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未成年女探偵の一息な時間  作者: 中川夏希
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ファイル.3

「ひとをさがしてほしいです」

小学生ぐらいの可愛い顔をした男の子が豚の貯金箱を片手に事務所に来ていた。

「えっと……誰を探せばいいのかな?」

「好きなひとです」

「す……好きな人……?」

「ぶっ……」

いきなりの依頼に驚く彼女とつい笑ってしまった僕を見て男の子はむすっとした顔をしていた。

「ぼくは本気なんです。依頼者の依頼をばかにするとかなんですかあなた」

「ごめんね。それで、好きな人って誰を探せばいいのかな?」

男の子はランドセルから紙を取り出しテーブルに置く。

「これはぼくが描いた絵なんですけど、この人をさがしてほしいです」

男の子と少しの背の高い女の子の絵が描いてあった。

「これは前にぼくの夢のなかに出てきてそれを思い出して絵を描いたんですけど、絶対このひとは運命のひとなんだと思いました。さがしてください」

「これだけじゃね……それに夢の中に出てきた人が実在するとも……ねえ?」

僕は突然に話を振られ戸惑ってしまった。えっと……と、言葉を詰まらせてしまう。

「お願いします! もしさがしてくれたらぼくの全財産あげます!」

真剣な顔をした男の子を見て何も言えなくなってしまう。

「分かりました。まず名前聞いてもいいかな?」

「中島智です」

さとし……? 僕と同じだった。

「智くんですね。その夢の話もう少し聞いてもいいですか?」

「はい。すごい覚えています。まず大きな家にぼくとその女のひとが遊んでいました。ふたりで遊んでると突然場面が変わって気がついたらパパとごはんを食べていました」

「なるほど……」

妙に考えている彼女を見て僕は不思議に思ってしまった。夢の話を聞いてもなにも情報が得ることができていなかったからだ。

「あの……ぼく今から塾に通わなくちゃいけないから帰ってもいいですか?」

「あ、うん。明日また時間があった時来てもらってもいいかな?お姉さんずっとここにいるから」

時計を見ると既に四時半を過ぎており智くんはランドセルを持って帰って行った。見送った後に彼女はソファに腰掛け膝を折り曲げ体を丸めていた。いつも考えるときはこのポーズをとる。

二十分後。突如彼女はソファから飛び降り冷蔵庫からチョコレートを食べ始める。

「何か分かったんですか?」

「ん? あ、全然分かりません。お腹が空いただけです」

どうやら彼女は空腹を我慢していただけだった。はあ……とため息をついた僕もチョコレートを頂くことにした。

「子どもの依頼ですからね。あんまり本気にしない方がいいですよ」

「なにを言ってんだねワトソン君。小さいだろうと大きいだろうとここに来たらみんな依頼者だ。悩みを抱えてる人に年齢なんて関係ないのだよ」

「またホームズの言葉ですか?」

「私の言葉です」

聞く限りじゃ解決しそうもない話に呆れ僕は帰ろうとする。

「帰る前に横山さん。あの子の身辺調査調べてもらってもいいですか?」

棒状のチョコレートを口に咥えながら彼女は要求してきた。はいはいと答え事務所に出て行く。

彼女に言われた通りに、智くんの家族関係、小学校、友だちなどを調べた。なにも普通の子どもじゃないかと呟きながら……。

次の日。事務所に入ると、ソファに智くんが座っていた。

「あれ? 今日学校はどうしたの?」

「今日は開校記念日でお休みらしいんですよ」

黙り込む智くんの代わりに彼女が話す。

「そうなんですね。で? なにやってんですか?」

テーブルの上には昔流行ったボードゲームや、トランプが置いてあった。

「遊んでたんですよ。どうですか? 横山さんも遊びませんか?」

「は、はあ……」

僕もソファに座りゲームに参加する。

「そういえば智くんって休みの日とか何してるの?ご両親は?」

「いつもひとりで遊んでますよ。パパも仕事が忙しくていないし、お母さんも……」

友達は?と聞こうとしたが、彼女に口を手で塞がれた。

「そうなんだね。じゃあ早くその好きな人に会って遊んでもらおうね」

ウィンクをしながら言う彼女だったが、何か策はあるのか不安だった。

「うん!」

ニッコリと笑う智くんはトートバッグから絵の描いた紙を彼女に渡す。

「昨日また描いたんだ! これはぼくでこの人がぼくの探している人! それでこっちは前に飼っていたねこ!」

夢に出てきたものを絵に描いてくれたそうだ。その絵を見て彼女は悲しげな顔をしていた。

「智くん、これからちょっとお姉さん達出かけなくちゃいけないから今日はもうバイバイしようか?」

「え、うん……わかった。バイバイおねえさん」

智くんが帰っていく。その後ろ姿を見ながら彼女が言った。

「あの子はとても優しい子ですね。私はああはなれない」

その言葉の意味を理解することができなかった。さて……といつもの顔に戻った彼女は腕を後ろに組み、いつもの謎解きの時間が始まった。

「あの子が持ってきたこの二枚の絵を見てください。どれもあの子より背の高い女の人が書かれています。後ろの家も同じ一軒家。これがもし夢の中ではなく記憶だとしたら?」

「記憶……ですか?」

「その絵と先ほどのあの子の会話でわかりました」

「会話で?」

「はい。母親の呼び方ですよ。父親には『パパ』と言っていたのに母親には『お母さん』と言っていた。おかしくありませんか?」

「呼び方なんてその人の自由なんじゃ? 現に僕だって親父とお母さん呼びだし……」

「そういえば調べてくれましたか?」

話が変わり昨日の調査を聞いてきた。

「あ、はい。智くんの両親なんですが、父親は警察官でバツイチです。智くんの母親は普通の専業主婦ですね。友達に関してなんですがあまり誰かと遊んでるところは目撃されてないそうです」

