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黄昏の眷属  作者: 倉井部ハルカ
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第4話 オレは女の子?

「——お、おれっ!? オレの身体ッ!」


 自由に動かせる。だが……。

 

「えっ? あっ!? なん、だ……これっ! この、身体……っ!?」


 自分の身体、だが、元の自分の身体では無かった。

 

 真下を見下ろし、立ち尽くす。

 

 本来なら、華奢な体つきの向こうに地面を踏みしめる自分の両足が見えるはずだ。

 

 しかしいまは胸の辺りでシャツを持ち上げる不可思議な膨らみが二つ、真っ先に目に入ってしまう。

 

 自分の身体にこんなものはない。

 

 恐る恐る確かめようとして、掌が心なしか小さくなっている気がした。

 

 腕も元から細いというのになんだか余計に細くしなやかになっている。

 

 反射的に、その膨らみ二つを両手で握って確かめた。

 

「ひゃうぅうっ!!」


 やたらと柔らかく、それでいて心地よい弾力があった。

 

 指がむっちりとその膨らみに埋まり込んでしまったその途端、感電したような衝撃が全身を駆け巡って脳裏に火花を散らした。

 

(な、なん、だっ! いまのっ!! こ、これっ!?)


 息が詰まって言葉にならない。

 

 心臓が急激に鼓動を速める。

 

「お………………お、っぱいっ!?」


 思わず口にしていた。男である自分の胸に生じた、男には無いはずの膨らみの名称。

 

 そして自分が発したその声の甲高さに、さらなる衝撃を受ける。

 

「ま……まさか……?」


 恐る恐る股間を触ってみた。

 

「——!! な、ない……っ! オレの、無くなって……いる……っ!!」


 呆気ない手応え。

 

 そこに存在していたはずの男の証したるモノが跡形もなく消え去り、平坦な曲面に掌がぺったりと密着してしまう。

 

「おん……な……? まさか……、お……オレ……。女の子に、なっちゃ……った……?」


 夢なら覚めてくれと思う。

 

 延々と続いた悪夢の結末がこれでは余りに酷すぎる。

 

(な、なんで……? 助かったと、思ったのに……!!)


 そういえば、とハッと我に返って顔を上げた。

 

 少女の姿をした人に在らざる者に、危うく身体を奪われるところを助けてくれた漆黒の影。

 

 その姿はまだ、目の前にあった。


 手足がすらりと長く腰が細く括れた見事なスタイルの身体に、ピッタリとフィットした黒地のスパッツとタンクトップを纏う。

 

 撓わに熟れたメロンのような乳房とキュッと引き締まったお尻がくっきりと形を浮かび上がらせ、目のやりどころに困る。

 

 その闇に溶け込むような装束とのコントラストも鮮やかに彼女の肌は白く、どこか病的な迫力を醸し出していた。

 

 ぼさぼさに乱れたボブカット。

 その後ろ髪だけが長く、三つ編みに纏められ背中へと垂らされている。

 

 鴉色をしたその髪の下で、幻想的な美貌が真っ直ぐとこちらを見詰めていた。

 

 透き通るような白磁の顔色。

 

 小さく引き結ばれた桜色の唇。

 

 精緻な人形のように整った顔に表情は無く、暗く見開かれた瞳は瞬きもしない。

 

 その色。左の目は深い緑。だが右の瞳は猫科の猛獣か、それとも爬虫類を思わせる縦細に引き絞られた針の瞳。色は寒空のような灰色。

 

(犬神……ケイ。やっぱり、この娘、クラスメイトの、犬神ケイだ)


 教室での姿と余りにも違う佇まいに、先程は人違いかと疑った。

 

 だがいま間近に見て確信した。

 

 骸が散乱する廊下。血溜まりの中、虫の息となった人を平然と斬り殺していた少女。

 

 それは確かに、クラスで朔也の隣席に座る、寡黙で地味な存在感の希薄な少女。

 

 その同級生が両手に漆黒の刃を拵えた大振りのナイフを握り、静かに見詰めていた。

 

「ひっ! あ、あぁ……」


 また逃げなくては。しかし足が動かない。

 

 分かる。彼女がその気になれば、逃げだそうと動き駆けた瞬間に自分の命は終わるだろう。

 

 微動だにせずただじっと佇んだまま見詰めてくる少女に、朔也は蛇に睨まれた蛙のように動くことが出来ず身を強ばらせる。

 

 ——その時だった。

 

「片付けたようね、アビスウォーカー。まったく。あのクソガキの邪魔さえ入らなければあたしが……。あら!?」


 昇降口からの重たい鉄扉を軽々と蹴り飛ばして開け、金髪ツインテールの小柄な少女がやってきた。

 

 両手には二丁拳銃。見たことも無い型だ。そして呆れるほどに大きい。

 

 ガンスレイヤーと、あの怪物女が呼んでいた少女。

 

 龍姫、とあの怪物女に名乗った少女。

 

「そのクソガキ、あの眷族に襲われたはずなのに、なんで!?」


 紺の吊りスカートにパフスリーブの白ブラウス。

 品のよい制服をまとった拳銃少女は、朔也の姿を見るなり剣呑に声を荒げた。

 いったんホルスターに収めようとした銃の引き金に、もう一度指をかける。

 

「身体、奪われる前に、わたしが眷族を倒した」


 その金髪娘と対照的な抑揚のない口調で、犬神ケイが答える。

 

(犬神って、こんな声だったっけか?)


