃないですか」
「なんか時間余っちゃって。早く来ました」
「私も同じ理由です。まあ、早く来たら早く来たでいいでしょう、さっそく本題に移りま・・・・・・」
ぐぅ~
お腹の鳴る音がした。
それもそこそこ大きな音が。
「さ、桜坂さん?」
「アハハ、た、類くんたらお腹空いてたんですねまあ仕方ないですよお昼時ですから」
「いや、今のどこからどう見ても桜坂さんが」
「さあ、類くんお姉さんが何でも奢ってあげますとも。店員さーん、注文お願いしまーす」
必死すぎかこの人。
まあ、確かにお腹は少し空いてるしなんか奢ってもらえるらしいのでとりあえずそのご厚意に今は甘えておくことにしよう。