「父親がお堅い仕事に就いてると思いましたがまさか警察官だとは……」

「なんでわかったんですか?」

「智くんがあなたにする態度ですよ。スーツを着ているあなたと父親が重なったのでしょう。だから妙に冷たいことに違和感を感じました」

「それだけじゃ……」

「これからはもう少しラフな格好してきてください」

「……」

注意を受け黙り込む。

「では、そろそろ出かけます」

「どこに行くんですか?」

「あなたはここにいてください。ちょっと私的な用事で。留守番お願いします」

ふらっと出かけた彼女。事務所に一人残された僕は一息つこうとコーヒーを淹れにキッチンへと向かう。

「それにしても……随分沢山本あるなあ……」

本棚にはシャーロックホームズや明智小五郎、ポアロなど数多くのミステリー小説が並んでおりそのうちの一冊を手にした。

「シャーロックホームズ最後の事件……」

読んだことはなかったが、話は分かっていた。ホームズが自らを破滅してまで宿敵のモリアーティ教授を悪事を止めようとする……だった。パラパラとページをめくっていると、一枚の写真が床に落ちた。

「本に挟まっていたのか……」

その写真に写っていたのは彼女らしき女の子と、その親だと思われる男性と女性が写っていた。

「平山さんの家族写真かな?」

写真を本に挟み、戻す。そういえばあの子のことをなにも知らなかった。今度帰ってきた時聞いてみようと思った直後に彼女が帰ってきた。

「ただいま戻りました。早速智くんの相手に会ってきましょう」

帰ってくるなり早々と僕を引き連れある場所に連れて行った。

電車に乗り継いで着いた場所は墓場だった。

「まさか……」

「ええ……そのまさかです」

絶句してしまった。こんな真実があるなどと……と思っていた矢先、一人の女性が前から来た。

「待っていました。あなたが智くんの母親の……蓼丸彩香さんですね」彼女はその女性に言った。

「あなたたちは……」

状況が読み込めてなく、僕は口を開けていた。

「ホームズ探偵事務所の平山です。あなたの息子の中島智くんに依頼されあなたを探しに来ました」

「智が……?」

「あなたは智くんがまだ小さい頃に父親である中島隼人さんと離婚。旧姓が珍しかったので調べやすかったです」

「どうして息子だと……」

「それは智くんが描いたこの絵を見て分かりました。後ろに書いてあるこの家は二つの煙突とその隣に黒い箱のようなものが描かれています。それでピンときました。この黒いのはお墓のことだと。多分最後に智くんを連れてここに連れてきたんじゃないでしょうか?その記憶が今でもあり、そして夢に出てきたんです。その記憶の女性があなただと分からないまま……智くんは好きな人と勘違いをしてね」

「そうだったんですね。智が私のことを……。でももう会うことはありません。智が産まれる前から私はここで働いていました。その後智が産まれ、仕事に復帰したんですが、段々ストレスが溜まってしまい智に当たってしまってたんです……私はダメな母親でした。私たちは離婚し、別れる前にとここで智に私の働いてるところを見てほしかった。もう四年前のことですよ? そんな遠き記憶が……まだ智の中にあっただなんて……」

智くんの母親はその場で泣き崩れてしまった。それを見た彼女は側に近づき母親の背中をさすっていた。

「小さくてもあなたの子供には変わりありませんよ。嬉しい記憶は今も智くんの心にあります。好きな人を探してほしいって貯金箱を持ってあなたを探していた意味が分かりますか?」

「意味ですか?」

「智くんの好きな人は母親であるあなたなんですよ。もう一度智くんに会いに行ってあげてください」

彼女の言葉で智くんと母親は救われた。僕はそんな風に思った。

何日か経ったある日。僕が事務所に出勤すると、壁に一枚の紙が貼ってあった。

「あれ? ここにあった貯金箱は?」

「ああ、あれ返しましたよ。小さい子からお金を取るなんてことしたくありませんし。さて横山さん、美味しいコーヒーを淹れてくれると嬉しいです」

僕はキッチンに向かいコーヒーを淹れる。

「智君、好きな人が見つかったって喜んでました。きっと智君も心の中で分かってたんでしょうね。好きな人がお母さんだって……」

にしても……と僕はコーヒーを飲みながら言った。

「おじさんはないだろ……俺まだ二十三歳だぞ……」

女性と男性と男の子の絵が描かれており、その下には「おねえさん、おじさんありがとう」と書いてあった。

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