ファイル.7
「はあ……」
事務所の中で大きいため息をつき掃除をする。
「どうしたんですか横山さん。そんなため息をついて」
「いやあね。朝の占いで最下位だったんですよ。それで落ち込んでしまって」
僕の答えにぽかんと口を開けていた彼女を見て、そんなことかよと言いたげな顔をしていた。
「そんなことで……」
予想していた反応だ。
「そんなこと言わないでくださいよ。僕だって信じてなかったんですが、今日の朝から信号は全部引っかかるわ野良犬に噛まれるわ、見てくださいこの足」
そう言うと僕は彼女に朝に噛まれた痣を見せた。
「それは災難でしたね……。まあ所詮占いは占い。言葉遊びみたいなものです」
「平山さんは信じない人ですか?」
「ええ。私はそういう眉唾のようなものは信じない主義なので」
彼女はコーヒーを淹れにキッチンへと入っていった。
「眉唾ねえ……」
そう呟いたと同時に扉が開く音が聞こえた。
「あの……」
「ようこそホームズ探偵事務所へ!」
キッチンから聞こえる彼女の声は酷く弾んでいた。
「相談があってきたんですが……友達を助けてほしいです」
僕は中にに案内をし、ソファに座らせる。カップを二つテーブルに置いた彼女は早速以来を聞いた。
「名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「森羽田瑞穂です」
「瑞穂さんですね。それで相談とは?」
「私の友達……最近占いにハマってしまったんですが、その占い師が悪徳業者で……」
話を聞いた直後、彼女は僕の方を向き睨みつけていた。
「なるほど。例えばどういった例が?」
「はい。霊から守る〜とか、お金持ちになれる〜とかそんなありもしないことを言っては高額でアクセサリーを売りつけてるんですよ」
そう言うと瑞穂さんはチラシをテープに置く。ある占い師の特集だった。
「この人は相模狂四郎。業界では有名な占い師なんですが、やってることがとても最悪な人で……」
その顔には見たことがあった。いや、名前も見たことある。朝の占いコーナーで彼がその占いを提供していたからだ。
「いわゆる信者ってやつですね……。森羽田さん。一度その友達に会わせてもらえないでしょうか?」
彼女の突起な言葉に僕と森羽田さんは口を開けてしまっていた。
「ここです。ここが友達の家です」
指を指しその方向を見ると、小さなアパートがあった。
「ここの二階の右端が友達の部屋になります」
階段を登りその部屋の前に来る。かすかではあるが、部屋の中から不気味な音楽が聞こえてきた。
「美咲! 私! 瑞穂だよ! ここ開けて」
ドアを叩く音が中から聞こえる音にかき消されて美咲と呼ばれる人には届いていなかった。
「無理矢理開けるしかなさそうですね」
「強行突破は……」
僕の心配と裏腹に彼女はポージングをし始める。
「せいやあーー!」
そして彼女の雄叫びと共にドアを殴ろうとするが、同時にそのドアが開く。
「うるさい……」
出てきたのは髪がボロボロになり、落としてないメイクをした女性だった。
「美咲! 心配になってきたんだよ? 中に入れて」
無言の状態で美咲さんは僕たちを中に入れた。中に入るとカーテンは閉まりきっており、テーブルの上には多数のアクセサリーが置いてある。恐らくあの占い師に買わせたのだろう。
「今日の占いで人と接すると運気が上がるって、だから入れただけだからね」
「占いって……いつからそんな風になったの?」
「瑞穂? 私はいつだって狂四郎先生を信じる者よ? あの人の占いは当たるわ」
美咲さんの目は本気だった。僕たちはそれをただ見るしかなかった。
「このアクセサリーはね、私の中に眠る才能を引き起こしてくれる物。これはね……」
見せてくれるのはいいが、どれも安物と思われるばかりの物だ。美咲さんはどれだけのお金をこれに費やしたのだろうか。
「お願い! もうやめて!」
瑞穂さんの言葉は届かない。目をそらしたその先にある本が置いてあった。
「これは?」
僕はその本を手にし聞いた。
「これはね。私も占い師になりたいって言ったら狂四郎先生が私に売ってくれたの。これで私も一流の占い師になれる。そうだわ! 私があなたたちを占ってあげる」
そう言うとテーブルの上を片付け妙な水晶を代わりに置き始めた。
