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未成年女探偵の一息な時間  作者: 中川夏希
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ファイル.4

いつもと同じ時間に事務所に着いた僕はいつもとは違う空気に気がついた。

「では、調査が終わり次第そちらに連絡しますね」

「お願いします」

僕が来る時間よりはるかに早い時間にお客さんが来てたようだ。僕とすれ違いで出て行くお客さん。

「おはようございます。こんな時間に早いですね。お客さんが来るのは」

「横山さんおはようございます。八時に来たんですよ。お子さんを幼稚園に送った後こちらに来たそうです」

話を聞けば彼女は昨日の夜看板を下げるのを忘れ寝てしまったらしくその次の日の朝、看板を見たあのお客は営業していると勘違いをし事務所を訪れたようだ。

「寝起きなのでまだ寝間着姿なんですよ……着替えて来ていいですか?」

寝間着といった服はモコモコしていて触り心地がとても良さそうだ。僕は彼女の要望に了承して、彼女が支度をしている間掃除用具の場所を聞き、掃除と朝のコーヒーを淹れることにした。バタバタと奥の部屋から聞こえてくる。

着替えが終わった彼女はいつも通りの格好をしていた。

「寝間着の平山さんを見れて今日はラッキーです」

「今日はアンラッキーですよ。お恥ずかしい……」

そう言いながら彼女はカップを手にして気持ちを落ち着かせていた。

「それで、あのお客さんはどういう依頼できたんですか?」

「最近旦那さんの行動が変なので調査してほしいとのことですよ」

浮気調査か……探偵らしいといえば探偵らしい。

「怪しい人ほど、実はいい人だったって事もありますし一応依頼は受けましたけど、横山さん」

「は、はい」

いきなり呼ばれ声が裏返ってしまった。

「今回の依頼、横山さんが担当してくれませんか? 私は別の仕事があるので」

「別の仕事ですか? まあいいですけど……」

彼女の言う別の仕事とは何か聞こうとしたがやめた。

「ここにあのお客さんの情報が書いた紙置いときますね」

テーブルには細かく情報が書かれた紙があった。それを上から読み上げる。

「佐原愛美。年齢は三四歳……三四歳には見えなかったな。既婚者で四歳の娘が一人と十八歳の息子が一人。旦那は会社の平社員ね……」

彼女に他に情報を聞こうとしたが、彼女の姿はなかったことに気がついた。

「どこ行ったんだろ? まあいいや。えっと……」

仕方なく僕は住所を元に愛美さんの家に向かうことにした。


午後二時。着いた家は、ごく平凡な一軒家だった。インターホンを鳴らししばらくすると愛美さんがでてきた。

「あの……ホームズ探偵事務所の者なんですが」

「あら? あなたはさっきの……どうぞ」

周りを見渡し観察をする。普通の家庭だと分かり、安心をする。

「今お茶を出しますね」

愛美さんはキッチンに向かった。五分もしないうちに温かいお茶が出され、それを飲む。ひと段落したところで本題に入った。

「もう一度依頼の内容を教えいただきませんでしょうか? 平山さんにある程度は聞いたのですが、間違った情報がないか確認のため……」

手にメモ帳を取り出し聞く姿勢をとった。

「わかりました。主人が最近様子が変といいますか……私に隠し事をしてるようなんです」

「隠し事ですか? 例えば?」

「私たちが寝る時間帯に会社から帰ってきたり、朝は逆に私たちが起きる前に家を出たり……。私の顔を見ない日が続いてるんです。話しかけても二つ返事ばっかだし……」

「なるほど。それで怪しいと思ったあなたは事務所に来たのですね。分かりました。何日間かその時間帯に旦那さんを尾行し、真相を暴きましょう」

少し得意げな顔をした僕を見て愛美さんは笑った。

「ふふふ……。ありがとうございます」

話をしているうちに家のドアが開く音が聞こえた。

「おかえり竜也」

「お邪魔してます」

息子が帰ってきたようだ。挨拶をするが、竜也君は無視をし二階へ上がっていった。

「すみません。まだ反抗期が終わってないようで……息子も最近ああなってしまって……」

「大丈夫ですよ。家族の方には適当に言っといてください。調査がバレたらまずいので……」

