ファイル.8
暑い日差しが僕に当たる。買い出しに出ていた僕は帰り道にある中古ビデオ屋に寄った。店の前で中古セールと書かれたワゴンを漁りこの暑さを紛らわしてくれるDVDを探した。
「これは……」
掘り出し物を買い事務所に戻る。
「ただいま戻りました。平山さん、ここにDVDレコーダーってありますか?」
「お帰りなさい。レコーダーですか? ありますけど……何か観るんですか?」
彼女は奥の部屋からDVDレコーダーを持って来てテレビに配線を繋げる。そして先ほど買ったDVDを入れ再生する。画面から不気味なBGMと映像が流れ始めた。
「これ……怖いやつですよね……」
そう……掘り出し物とはホラー映画のことだった。
「僕、こういうの好きなんですよ」
「待ってください! 私は苦手なんですよ!」
彼女にも弱点はあった。恐いのが苦手。さすが探偵と名乗っても十九歳の女の子だった。
「暑さも忘れますよ」
興味津々に観る僕とは反対に目を瞑っている彼女。
「あれ?」
映像の途中で止まってしまった。さすが中古品。ディスクが傷ついてたのだ。
「はい! 鑑賞会は終わりです!」
キャーキャーと叫ぶ彼女の姿を見たかったと断念をし、片付けようした。その時ドアが開く。
「こんばんわ……」
入ってきたのは長い黒髮に猫背のワンピースを着た女性だった。
「きゃーー!」
それを見て叫ぶ彼女が後ろにいた。お客さんに失礼だろ。そしてまだ昼だよ。とツッコミをしようとしたがやめた。
「ごめんなさい。驚かせてしまって」
「あ、いえ。こちらこそごめんなさい。とりあえずこちらへどうぞ」
僕は中に入れソファに座らせる。彼女の代わりに対応をし、彼女にはコーヒーを淹れてもらうことにした。
「お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「池田佐和子と申します」
「貞子!?」
「佐和子です」
佐和子さんは彼女の言葉を冷静に訂正した。
「それで依頼は?」
「はい。私は今学校の先生をやってるのですが、その学校で奇妙な現象が起きてて……そこでその現象を解き明かして欲しいと思いここにきました」
依頼を聞き、彼女の方を向く。青ざめた顔をしまるで聞いていなかった。
「はあ……すみません。代わりに僕がその現象を調べますね。詳しくお聞きしても?」
「二階から怪物の唸り声が聞こえたり、私が席を外している間に誰もいないはずの職員室の窓が前回に開いてあったり……」
聞けば聞くほど背中から冷や汗をかいてしまう話だ。
「それはいつ頃からなんでしょうか?」
「夏休みが入った頃からですね。夏休み中も仕事で九時まで学校にいるので。少なくともその日から……」
「分かりました。では、早速現場に向かいましょう。行きますよひらや……」
彼女を呼ぼうとしたが、彼女は首を大きく横に振っていた。
「どんだけ怖がってんですか。ほら、行きますよ!」
無理やり手を引こうとするが、恐怖のためか岩のようにビクともしない。仕方なく彼女を置いて僕らだけで学校に向かった。
「とりあえず聞き込みからします。この時間帯に誰か他の先生方はいらっしゃいますか?」
「さあ? 多分何人かはいると思いますが」
「そうですか」
なんやかんや話をしているうちに学校に着く。ちょうど清掃員のおじさんが花壇に水をあげているのが見えた。
「あの人に聞き行きますね」
僕はおじさんの所に走って行く。
「あの。少しお話をお聞きしてもよろしいですか?」
「お、なんだ?」
「最近この学校で起きている怪奇現象について聞きたいのですが」
「ああ。生徒の中で噂にもなっているやつか。夜中に声が聞こえるとか、そんなやつだったっけな? なんでそれを聞くんだ?」
当然の反応だ。とりあえず自己紹介をする。
「僕はホームズ探偵事務所に勤めている横山と申します。今回の現象を解き明かしたいと依頼があり今回ここに来ました」
「探偵さんか。それならこの怪奇現象を解決してほしいもんだねえ……」
いくつか質問をし、話を聞き終えてはお礼を言って佐和子さんの所に戻った。
「何か分かりましたか?」
「さっき佐和子さんが話した内容とほぼ一緒でした」
「そうなんですね。もしかしたら夏休みが始まる前日にいなくなった川西先生と何か関係があるんですかね……」
「え? それってどういうことですか?」
佐和子さんがぼやいた突然の言葉に驚愕した。
「え? ああ。その川西先生夏休み前の日から連絡も取れないでいるんですよ。何度も電話をしているのですが、全然出なくて。無断欠勤なんてしない先生だったので余計みんな心配してしまって……」
「怪奇現象とか云々前にそっちが先ですよ! ちょっと待っててください!」
僕は携帯で彼女を呼ぶ。
「平山さん? 事件ですよ! 違います。行方不明の方がいるらしいです。はい。待ってますね」
電話をした数十分後に彼女が来た。
「あれ? さっきの人は?」
「一度家に帰ると言っていました。それで平山さんがここに来る間に中にいた他の先生に行方不明の先生の情報を聞いておきました」
彼女にまとめた情報を説明する。
「いなくなったのは川西明里さん。夏休みが始まる前日に無断欠勤。それから連絡を取ろうとするが繋がらず。家に行っても帰って来た痕跡もなし。らしいです」