 思い返せば、一ヶ月近く隣の席に居ながら、挨拶以外に言葉を交わしたことが無い。

 

 それどころか、彼女が誰かと話しているのを聞いた覚えが無い。

 

 表情同様に感情の起伏に乏しい、淡々とした声。

 

 その落ち着き払った態度がガンスレイヤーの神経を苛つかせたらしい。

 

「奪われる前に、って、そいつ、眷族化してるじゃないっ!」


「でも、意識は人間のまま」


「意識が人間でも、身体は人外の化け物よ。むしろいつ眷族の肉体を制御しきれなくなって暴走するかわからないだけたちが悪いわ。どきなさい、アビスウォーカー。あんたがやれないなら、あたしが息の根止めてやるからっ!!」


「だめ。わたしが助けた。殺させない」


 殺気をみなぎらせる拳銃少女に黒髪娘は一歩も退かない。

 

 その背中に庇われながら朔也は混乱の極みにあった。

 

(殺すって、オレを!? こいつら、なんなんだ?)


 夕暮れの廊下。血溜まりに蠢く瀕死の人々を無慈悲に斬り殺していた漆黒の少女。

 

 逃げ惑う人外の娘を巨大な二丁拳銃で追いつめ、憎しみの眼差しで引き金を引いた少女。

 

 どちらも朔也にとって、怪物と変わりなかった。

 この身体を女性に変えて奪おうとした、あの少女と大差ない恐ろしい存在だ。

 

 ただ忘れ物を取りに来ただけなのに。

 日常が瓦解し、理解不能な恐怖の世界へと迷い込んでしまった。

 

 頭がどうにかなりそうな混乱の中で、黒衣の少女の傍らに青白い炎が燃え上がった。

 

 見る見るうちにそれは一匹の獣に形を変える。狐の姿へと。

 

「あ〜、すまない、龍姫。彼を助けるようにって、ぼくがケイにお願いしたんだ。だからここはどうにか抑えてくれないかな〜?」


 妙に軽い口調で狐が人の言葉を話す。

 

「はあ!? なに考えてんのよ、(しのぶ)。眷属はすべて殲滅。それがあたしたちの仕事でしょ? 例外はないわ」


「う〜ん、でも彼の場合、意識を奪われずに済んだわけだからね。ぼくらが身体の制御の仕方を指導してあげれば大丈夫だと思うんだけど……。とにかく、護砲童子の銃口下ろしてくれないかな」


「眷属化した身体の制御なんて、そんなこと普通の人間が習得出来るわけ無いでしょ。今の内に死なせてやるのが幸せなのよ。だから二人ともそこどきなさい」


 現実とは思えない。悪夢の光景が繰り広げられる。

 

 護砲童子。拳銃とは思えない奇妙な名称の銃をこちらに向け、殺気を漲らせる異国の少女と、人語を操る炎の狐。

 

(早くここから逃げなくちゃ)


 しかしどうやって?

 

「どかないなら、遠慮無く撃たせてもらうわよ! あたしの鬼銃(きじゅう)の威力は分かってるはずよね?」


 青い眼がすっと細められ残酷な輝きを宿す。引き金に掛かった指に力が込められる。

 

 ずっと目を放さず見ていた筈なのに、炎の狐の傍らにいた犬神ケイの姿がなくなっていることにいまさら気づいた。

 

「……撃つ前に、斬るから」


 ——どうやって? ——いつの間に!? 彼女は龍姫の真後ろにいた。

 

 二本のナイフを彼女の首筋と脇腹にそれぞれ突きつけている。

 

「チッ! 静動術ッ。相変わらず鬱陶しい戦い方するわね!!」


 ガンスレイヤーの意識がケイへと向いた。

 それがチャンスだった。

 

「——ッ!!」


 考えるよりも先に身体が動いた。

 

 屋上の床を力一杯蹴っていた。

 

 これが恐らく彼女らがいう、眷属となった肉体の力、なのだろう。

 

 女性化した身体が軽々と天高く舞い上がる。

 

 しかも恐るべき速度で。

 

「なっ!? し、しまったっ! 放しなさいっ、アビスウォーカー!!」


「ああ、キミっ、どこへ? だめだよ〜、戻っておいでよ〜」


 拳銃少女と炎の狐の叫ぶ声があっという間に遠くなる。

 

 怪異が渦巻く学校の屋上から少しでも遠くへ離れようと、朔也は星が瞬き始めた夜空を、人間離れした跳躍力で飛び去っていった。

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