表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏の眷属  作者: 倉井部ハルカ
9/39

第9話 学園のひととき(1)

 いくつもの視線が、食い入るように身体中へと注がれていた。

 

 担任教師と並んで教壇に立ちながら、朔也は、自分が世にも不思議な珍獣となって人々の目に晒されているような気分になった。

 

 それにしても足元が、というか股間がスースーする。

 

 初めて穿いたスカートの無防備感が耐え難い。

 

 男子のブレザーにスラックスとは大違いの、襟元に赤いリボンタイを結ぶ白ブラウスと紺のジャケット。

 しかも腰には赤いチェック柄の丈が短いスカートを穿く。

 

 そんな女子の制服を身につけていることが、恥ずかしくてたまらない。

 

「え、ええと」


 居心地悪さに、甲高く変わった少女の声で呟くと、教室全体が驚きにざわめく。

 

「如月朔也くんですけれど、実は彼は性別的には女性だった事が判明しまして、これからは女子生徒としてこのクラスに在籍することになりました」


 担任も、困惑の面持ちで説明しづらそうに告げている。

 

「女の子ってことになったけれど、彼、いえ彼女はこれまで通り如月くん、じゃなくて如月さんですので、皆さんもいままで通りに仲良くしてあげて下さいね」


 そういう先生自身が性別で異なる敬称をどうするかに戸惑って慌てふためき、年齢不明な童顔に汗を滲ませていた。

 

「そういうわけで、なんかオレ女になっちゃったんだけど、中身は如月朔也のままなんで、い、今まで通りによろしく」


 何か言わなければと思いつつ、先生の言葉をなぞるようなことしか言うことが無い。

 

 だがその途端、校舎を揺るがすようなどよめきが教室中から湧き上がった。

 

「た、確かに如月……だけど、声、完全に女だ」


「体型とかなんか女の子っぽいし。一昨日の体育の時はどう見たって男だったよな? 急にそんなに変わるものなのか?」


「実は双子の姉か妹だとか?」


「でも如月くんって、前から顔とか女の子っぽかったし体つきも華奢だったし、納得しちゃうかも〜」


「でも胸、かなり大きくないか?」


「アソコも、完全に女なのかなあ」


「うわ、男子、最低ッ!!」


「変なこと言わないでよ、バカッ!! 不潔ッ。これだから男子はっ!」


「うるせえなっ、お、お前たちだって興味あるだろ!?」


 戸惑いと興味に満ちた声がけたたましく飛び交っていた。さらには男子と女子との間で喧々囂々の罵り合いにまで発展する。

 

(なんか、もう逃げ出したい)


 担任教師が大慌てで静めようとするその様を呆然と眺めながら、朔也はますますこれからの学園生活に多大な不安を感じていた。



   ※※※ ※※※ ※※※

   

   

「お、おい、如月。お前、本当に女になっちまったんだな」


「あ、ああ……。だからなんだよ」


 休み時間になるやいなや、いつも連んでバカやってるヤツらが妙に興奮しながら朔也の所へと向かってきた。

 

(こいつ、なんだ? 人のことじろじろと。いったいどこ見て、って、胸か!?)


 朔也自身も女の子を見るとき、つい柔らかそうな膨らみへと目が行ってしまう。

 

 けれどいま初めてその視線を自分自身で受けて、妙な居心地の悪さを味わわされた。

 

 彼らを睨み付けながら胸を隠すように腕組みし、つい行儀悪く開いて座ってしまうスカートからすらりと伸びた両脚も、ついでにきちんと揃える。

 

「き、如月ッ、頼むっ!」


 しかしその表情も仕草も彼らには逆効果だったようだ。

 

 朔也の前でいきなり彼らは這いつくばり、頭を床に押しつけた。

 

「一度でいいんだっ! そのおっぱい、俺たちに触らせてくれっ!!」


「なっ!?」


 土下座してまでの突拍子も無いお願いに言葉を失う。

 