「え? それだけ?」
説明を終え、最初に彼女が発したのはその言葉だった。
「それだけとは?」
「年齢とか教科担当は何かとか。色々あるでしょうよ」
「すみません。そこまでは……てか、なんか怒ってます?」
「いえ? ではまずは怪奇現象とやらを調べるとしましょう。もしかしたら今回の明里さんがいなくなった理由と何か関係があるかもしれません」
何故かやる気が出ている彼女。
「もしかしたら本当に霊かもしれませんよ?」
「異常現象と結論する前に、通常の現象だと証明できないか調査しなければならないのだよ。ワトソン君」
彼女の後についていき、校舎の中に入って行く。
彼女は一階から二階、二階から三階と上がり、一階に降りてはまた同じように回っていた。
「ぐるぐるしてるだけですよね?」
「いえ? 唸り声の正体が分かりましたよ」
「え? 分かったんですか?」
何周かしただけで分かったと話す彼女。その原因はとても単純だった。
「あの小さい窓がありますよね? あそこが完全に閉まってなくそこから流れる風が怪物の唸り声に聞こえていたのが真相です」
「そんな簡単なトリックだとは……」
「こんなのトリックでもありませんよ」
唸り声の正体がわかったところでいなくなった川西先生を見つけることはできない。本腰を入れないといけなかった。
「あの清掃員に川崎先生について聞きに行きましょう」
「今度は何を聞きたいんだね? あら? 可愛い顔した探偵さんだな」
「すみません。いなくなった川崎先生についてお聞きしたいのですが」
清掃員のおじさんは苦い顔をし答えた。
「川崎先生? すまんな。ここに来てからまだ月日が経ってなくて先生のこと分かってないんだよ」
「そうなんですか……」
彼女は頭を下げる。
「ちなみにその女の先生と怪奇現象は関係あるのかい?」
「え? あ、多分ないと思います。それも含めて私が解決します」
一旦校門の前で状況を整理する。話をまとめたメモ帳をもう一度見た。
「横山さん。気づきましたか?」
突然彼女が僕に問いかけてきた。
「何をですか?」
「……」
何も答えない。その代わりポケットからハンカチを取り出した。
「真珠の指輪です」
確かに指輪がハンカチに包んである。
「これってもしかして誘拐ですか?」
誘拐となれば……と思ったが、彼女がそれを否定する。
「誘拐なんかじゃありませんよ。今夜も恐らくここに来ます」
「誰が……?」
彼女が事務所に向かい歩く。そして何歩か歩き振り返り言った。
「幽霊です」
午前九時。彼女に言われ目立たない格好をし、職員室から見える位置で待機をする。一人でいると結構寂しいものだ。彼女はどこに行ったのか……。しばらく待っていると職員室を覗いている人影が見えた。シルエットからして彼女ではない。だが女性のようだ。佐和子さんか……?
「やはりあなただったんですね。怪奇現象を起こした犯人は」
違うところから彼女の声が聞こえ光が灯される。灯されてその人影の正体がわかった。いや、分からない。
「川西明里さん……ですよね?」
彼女が聞くと女性は小さく頷く。行方不明だった川西明里である。
「あなたはこれを探すために夜な夜な学校に忍び込んでたんですよね? この指輪を」
ポケットから指輪を出し、明里さんに見せた。
「どうしてそれを?」
「お昼にここに来たとき見つけました。恐らくあなたは失くしてしまったこの指輪を探すために探していた。が、運悪く職員室には人がいた。そこであなたは怪奇現象を装い帰らせるようとした。窓を開けたりしてね」
彼女の推理を聞き下を向く明里さん。
「学校を休んだ理由はこの指輪と関係があるんではないでしょうか?」
明里さんが口を開く。
「この指輪は同じ学校の先生である彼氏からプロポーズでもらったものなんです。その指輪を酔ってここに来てしまった時に落としてしまって……。あの人に会わす顔がなくて休んでまでずっと探してたんです」
「清掃員の方も共犯ですね? 」
と、彼女が思いがけないことを言った。
「あの人にあなたのことを聞いた時知らないと言っていました。ですが『あの女の先生』と、知らないはずのあなたの性別を当てていたのでそうではないかと思ったのですが」
「はい。一日目にバレてしまいました。ですが協力してくれると言ってくれて、校内に何人いるとか教えてくれて……」
実にくだらない。呆れた顔をする彼女。
そして、このくだらない事件は鳴るはずもないチャイムともに幕を下ろした。
「この世に怪奇現象なんて存在しないんですよ」
僕はコーヒーを飲む彼女を見ながらDVDレコーダーを漁っていた。
「何やってるんですか? 横山さん」
「この前のを観ようかなと……」
ディスクを入れ再生ボタンを押す。しかし、映像は流れない。
「完璧壊れましたね。はい終わり! 早くしまってください!」
「観たかったのにな……」と二人は飲み干したコーヒーカップをキッチンへと置きに行った。
「そういえば、佐和子さんから連絡こないですね」
「確かに。まあいずれ来るでしょう」
と、笑いながら話す二人とは別にコンセントを切ったはずのテレビから不気味な笑い声と髪の長い女性が映像に流れ始める。
『こんばんは……』
この声は二人には聞こえなかった。