そう言い伝えをし家を出た僕は一旦事務所に戻ることにした。

事務所に戻った僕は彼女が帰ってきたことに気づき、今回の調査について報告をする。

「今行ってきました。今夜から調査しますが、平山さんはどうしますか?」

「今回は横山さんに任せます」

分かりましたと一言言いソファに腰掛ける。彼女もソファに座りコーヒーを飲んでいる。お互い無言が続き、事務所に聞こえてくるのは時計の針が動く音だけだった。

「あの……」

静寂な空間が嫌だったのか、僕はつい彼女に声をかけてしまった。

「はい」

彼女は二文字の言葉で返してくる。

「平山さんはなんの仕事をしているのですか?」

「なんのって……見ての通り探偵ですよ?」

「そうじゃなくて、今やってる仕事ですよ。他からも依頼がきたんですよね?」

「ああ……依頼じゃないですよ。私個人的な事ですので気にしなくていいです」

冷たい言葉に肩を落としてしまう。気にしなくていいと言われ気にしてしまうのが人間の性だ。とは言ってもこれ以上聞くと彼女の機嫌を損ねてしまうので話を終えた。

「そういえば、佐原さんに平山さんの一個下の息子さんがいますよね?知り合いですか?ここからも近いし」

「さあ? 佐原という名字の方は知りません」

「……」

今日の彼女はいつもと違う。依頼もそうだが、彼女のことも調べてみる必要があった。

「あれ? 平山さん、いつも使ってるカップは?」

「たまには違うカップでも使おうと思いまして……」

彼女は立ち上がりキッチンにカップを下げに行った。やはり彼女の態度はいつもとは変わり変だった。

「そうなんですね。てっきり後輩かと思いました」

「もし私の知り合い、あるいはその関係者が依頼してきたとしても、その人たちの身分と関係なく引き受けます。それが探偵というものです。もっと言えば私が興味あるのは依頼者ではなく依頼そのものなんです」

彼女は気がついたようだ。今回の依頼を僕に任せたのはあの息子と彼女がなんらかの関係を持っており、それに関与したくなく僕に頼んじゃないんかという考えに。だが違った。理由は他にもあるのか……僕は少ない知識で可能性を探し始めた。

「あまりプライベートに足を踏み込まないようにしてください」

少々怒り気味に言った彼女は事務所を出て行く。

その日の深夜。旦那の不自然な行動を探るべく家に向かった僕はあることに気がつく。

「旦那の顔知らないや……」

家に入る人が旦那だと考えた。それから二時間後の午前一時。男性が一人家に入って行くのを見た。

「あの人が……」と、しっかりと顔を記憶した僕は朝まで自分の家で寝ることにし、尾行を後にした。

朝の四時。仮眠を終え、佐原家を見張っていると朝早くから昨日家に入った男が出てきた。

「おいおい……まだ四時だぞ」

彼の後を追うことにした僕は勘付かれないよう慎重に後ろについて行く。しばらく歩くと、旦那はアパートに入っていった。

「まさか……本当に浮気?」

それから出勤時間が過ぎた午前九時。旦那はアパートから出てくることはなかった。するとポケットに入っていた携帯から音が聞こえてきた。電話だった。

「もしもし。平山さん? おはようございます。今ですか? 佐原さんの旦那さんを尾行しています」

相手は彼女からで九時になっても来ない僕を心配をし電話をかけてきたようだ。

「すみません。言ってなくて……そんなに怒らなくても」

電話の向こうで怒り気味に話す彼女。

「はい。今から帰ります。これ以上進展ないでしょうし」

電話を切り事務所に向かった。

「ただいま戻りました」

事務所に入ると頬を膨らませ仁王立ちをしていた彼女がいた。

「横山さん! 連絡してください!」

「すみません。そんな怒らないでくださいよ」

「横山さんに……何かあったんじゃないかと思いました……」

悲しげな顔をする彼女。

「すみません……」

それを見てもう一度謝った。やがて落ち着いた彼女は僕にコーヒーを淹れてくれた。

「それで、何かわかりました?」

「朝四時に家を出た旦那さんはアパートの一室に入って行きました。それから今の時間帯までずっとその部屋にいました。もしかしたら本当に浮気かもしれません。あの部屋に他の女性がいるとしか考えられません」