「お前も元々は男なんだから分かるだろっ!? 俺たちは女の子の胸がっ、おっぱいが触りたいんだっ!」


「しかし俺たちは知ってのとおり、さっぱりモテぬッ! この先、カノジョが出来る可能性は限り無く低く、おっぱいに触れる機会など、永遠に巡ってこないのではという状況だッ!!」


「しかし、如月、お前がっ! 男であるお前が、おっぱいのある女の子の身体となって、俺たちの前に来てくれたッ!! 男の心を知る、お前がおっぱいを得てっ!」


「だから頼むっ! お前のそのおっぱいっ、俺たちに、揉ませてくれっ!!」


 おっぱいおっぱいと口々に求め訴える、彼らの魂が張り裂けんばかりの叫びに、

 

「ふ、ふ、ふざけんなっ! オレは男だぞっ!! それなのに、誰が男に胸なんか揉ませるかっ、気持ち悪いッ、失せろっ!」


 朔也はブチ切れた。

 

「いや、だから男同士だと思えば、単なるじゃれ合いっていうか冗談みたいなもんで、別に問題ないだろ?」


「そうそう。俺たちだって、お前の事は男だって思ってるさ。ただちょっと女的な物が胸にくっついたんで、試しに触らせてもらえないかな〜って、それだけだから!」


 そう言いつつも彼らの目つきが、エロ本とかAVとかを見るときと同じになっている。

 

(こいつらッ!!)


 そんな目で自分が見られていると意識しただけで嫌悪感が込み上げ、ぞわぞわと鳥肌が立つ。

 

「絶対に、断る!」


 席を立ち、ヤツらから距離を取ろうと後ずさった。

 

「頼むよ……」


「如月……」


「なあ……」


 しかし逃すものかと、級友たちはますますにじり寄り、朔也を追い詰めてくる。

 

「このっ」


 実力行使で分からせないといけないのだろうかと、拳を握り締めると、

 

「ちょっとあんたたち、いい加減にしなさいよ!!」


 凛とした声と共に、女生徒の一人が朔也を庇うように彼らの前に立ちはだかった。

 

「ひ、(ひいらぎ)


 眼鏡の向こうに気の強そうな瞳が睨みをきかせる。

 ショートカットの髪に映えるキューとなおでこが特徴的な彼女は、柊春菜(ひいらぎはるな)。このクラスの委員長だ。

 

「な、何だよ、委員長。これは男同士の話し合いだぞ」


「そ、そうだそうだ、女は、ひ、引っ込んでろよ」


 早くも彼らは気圧されていた。声を震わせながら、それでも対抗しようとする。

 

「何が男同士よ! いまの如月くんはもう女性だったってことがわかっちゃったんだから、心が男だからとか関係無しに、その身体を触れば立派な痴漢行為よっ!!」


「く……っ」


「し、しかし……」


 委員長に一喝され一言も無い。

 

「なにあいつら、キモい」


「女の子になっちゃって大変な如月くんに胸もませろとか、信じられない!」


「だからモテないのよ。ばっかみたい」


 さらにクラスの女子たちから軽蔑の眼差しと罵声が浴びせられる。

 

 それでも彼らは朔也の胸に、未練がましい視線を注ぐ。

 

「お、おい、桜井! お前だって、如月の胸、揉んで見たいだろ!? 親友が可愛い女の子になっちゃって、その身体がどうなっているのか興味あるだろ?」


 ついには援軍を求めるかのように、朔也と親しい男子生徒を誘い込もうとする。

 

「へっ、お、俺? お、俺は、その」


 桜井美晴(さくらいよしはる)。本来ならこんなときに真っ先に迫ってきそうな、悪のり大好きな少年だ。

 

 しかし級友に振られて朔也の姿を見た途端、彼は顔を真っ赤に染めてしどろもどろに狼狽え始めた。

 

「美晴、まさかあんたまで如月くんにエッチなことしようってんじゃないでしょうね?」


 それに追い打ちを掛けるように、委員長が睨みをきかせる。この二人は家が隣同士の幼なじみだ。

 

「しないってば、そんなこと! 俺が如月の嫌がるようなこと、するわけないだろ!!」


 しかも幼い頃から春菜が美晴をギュウギュウ言わせてきたらしい。大慌てで彼女からの疑いを否定する。

 

