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黄昏の眷属  作者: 倉井部ハルカ
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第38話 神喰らい

「ぐううッ、あ、あああぁ……」


 くぐもった呻きを漏らして、闇の中で重い足を引きずる。


 元の、気に入っていたあの身体とは大違い。


 醜く鈍重で不快な匂いを漂わせている。性別も雄だ。


 しかし贅沢は言っていられない。


 ここまで修復を果たせただけでも、奇跡に近いのだから。


 銃撃の範疇を遙かに超えた壮絶な錬気の奔流を食らい、肉体は脆い砂人形のようにバラバラになって消し飛んだ。

 

 しかし、ほんの一部が。

 ハストレアとしての自意識を必死に保とうと集中させた肉体の一片が、辛うじて分解を逃れた。


 結界が解かれ現世界に戻った道ばたに土埃にまみれて転がる。


 それを捕食しようと近寄った小動物の肉体を奪い、そして次第に大きな生物へと転換を繰り返してようやく手に入れた人間の身体。


(身体は脆弱、錬気も微量。これじゃ、他の身体を奪うのにも苦労しそう)


 それでも美しく強い、我が主に気に入って頂ける肉体を手に入れて帰還しなくてはならない。次こそはあの忌々しい人間どもを打ち倒して、あの女狐の身体から知


 恵の実を奪還しなくてはならない。


(それだけが、サイファ様に愛して頂ける、ただ一つの方法だから)


 贅肉で覆われた無様な身体で溜息を漏らし、感慨に耽る。


 夜の闇に紛れ、自分に相応しい獲物を探しに向かおうとしたとき、


「見つけた。気配が僅かに残ってたから。やっぱり、まだ生きてた」


 肩越しに囁きが耳朶を擽る。


「——!!」


 精神が、全身が凍るような、この感覚。


 話しかけられてさえ、気配を感じない。

 

 殺気も、敵意すらもない。


「でもこれでおしまい。あなたはわたしの刃の贄となってもらうから」


 しかし、自分の命が危ういという絶望的な感覚。


「アビスウォーカー!!」


 振り返ろうとしたその刹那、


「喰らえ、“神喰らい”」



 澄んだ声が命じる。途端に、


 ギチギチギチギチギチ、ガチガチガチガチ、アギィ、ギシュゥ、ギガガァ!!


「なんだ? これっ!! い、生きているっ。あ、ああ!」


 おぞましい音色が響き渡る。


「ひ、い、あ、あああぁ!!」


 振り返るその視界に、華奢な少女が身の丈を越す巨大な剣を構える姿が映った。


 信じがたい大きさをした鉄板の両側を刃として鍛え上げたような、

 

 その漆黒の刀身一面を、ガチガチと牙打ち鳴らし、

 

 飢えた獣が獲物を求めるような呻きを発する、

 

 おぞましい顎門がびっしり覆い尽くしていた。


「ぎ……い、あああっ」


 その一刀が目にも止まらぬ勢いで振り下ろされる。


 悲鳴を上げる暇も無い。


 ガリ、ベリ、グチャ、バキバキバキ、メチャ、ピチャ、グチャ、グシャムシャグチュッ


 無様な姿と化したハストレアの肉体を断ち切りながら、その無数の顎門が、壮絶な勢いで食いちぎり、噛み砕き、咀嚼してみるみる内に喰らい尽くしてしまう。


「これでまた一体。楽園より堕ちし神の御魂が刃に宿った。すべて計画通り」


 微かな囁きと共に、気がつけば大剣を構える少女の姿はその場から消え失せていた。

 

 血と腐った肉の匂いを残して、人通りの少ない仄暗い路地を静寂だけが支配していた。

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