報告をすると彼女は考え込み言った。

「ちゃんとした判断材料もないのに推論をたてるのはよくないことだよワトソン君」

「ではこれはどんな真実があるのでしょうか?」

聞くと彼女は僕を見て笑った。

「その家を張り込んでみてください。きっと真実がわかってきます」

そう言って彼女は奥の部屋へと入っていく。可能性として他の女性があのアパートにいるとしか今の僕の頭にはそれしか考えつかなかった。

その日の晩に例のアパートの前に行った。行った矢先にドアが開き旦那が出てきた。鍵をかけ家へと向かった旦那を見送り、その後で思い切ってあのアパートの部屋を訪れることにした。

「もしかしたら……」

階段を一段、二段と上がる。コツコツとする音が、僕の心臓と連動していた。部屋の前に着きチャイムを押そうとした。

「そこまでです。横山さん」

インターホンと指の間が数センチのところで後ろから呼ばれた。そこにいたのは彼女だった。

「平山さん……どうして?」

「あなたの後ろをついていました。行動としては良いと思いますが、それ以上足を踏み込んではいけません。忠告したはずです」

「あの言葉はあなたに対してじゃ……」

「そんなことどうでも良いです。せっかく寝たのにあなたのチャイムで起きたらどうするんですか?」

意味が分からなかった。寝たのに……?

「どういうことですか?」

訳を聞いてみた。すると彼女は僕を横切り近くの花瓶に指を指す。

「これを見てください。花が枯れています。ここに住んでいる人の物でしょう」

言われた通り花は枯れている。だがそれが何の理由なのかは分からなかった。

「ドアの前の花は綺麗に咲いてあるのにこの花だけは枯れています。ここに置いた本人が忘れるわけがありません。花に水を与えてるのはあの旦那さんです」

「言われてみればそうかもしれませんが、それと今回と何の関係が?」

僕の問いに無視をし話を続けた。

「この花といい……いつも来る時間と帰る時間を考えると出て来る答えは一つ……」

彼女は切ない顔をし僕を見る。

「まさか……」

「はい。この家にいるのは旦那さんの母親だと思われます」

彼女の推理はこうだった。何かの病気になった母親を息子である旦那が毎日介護をしに家に来ていた。起きる前の時間に来ては朝の準備、寝かせた後に家事などを済ませ帰るためにあの時間帯に帰宅するんだと。孫である竜也君にも時々手伝ってもらっているが、奥さんである愛美さんにはこの事を秘密にしているため、バレないよう会話をしないようにしていたと。

「何故秘密にしなくちゃいけないんでしょうか? 義母なら愛美さんにも介護をしてもらった方がいいかと思います」

「余計な心配をかけさせたくないんじゃないでしょうか。まだ小さい娘さんもいて、これ以上負担をかけさせないよう旦那さんは秘密にしてるのかと思いますよ。母であり妻でもある愛美さんへの不器用な愛です」

そう言うと彼女は階段を降りていく。僕も後をついて行くが妙に彼女の背中は寂しく感じてしまった。

「愛美さんにどう報告した方がいいでしょうか?旦那さんの気持ちを伝えるのはダメですし……」

「いずれはバレてしまいます。どんな嘘を並べても真実はいつか明白になりますから。その時まで待ちましょう。私たちはその日まで待つしかないのです」


それから数日後に愛美さんから連絡がきた。

「そうだったんですね。よかったですね浮気じゃなくて……はい。すみません何も力になれなくて……今回の依頼料は結構です」

受話器を置き、僕は彼女に報告をする。

「問いただしたら白状したそうです。案の定愛美さんも介護の手伝いをすると言っていました」

報告し終えるとそうですかと笑って本を読む彼女。手にとって読んでいた本はもちろんシャーロックホームズだった。

「ところで……なんで平山さんこの前機嫌悪かったんですか?」

今でこそ追求しようと聞いてみた。その答えは実にくだらなかった。

「実は、私が前まで使っていたカップを落として割ってしまったんです。大事にしてたのでそれで落ち込んでしまって……なのでそれと同じやつを買いに隣町まで買いに行っていました」

「ぷっ……ははは!」

つい笑ってしまった。

「何笑ってんですか! 本当泣きそうになるぐらい悲しかったんですからね!」

それと対に怒りだす彼女。今日も平和な1日が続きそう

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