「まずはあなた。あなたの今後の人生を占ってあげるわ」
「いえ、私を占ってください」
彼女が後ろから出てくる。彼女が椅子に座り名前と生年月日を告げる。
「平山さんね。出てきたわ。あなたは仕事を忠実にこなす方ね。しかしそれは仕事面だけ。プライベートではドジを踏みやすい性格。大勢にいたいが、時々一人になりたい。極度の寂しがり屋と出てるわ」
当たってるとはいえば当たっている。占いは確かに本物だ。と思ったが、彼女が笑いながらその言葉に返し始める。
「大体は当たっています。ですがそれは誰にも当てはまるもの。例えば私があなたを占いだと言って、私自身の性格を言っても当たってると錯覚させられます。バーナム効果ってやつです。それでもあなたは占い師と言えるのでしょうかね? こんな信憑性のない占いで」
彼女の顔は、いつもとは違いこわばっている。こんな彼女は初めて見た。
「狂四郎先生からもらったこの占いの能力を侮辱する気ですか。いいでしょう。信じるも信じまいもあなたの自由です。ですがこれがあればあなたは輝かしい人生が待っています。あなたにこれを売りましょう。この幸運を呼び起こすネックレスを。一万でお譲りいたします」
美咲さんはネックレスをテーブルに置く。誰でも作れそうな造りをした物。ギロッと見た彼女の顔はそのネックレスを壁に投げつけた。
「これは重症ですね。あなたが信ずる者に会わせて頂けないでしょうか? とても興味が湧いてきました」
「ふふ……いいでしょう。瑞穂の友達ではなければ追い返してました。今から狂四郎先生に会わせます」
「おやおや。これは可愛い顔をした人たちがゾロゾロと……」
美咲さんに連れられた場所は、某事務所の一部屋。ドテンと構えていたのはテレビや雑誌で見たことのある相模狂四郎だった。
「あなたがしていることはとんでもない悪徳です。占いでお客さんをどうこうすること自体は別に構いませんが、変なアクセサリーを売りつけるのは話が違うと思います」
「ふふ。信じるものは信じる。買いたいと思う人がいるからそれを売っている。ただそれだけです。ですがこのアクセサリーは確かに力を宿っています。私自身もこれを着けてるからこそ今の自分がいるのです。幸運を人に与えるのは良くないことなんでしょうか?」
笑いながら僕たちを見る彼は、違う意味でなにかに取り憑かれているのではないかと思ってしまった。
「そこまで言われると私の威厳も保てませんからね。どうでしょう。二日後に私のセミナーがあります。そこで白黒ハッキリしようじゃないか。私の弟子が集まる前で」
「分かりました。私たちが勝てば今までの悪徳商売はやめて頂きますか?」
占い師と探偵の対決。二人は睨みつけ黙っていた。
「悪徳とは失礼だ。私の占いは必ず当てる。ここに名前と生年月日を書きな。あなたの過去を占ってみようじゃないか」
彼女は言われた通りに名前と生年月日を書く。「いいでしょう」と狂四郎が確認をし、三人は部屋から追い出された。
「平山さん! あの占い師に勝つ方法はあるのでしょうか?」
心配をする僕を見て彼女は笑いながら言った。
「ないですよ?」
二日後。不安と心配が混じり合う気持ちの中、決戦の日が来た。彼女は自信満々な顔で会場に歩くが、二日前の言葉を思いだし益々不安が大きくなってきた。
「あの……平山さん? 本当に大丈夫なんでしょうか? こればかりは勝てない気が……」
「大丈夫ですよ。策はありますから」
「は、はあ……」
そして会場「波紋の会」に着く。
「あなたは人が良すぎるところがありますね。上司の言葉に中々断られないと占いには出てるよ」
ステージには相模狂四郎とその弟子が用意された椅子に座りテレビや雑誌に出てくる水晶玉が置かれていた。
「その通りでございます先生! 断りづらくて……」
「休日は……なんでしょうかこれは?」
「あ、はい。休日は鬱憤を晴らすため一人でカラオケに……昨日も行ってきました」
「ふふふ……分かってますよ。最近喉の調子も悪いようですね。もしかしたらこれは病気の前兆かもしれません。しばらくはカラオケには行かない方がよろしいかと。二年間は悪い霊が取り付くと占いに……」
狂四郎の言葉一つ一つに歓喜の声をあげる弟子たち。前席で彼女と僕。そして美咲さんが座っていた。
