ファイル.10
秋の夕暮れで染まるこの空の下。僕と彼女は紅葉を見に近くの公園に来ていた。
「凄い綺麗ですね。平山さんってこういう景色見るの好きなんですか?」
「はい。時々自然を見て気持ちをリフレッシュさせてるんです」
ヒラヒラ落ちる落ち葉を見ていた彼女の横顔はまるで新しいものを見てはしゃぐ子どものようなだった。
「たまにはゆっくりするのもいいですね」
「まあ……毎日ゆっくりしてますけどね」
静かにツッコミを入れた僕の言葉は彼女には聞こえてなかったのかそのまま先を進んだ。しばらくするとベンチが見え、僕たちはそこに座った。一息ついたところで彼女が、魔法瓶に入ったコーヒーを紙コップに淹れる。
「この景色を見ながら飲むコーヒーは美味しいです。横山さんもどうですか?」
「あ、はい。ではいただきます」
僕もコーヒーをもらい飲む。確かに赤い紅葉が綺麗なせいか事務所に飲むよりも格別に美味い。
「なんだか小さい時の頃を思い出します」
ふと呟いた僕の言葉に全く意識などはなかった。
「横山さんの昔ですか?」
興味津々に僕の顔を覗く彼女。僕は思い出を辿りながら語り出す。
僕が七歳の頃だった。両親ともに仕事をしていたため母方の祖父の家に預けられることが多かった。僕が産まれる前に祖母が病気で亡くなり独り身となった祖父。家に行くと、祖父はいつも笑いながら迎えてくれた。
「じいちゃん。遊びにきたよ!」
「おお。智来たか! 今日は何を持って来たんじゃ?」
遊びに来る度、祖父が退屈しないように違ったおもちゃを持って来ていた僕。人形や本やゲーム。自分の家にある物はほぼ全てここに持ってきていた。
「今日はね。じゃじゃーーん! 折り紙持ってきたーー!」
「キレイな折り紙じゃのう。じいちゃんも昔色んな物を折ってたんじゃよ」
家に入り、早速封を開け祖父は折りだした。僕も祖父が折ってるのを見て折りだす。
「ここの角を折って裏返せば……紅葉じゃ」
「じいちゃん凄い! 見てこれ僕のもみじ! クシャクシャ」
見比べても祖父の作った紅葉と違い、原型のない僕の紅葉。それでも祖父は上手いと褒めてくれた。
「それ僕にちょうだい! お守りにする!」
「おお。ならじいちゃんにそのくしゃくしゃの紅葉をくれんかの」
お互いの紅葉の折り紙を交換した。
「そうじゃ。これから本物を見に行こうか」
「行くーー」
手を繋ぎ二人は公園に向かった。
「ここがじいちゃん自慢の場所じゃ」
目の前には赤く染まった木があり、落ち葉が赤い絨毯のようになっている。
「キレイ……」
「じゃろ? 智の目に映るこの景色はじいちゃんとの思い出の景色じゃ」
そう言いながら祖父は僕の頭を撫でた。僕は笑顔で大きく頷く。あの時の記憶は今でも覚えていた。
それから数年後が経つ。毎日のように行っていた祖父の家は、週に一度。月に一度。一年に一度と回数が減っていった。中学生に上がる頃には部活やら友達との付き合いやらで全く行かなくなり、祖父との時間がなくなってしまった。
そして十五歳。両親は離婚。父方に付いていったため祖父と会う機会を失った。最後に祖父に会ったのは高校生になった歳だった。
「久しぶりじゃのう。元気だったか? ちゃんと飯は食べてんのか?」
「あ、うん。まあ……」
数年ぶりの会話。何を話せばいいのか分からなかった。高校生になった僕の姿を見せてあげたいという母親の気持ちを重んじて来たはいいが、言葉を詰まってしまう。
「智。おじいちゃんね……認知症を患ってみんなのこと覚えてないの」
悲しい顔をし話し始める母親。
「それでも必死で思いだそうとしてる。それを分かって?」
「うん……」
祖父の言葉は僕に向けてではなく、知り合いだったかもしれない他人に向けた社交辞令ということは高校生の僕でも分かる。それでも笑顔で祖父と言葉を交わす。
「じいちゃん。僕、高校生になったんだよ」
「そうか。今幾つなんじゃ?」
「だから十五歳のになったんだって」
そんな会話が続いた。時間だけが過ぎていく。ふとテーブルを見た。
「折り紙?」
昔祖父の家に持ってきて余った折り紙が置いてあった。
「折れるかな……」
