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五章 悲しき口づけ 前編

長くなったので分けました。

『五日後、神殿で婚約の義を交わす。式は半年後だ。婚約の義を終えたら、祝いの恩赦として兵士共は解放してやろう。ただし、代わりに貴様の全ては俺のものとなる。忘れるな、俺が寛容なのは妻に対してだけだということをな』


 カムルクに別れを告げてから二日が過ぎた。皇帝から宣告された日は、一日一日と近づいている。部屋にこもり切りのミュラにとって、つかの間の自由は、僅かばかりの安堵も与えはしなかった。ここは男の手中であり、鳥かごと同じだ。捕らわれたこの身はいずれ、地獄へ連れていかれるのだろう。

 ミュラは護衛兵には気分が優れないと伝えて監視の目を誤魔化し、連れてくることが許された数人の侍女を密かに使い、カムルク達を確実に逃がす方法を探していた。

 確実性が求められるのに、見つからない方法に。ミュラは焦っていた。そんな彼女に朗報がもたらされたのは、夕焼けが空を泳ぐ刻のことだった。



「カムルク将軍はただ捕虜として捕まっていたのではないようです。あの方は内部に手の内の者を紛れ込ませ、内部を探っていたのです。そちらからの接触がございました」


 ミュラは考えを纏めるために広い客室の中をゆっくりと移動する。


「では、逃げ道は確保出来たのね? 身動き出来る状況なの?」


「怪我はございますが脱獄は可能とのこと。後はカムルク将軍のお心一つだと申しておりました」


  ミュラはほっと息をつくとようやく足を止めて、侍女を労った。


「ありがとう、危険なことをよくやってくれました。貴方達のおかげで一歩前進したわ。皇帝が私との約束を守る保証はどこにもない。だからこそ私達のことは切り捨ててもらわなくてはいけないの」


「はい、私達も微弱ながらお力になります。必ずやお助けいたしましょう」


「えぇ……ごめんなさい、きっとこの先私達は厳しい道を歩くことになるわ。出来ることなら貴方達も逃がしてあげたいけれど……」


「私達はもとより姫様と運命を共にする覚悟です。姫様を置いて誰が逃げましょうか」


  侍女の力強い言葉に、部屋の隅に控えていた他の侍女達が深く頷く。力強い味方だが、そんな彼女達を巻き込んでしまうことが本当に申し訳なかった。


 ミュラは憂いを払うように小さく首を振ると、背後の窓辺へ近づいた。ガラス窓の向こうでは青空が広がり、白い鳥が空の向こうへと飛んでいく。

  あれはチリクだろうか。ユーランス王国では王家の紋章に使われるほどに尊い鳥だ。番を見つけると二羽で常に行動し、相手が死ぬと間をおかずにもう一羽も死んでしまうため、愛の鳥とも言われている。大きな翼を広げ自由に大空を飛ぶ姿は美しく、ミュラの胸に羨望を抱かせる。


  ぼんやりと目で追いかけていると、突如、大きな音を立ててドアが開かれた。戸惑う間もなく派手に着飾った女が侍女を従えて入ってくる。

傍で控えていた侍女達が慌ててミュラを庇うように前に立つ。


「何事ですかっ? ここは姫様の室でございますよ。無礼が過ぎましょう!」


 咎めた言葉に対し、相手の侍女が冷めた目を向けてくる。その目に浮かぶ嘲りをミュラは見逃さなかった。


「無礼はどちらか。こちらにおられるのは、第一皇女アデリア姫でございますよ。陛下の慈悲で生かされた属人が何様のおつもり?」


「く……っ」


「貴方達は下がりなさい」


「しかし、姫様っ!」


「これは命令です。下がりなさい」


 投げつけられた侮辱に、顔を真っ赤にして震えながら侍女がミュラの後ろへ下がる。悔しい気持ちは痛いほどわかるが、ここで関係を悪化させるわけにはいかない。ミュラはつんと澄ましているアデリアに頭を下げた。


「申し訳ありませんアデリア様。私の侍女が大変失礼いたしました。寛大なお心でお許し下さいますようお願い申し上げます」


「あら、わたくしは気にしなくってよ。仮にもお兄様のお后様になるのですものね。このくらいで怒りはしないわ。けれど、身の程はきちんと弁えていただかなくてはね」


「……はい、重々承知しております」


 低姿勢で謝罪するミュラに、アデリアは口端を吊り上げて嘲笑う。


「貴方の立場はわたくしの下よ。わたくしは帝国を統べる皇帝の妹なのだから」


「……はい」


 殊勝に頷きを返し逆らう意思がないことを示す。しかしアデリアは満足するどころか口惜しそうに顔を歪めて、扇を投げつけてきた。


「っ!? 突然なにをなさるのですっ?」


 咄嗟のことで避ける間もなく扇は額に命中した。鈍い音を立てて落ちたそれに、ミュラはよろめきながらもアデリアと距離を取った。


 侍女達が悲鳴を上げて、室内は騒然となる。


「姫様の額から血がっ」


「はやく医師をお呼びして! 姫様、姫様、大丈夫ですか?」


「誰か来て! アデリア様をお止めして!!」


「何事ですか!?」


 数人の護衛兵が飛び込んでくると、さらに手を振りかぶるアデリアを抑えつけた。両脇を二人に押さえられてもなお、彼女の瞳には憎悪が滾っている。


「放しなさい無礼者! わたくしを誰だと思っているの!」


「どうなされたのですアデリア様っ? 落ち着いてくださいませ!」


「王妃様になられる方を傷つけるなど、陛下がお怒りになります。アデリア様はご乱心のご様子。この部屋からこの方をお連れしろ!」


「はっ」


 アデリアが兵士に無理やり室から引きずり出されていく。暴れる彼女に侍女がおろおろと付き従う姿を、ミュラは呆然と眺めていた。


「申し訳ございませんミュラ様。この度のことは入室を許可してしまった私の責任です。叱責は後ほどお受けいたしますので、先に医師をお呼びしましょう。少々お待ちください」


 護衛兵の指揮を取っていた兵士は深く一礼すると、そうそうに部屋を出ていった。


「わたくしはこの国の皇女よ! それなのになぜなのっ!? あんな女のどこが、わたくしに勝るというの!」


 閉められたドアを隔てて彼女の悲鳴のような声が遠くなっていく。だが気を落ち着ける間もなく、次の瞬間、遠くでなにかが立て続けに爆発するような音がした。

 


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