「桜井、きさま裏切り者め」


「おのれ、古女房の尻に敷かれやがって」


 あっさりと見捨てられた連中が恨みがましく声を荒げる。

 

「なんですって? 誰が誰の女房ですって!?」


「だーから、俺とこいつはそういうんじゃないって、何度言えばわかるんだよ!」


 しかし二人掛かりの苛ついた声に、即座に一蹴されてしまった。

 

 たびたび噂にはなるのだが、春菜と美晴の間には恋愛感情はさっぱり無く、どちらかというと姉弟みたいな感覚だということだ。

 

 それなのにいつも、実は付き合っているのではと邪推されるため、この話題には二人ともゲンナリしている。

 

「お前たちさあ、いい加減にしておけよ。柊のいうとおり、いまの如月は心はどうであれ、身体が女なのは確かなんだから、下手なことしたらお前たちがマズいことになるぜ」


 ビビりつつもあきらめの悪い彼らに引導を渡すように、後ろの席からむっくりと身を起こしたやたらと体格のいい男が、あくび混じりの声で告げる。

 

「くっ、武市ッ!!」


 クラスの副委員長。成績優秀でスポーツ万能、しかも面倒見のいい好人物という、ともすればイヤミなほどに出来るヤツなのだが、飄々とした物腰と暇さえあれば居眠りしているトボケたキャラクターが妙に親しみを感じさせる。

 

 その武市雅之(たけちまさゆき)に注意され、もはやこれまでといった気配が漂う。

 

「くそ、やっと揉めると思ったのに、おっぱい……」


「お終いだ。何もかも、お終いだ」


 遂に諦め、彼らはガックリと肩を落とし、重い足取りで去って行く。

 

「は〜、なんなんだよ、あいつら。助かったよ、柊さん、ありがとう」


「どういたしまして。これで如月くんも男の子のエッチな視線に嫌な思いしてる、女子の気持ちが分かったでしょ?」


「う、うん」


 礼をいうと、くすりと笑いながらからかうようにいってくる春菜に、苦笑でうなずくしか無い。

 

「あ、武市もありがとうな」


「あたしからも、あ、ありがとう、助かったわ、武市くん」


 ついでに彼にも礼をいうと、春菜まで妙に声を強張らせて告げる。

 

「お〜」


 短く答えて早速机に突っ伏すその姿を、彼女が少し頬を赤らめて見ていると、

 

「なあなあ、俺への感謝の言葉はないの?」


 美晴がへらへらと尋ねてくる。

 

「あるわけ無いでしょ、そんなもの! どうせ本音ではあいつらと同じに、如月くんの胸触りたいとか思ってたくせに!!」


 武市を見詰める和らいだ表情から一転険しく顰めた顔で、春菜が幼なじみを怒鳴りつける。

 

「桜井、お前まさか、本当にオレの胸を?」


 朔也も訝しむ眼差しでじっと見詰めると、

 

「そ……、そんなわけあるはず無いだろっ!! お前は、お、男ッ、なんだからっ!」


 慌てて顔を背けて、上擦った声を張り上げる。

 

(な、なんだ? それならちゃんとこっち向いて言えばいいのに)


 いままで何かと女顔とからかって来た彼が、こんな姿になった自分を男と認めてくれたのは嬉しいが、そっぽ向かれたまま言われるとからかわれているのかと思ってしまう。

 

 正面に立って顔を覗き込んでやろうと思った時、

 

「うふふ〜、身体が女の子なんだから、女に揉まれちゃうのは大丈夫よね〜♪」


 後ろから唐突に両胸を鷲掴みにされた。

 

「ふみゃぁああ〜〜〜〜ッ!!」


 思いがけない衝撃に、間抜けな悲鳴を上げてしまう。

 

「あは、やっわらか〜い。それに、かなり大きさあるよぉ、これ」


 もみもみもみもみと、膨らみを揉んでくる。

 

(くうっ!! この感じィッ!)