そう言いながらも祖父に教えてもらった紅葉を作った。相変わらずくしゃくしゃになってしまったため僕はその折り紙をゴミ箱に捨てた。
そういえばまだあの時の折り紙は残ってるのかな……と、考えてしまう。昔のことだから覚えてるわけがない。複雑な気持ちが、僕の心を惑わせる。
「帰るわよ。智」
帰る支度をし祖父の顔をチラリと伺った。祖父は悲しげな表情を浮かべこちらを見ている。重い足を引きずるかのように一歩一歩ゆっくり歩いた。
「これが最後かもしれない」
ふと呟いた母親は、僕の顔をまるで見ようとせず車のハンドルを握った。
その五年後の秋だった。母親が事故で亡くなってしまった。葬式に賛同する人たちは「逆縁」だと言っていたが、その親である祖父は葬式にはいなかった。
「お前には言わなくちゃいけないことがある」
葬式が終わり、父親が僕に話し始める。
「おじいちゃんな。母さんの親じゃないんだ。分かるか?」
初めて聞く話だった。それから細かく母親と祖父の関係を説明された。
母親が産まれた直後に祖母が離婚。その数ヶ月後に祖父と再婚をしたと、そんな話を延々語る父親。
「じゃあ、じいちゃんと僕も血縁関係がなかったってこと?」
「そういうことになるな」
血の繋がりのない祖父。それでも僕を孫のように接してくれた。無償の愛だった。母親が亡くなり祖父との関係も終わってしまう。そんな事を考えていた。
やがてどこで何をしてるのか分からないまま月日は流れ、二十歳。二十一歳。二十二歳と歳をとった。今更探して会ったところで覚えてるわけがない。祖父も僕も、お互い顔を忘れ悲観な気持ちで離れていくんだ。
語りを終え、彼女を見ると彼女は物老けたような顔をしていた。
「横山さんはおじいちゃんに会いたくないんですか?」
「会ってなにを話せばいいのか分からないので」
目の前の紅葉はとても綺麗ではあるが、同時にあの時の記憶を思い出してしまう。今まで避けていたのかもしれない。
「帰りましょうか。寒くなってきたし」
「はい」
二人は赤くなった紅葉の絨毯踏み、事務所に帰っていった。
事務所に戻ると誰かがソファに座っていた。
「あら、じっちゃん」
僕がここに訪れたきっかけを作ってくれた彼女の曰く、松下のじっちゃんだ。
「お帰りなさい。ちょっと相談に乗ってもらいたくてここに来たんじゃが、いなくてのお。休ませてもらったわい」
「ちょっと紅葉を見に……それで相談とは?」
急いでキッチンに向かいじっちゃんにコーヒーを出す。
「やはり美味いのお。ここのコーヒーは……。それで相談と言うのはの。友人を見つけてほしいんじゃよ」
「じっちゃんの友人ですか?」
「歳はワシと同じでの。名は……なんだっけのお……? とりあえず探してほしいんじゃ」
分かるのは年齢だけか……。分かりましたと彼女は依頼を引き受けるが、情報が少なすぎて見つけようがない。
「その人はワシの古くからの友人でのお。なにせ娘が先に死んでしまい独り身となってしまったそうなんじゃ。だから心配なんじゃ」
タイムリーな話だ。僕の祖父と同じ境遇を持つじっちゃんの友人。もしかしたら祖父かもしれない。などと余計な事を考えてしまう。
「その人の名前ってもしかして……」
不意に聞いてしまった。
「沼田康平さんって名じゃ……」
僕の祖父の名前を。
「おお! 確かそんな名前じゃ!しかしにいちゃん。よく分かったのお」
「あ、いえ……その方は僕の……祖父なんです」
「そうか。では頼めるかの。その人を見つけてほしい」
こうして僕の彼女は祖父を探すことにした。が、彼女と対照的に僕はあまりやる気がなかった。もし見つけたら? もし僕が孫だと気づいてくれなかったら? そんな複雑な気持ちであった。
一日目の搜索が終わり事務所に戻る。ずっと待っていたのか、じっちゃんが座っていた。
「おお。どうじゃったか?」
「一日で見つけられたら苦労なんかしませんよ」
と、彼女は笑いながら言う。
「そうじゃのお。にいちゃんはなにか知らないのか?」
「僕も何年も前から会ってないので……」
「そうか……。お、にいちゃんの頭に紅葉が付いてるぞ」
頭を触ると、確かに紅葉が付いていた。紅葉を見に行った時から付いていたのか?