「私にかかればここにいるあなた方の人生を占うことができるのですよ。さあステージに上がってきな可愛いお嬢さん」
狂四郎が会場全体に聞こえる声で僕らをステージに上がらせる。
「この子たちはね。私の占いにケチをつける愚か者たちなのです。ここで私の占いが本物か証明しようではないか」
ブーイングの声が会場に響き渡る。アウェイなこの状況をどう覆すのか。
「お嬢さん。まずは聞かせてもらうか。私の占いに異論する理由を」
「はい。例をとって先ほどの男性の話を元にお話しいたします。上司に断らないのは部下として当然のこと。休日のカラオケも同じです。あなたはさも自分が言い当てたように言っていましたが、その前にあの男性は自分で言っていました。頻繁にカラオケに行けば喉の調子も悪くなります。現にあの方はガラガラ声でしたし。その様に会話で相手の情報を知り、自分が当てたかの様に錯覚させる。『コールド・リーディング』という話術です」
彼女の異論。狂四郎はただ笑って黙っていた。
「私はそんなコールドなんとかという子どもじみたことはしてないですよ。あなたの話はそれだけかい?次は私の番だ。あなたを占ってみましょう」
狂四郎は水晶玉を使い 彼女を占う素振りをする。会場は静かな沈黙が続いた。聞こえるのは壁に飾ってある時計の針の音のみ。
「ふう……。性格は省略します。その前にあなたの過去を言い当てた方が効果が分かりますからね。あなたは隣町にある酒屋の娘として産まれる。三歳の頃に両親が離婚をし、母親共にこの町に来た。やがて母親は違う男と結婚。家庭に馴染めずにいたあなたは一人ぼっちだった。が、ここ最近実の父親と再会したらしいですね。それも病院で。父親は重い病を患い今も尚入院している。私が占えたのはここまでです。どうですか? 合ってるでしょう?」
占いというよりも僕は彼女の過去を知ってしまった事に驚きを隠せずにいた。まさか彼女が……平山さんがそんな過去を持っていたとは……。
「それは私のオーラか何かを見て知った事なんでしょうか?」
「当たり前だろう? 今あなたのオーラを見て知った情報ですよ?」
どういう事だろうか。まさか彼女……。
「それは私の過去ではありませんよ? 狂四郎先生」
「何を言ってるのだ! 負け惜しみを言うんじゃない! 森羽田瑞穂!」
シーンとする会場。しかし僕だけが分かってしまった。狂四郎が今言った名前は彼女の名前ではない。
「私はそんな名前ではないですよ。本当の森羽田瑞穂はそこに座っています」
彼女が指を指したその先に瑞穂さんが座っていた。あの時、名前を書いた時に彼女は瑞穂さんの名前を書いたのだ。
「そう……事前に相手の情報を調べそれを言い当てる話術『ホット・リーディング』です。瑞穂さんの身辺調査をあなたとあなたの一番弟子がしていたことは調査済みです。あなたは確かに私を見て過去を言い当てた。何故分かったのでしょうか? 瑞穂さんの過去を。これであなたがインチキ占い師だと証明されましたね」
驚愕な顔をする狂四郎。今まで歓喜な声を上げていた弟子たちの声はブーイングに変わっていった。
「あなたが本当の占い師だと言うなら、今度はあなた自身を占って見てはいかがでしょうか?」
会場に出ると美咲さんが立っていた。
「心配をしてくれてありがとうございます。おかげで目が覚めました」
「お礼を言うのは瑞穂さんにしてください。私はただ、あのインチキ占い師がやってる事が気に食わなかっただけです」
そう言うと彼女は頭を下げ歩いていく。僕もその後について行った。背中から美咲さんの泣き声が夕日をバックに聞こえてくる。
「まさか、瑞穂さんの名前を書くとは……。てっきり平山さんの過去がしれたと思いましたよ」
「瑞穂さんには悪いことをしました。大衆の前で知られたくない事を……」
どうであれ結果は良かったんだと自分に言い聞かせたように話す彼女。
「平山さんは本当に占いが好きじゃないんですね」
「運命という奴は探偵の私でも本当に訳が分からないものです。これから先、何か良いことがない分には人生なんて悪い冗談ですよ。ワトソン君」
笑いながら話す彼女はやはり探偵なんだと改めて思った。
探偵を始めた理由は何なんだろうか。ふと考えてしまった僕は、思わぬ形でそれを知ったことはまだ先の話だ。