 めり込んだ指が蠢くたびに、浮き立つような感覚が沸き起こる。

 

「ふ、あ……」


 弱々しい喘ぎが溢れそうになる。

 

「こら、希理香(きりか)っ、やめなさいってばっ!!」


「痛ッ!! ふえ〜、春菜ちゃん、ひどいよぉ、ぶつなんて。冗談なのにぃ」


 危うい所で委員長のチョップが下され、朔也の胸を弄んだ少女が手を放す。

 

 疼きが残る胸を両腕で庇いながら振り返ると、ウェーブがかった髪をしたほんわかとした容姿の少女が、頭を押さえながら罰の悪そうな笑みを浮かべている。

 

「さ、坂本か」


「えへへ、ごめんね〜、如月くん。つい調子に乗っちゃったぁ」


「あ、ああ」


 小柄な身体付きながら自分自身結構な巨乳の持ち主だというのに、よく他の女子にじゃれついて胸を揉んでいる所を見かける。

 そんな少女に標的にされてしまい、何と言っていいのか分からず立ち尽くしていると、

 

「や、柔らかいんだ。いいなあ」


「それに大きさもやっぱり、かなりあるって」


「如月のヤツ、そんなおっぱい手に入れやがって。や、やっぱり、自分で揉んで楽しんだりとか、してるのかな? くっそお、羨ましいっ!!」


 もう諦めたと思った男どもが、こちらを羨ましげに眺めながら、丸聞こえな呟きを漏らしていた。

 

(あいつら!! ふざけんなっ。羨ましいなら、代わってくれよ、こんな身体ッ!)


 自分自身が女の身体になったって、厄介な事ばかりだ。

 

 人ごとだと思って勝手なことを言っている連中を、キッと睨み付ける。

 

「うわっ、聞こえてたッ!?」


「や、やべ、泣いちゃってるしっ」


 途端に慌てふためいてスゴスゴと教室から逃げ出していった。

 

(な、泣いてるっ!? オ、オレが?)


 彼らの言葉に驚いて目尻を触ってみると、

 

「うっ」


 確かに涙が滲んでしまっていた。慌てて手の甲で拭う。

 

「あ……、ほ、ほら、女の方が、男よりも涙腺緩いっていうし、身体が女の子らしくなっちゃったからコントロール効かないのかも!」


 春菜があたふたと慰めてくれる。しかし、

 

「な、泣いちゃったの? 如月くん。ううん、朔也ちゃんって呼ぶねっ!! 朔也ちゃんっ、可愛いっ!!」


 ハアハアと息を荒げ、頬を上気させた希理香が興奮も露わに抱きついてきた。

 

「――!! うわっ、よせっ! 放せっ、坂本っ!! それに、朔也ちゃんはやめろ!」


 当然だが女の子同士のスキンシップには慣れていない。

 それにちゃん付けで呼ばれると、何だかますます情けない気持ちになってくる。

 

「じゃあ、朔也くんね♪ 朔也く〜〜〜〜ん♪」


 しかし抱きつくのはやめてくれない。

 

「あ、こらっ、希理香っ!! もう授業始まるんだから、やめなさいってば!! 如月くんも迷惑してるでしょ!」


「ふえ〜、もっと朔也くん、もふもふしたい〜」


 チャイムが鳴るなか、春菜に剥がされのほほん顔の少女がジタバタ藻掻きながら引きずられてゆく。

 

(はあ、なんかドッと疲れた)


 他のクラスメイトもこちらに注目しつつ席に戻ってゆく。

 

 わずか数分でぐったりと消耗して椅子に腰を下ろしつつ、ふと窓際の隣席を伺う。

 

「犬神……」


 途端に、ケイの深い緑の瞳と視線が合った。

 

「大丈夫?」


 ともすれば存在すら失念してしまいそうに気配が薄い、それでいてひとたび意識すれば目を見張るような蒼白の美貌が無表情に問うてくる。

 

「あ、ああ」


 鴉色の艶髪を無造作な三つ編みに束ねた、不思議な気配の少女にギクシャクとうなずく。

 

「そう」


 ただ一言、声を返すと、彼女は薄い存在感を纏ったまま前へと向き直った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