「これを見ると祖父を思い出します……」
思い出にふけっていると、「横山さん」と、彼女が僕を呼ぶ。
「明日から私一人で探します。横山さんは何日か休んでください」
彼女なりの気遣いなのか、僕はその言葉を素直に飲み込んだ。
何日かが過ぎ、事務所を訪れた。
「平山さん、祖父は見つけましたか?」
「え? ああ……まだ」
カランコロンと鳴るドアの音。じっちゃんが入ってくる。
「今日はにいちゃんもいるのかい。折り紙持ってきたんじゃ。これで時間潰そうか」
そう言いながらテーブルに折り紙を広げ、手際よく折っていく。
「ほれ。紅葉じゃ」
「上手いですね」
見る度に重なる祖父との思い出。呆然とじっちゃんを見つめていた。
「どうしたんじゃ? にいちゃん」
「いえ、なにも……」
何枚か折り、お手洗いを借りようとじっちゃんが立ち上がる。その時、僕の視線からじっちゃんの姿が見えなくなった。
ガタンッ!
「じっちゃん……?」
最初に動いたのは彼女だった。その場でじっちゃんは倒れた。
「横山さん! 救急車を!」
「え? あ、はい! 分かりました!」
携帯を取り出し119番を押す。その後すぐに救急車が来て、じっちゃんは病院に運ばれて行った。そして僕らも救急車に乗り、病院に向かった。
「平山さん……じっちゃん大丈夫でしょうか?」
「分からないです。ただ私たちは祈るしかないです」
病院の空気はあまり好きではない。正直言えば吐き気がする。
「ひらや……」
彼女を呼ぼうとした時、手術中と書かれた光が消え、先生が出てくる。
「じっちゃんは……?」
「残念ですが倒れた時に頭を打たれてしまっていて……」
その後の言葉は聞きたくなかった。隣にいた彼女はその場で泣き崩れ、僕も静かに涙を流す。
「じっちゃん……」
彼女の泣き叫ぶ声はしばらく続いた。
落ち着いたところで彼女が話し始める。
「あの人は、私が小さい頃からお世話になっていた方で、あの事務所も元々じっちゃんの物だったんですよ。私のために中を改装して今の探偵事務所があるんです」
「そうだったんですか……」
言葉を詰まらせ沈黙。先生が待合室に来る。
「ご家族の方……ではないですよね?」
「はい。私たちは違いますが……」
「どなたか連絡は取れますでしょうか?」
じっちゃんの家族は僕も彼女も知らないため、二人は首を横に振る。
「あの方の名前は知っていますか? 知ってるのであればこちらでお調べしてご家族に連絡致しますが……」
「あの方は……」
彼女が僕の方を見る。そして先生にその名を伝えた。
「沼田康平です」
一瞬彼女の言葉が分からなかった。
「平山さん? 今なんて?」
「すみません……実は松下のじっちゃんはあなたの祖父である沼田康平さんなんです。あなたと出会う前から知っていました」
申し訳ない顔をする彼女。
「なんで早く言ってくれなかったですか! まさかあんな近くにいるなんて……」
「じっちゃんが言うなって……。あなたのことを忘れてたわけじゃない。初めて会った時から気づいていたらしいですよ。あなたが孫であると……。あなたが高校生の時に会った時も、忘れたふりをしてあなたから遠ざかろうとした。二度と会うことがないと思って。色々話してくれました」
「それじゃ……僕だと分かっててじいちゃんは……」
「孫の姿を見れただけでも満足だったと。これを私にくれました」
彼女が僕に渡してきたのは、昔祖父に教わり折ったクシャクシャの紅葉の折り紙だった。
「ずっと大切にしてたらしいです。お守りだと言って……。もしかしたら心のどこかで気づいてほしかったのかもしれません。だから友人と言って自分自身を探して欲しいと依頼したり、あなたの前で紅葉を折ったりしたり……」
それから彼女は話していたが、覚えていない。ただ呆然と祖父を眺めていた。
「なんだよ……じいちゃん……なんでボケたふりしてたんだよ……。なんで知らないふりしてたんだよ……。なんで母さんの葬式に来なかったんだよ……なんで……なんで……」
冷たくなっていく祖父は、静かにこの世から去った。
身寄りがいなかった祖父の葬式は、地域の人たちで行われた。
全てが終わり事務所のソファに座り込む。
「横山さん。コーヒーをどうぞ」
「ありがとうございます」
「孫であるあなたに色んなことを教えてくれたおじいさんは、最後に大切なことを教えてくれました。人は生まれ、そして死ぬ。命というのは限りあるものなんです。毎日を大切に過ごして下さい。空にいるおじいさんやお母さんがいつまでもあなたを見守ってることを忘れないで下さいね」
さて、と支度をする彼女。今日からまた探偵事務所が再開される。カランコロンと鳴り響く。
「ようこそ! ホームズ探偵事務所へ!」
今日はどんな依頼なのか、楽しみだ。




