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黄昏の眷属  作者: 倉井部ハルカ
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第35話 決戦

 荒れ狂う竜巻と優雅に羽ばたく蝶の超高速で繰り広げられる凄まじい激戦を目の当たりにし、朔也は言葉を失っていた。


 いざというときにはすぐにでもケイを抱きかかえて逃げ出せるように、華奢な身体をしっかりと抱きしめ、僅かにだが操れるようになった錬気を身体中に巡らせる。


(こ、こんな戦い)


 一方は人外の怪物だが、もう片方は自分と同じ年頃のしかも見るからに非力そうな少女だ。


 その小柄な身体が、目にも止まらぬ速さで空を飛び回り、大砲の様な威力の二丁拳銃を手に、信じられない戦いぶりを繰り広げる。


(これが錬気の力……。生身の人間なのに、あんな……)


 女の子一人を抱き上げて素早く動けるのが精一杯。


 いや、それだけでもいままでの自分からしたら信じられない力なのだけれど、龍姫が操る、人外の者と互角に渡り合えるほどの強烈な錬気に比べれば、自分の錬気は余りにも微々たるものだ。


(オレにも、あんな力があれば、自分の身ぐらい守れるのに。犬神を、こんな目にあわせなくて済んだのに!!)


 自分の非力さに朔也が歯噛みする最中、最初は互角に見えた龍姫とハストレアの激戦も、次第に差が現れてきた。


「案外と粘ったけれど、もう限界のようね。とどめ、刺させてもらうわっ!!」


 渦巻く旋風の中から鋭い爪の先だけを覗かせ、ハストレアが何度も突撃を試みるがすでに龍姫の迎撃に圧倒されている。


 勢いが衰え動きも単調になった眷属へと、集中を高めた顔付きで金髪をツインテールに纏めた少女が鬼銃護砲童子の銃口を狙い定める。


「滅びろ、人喰いの化け物ッ!」


 引き金を引こうとした刹那、


「捕まえたわ、リリアム。いえ、我が主をたぶらかすあの淫乱女の肉体を有した人間ッ! お前なんかに、私のサイファさまを渡してなるものか!!」


「ひっ!」


 激戦を繰り広げる二人から距離を取って避難していた朔也の目の前に、蒼風の眷属が突如躍り出た。


 妖艶な美貌を憎しみに歪めて、指先から生えた剣呑な刃を振りかざす。


「なんで!?」


 いま戦い続けている最中の筈の相手が、離れた場所で無防備な女体化少年に襲いかかろうとしている。


「まさか、こいつ囮ッ!?」


 恐らく、渦巻く旋風の中に身を隠し、爪刃を突き出した形態となったと見せかけて、ハストレア本人は気配を最小限に抑え、憎きリリアムの身体を有する朔也へと忍び寄っていったのだろう。


 その最中にも分身である渦巻く風が龍姫と激しい攻防を繰り広げ続け、龍姫と朔也の意識をハストレア本人から巧妙に逸らしていた。


「ちいっ、姑息なっ!! アビスウォーカーみたいな真似をッ!」


 忌々しそうに龍姫が振り返り、眷属の本体に銃口を向けた。


 しかし隙の生じた背後から分身が襲いかかる。


「くっ、このおっ!! 邪魔するなってばっ!」


 やむを得ず再び交戦する。その間に、


「返して貰うわよっ、私の知恵の実! そしてくたばりなさいっ!!」


「うわあああっ!」


 ハストレアは、眷属の希望を宿す不思議な果実を再び奪おうと、朔也の下腹に鋭い爪を突き立てようとした。


 全身に錬気を巡らせ、備えていたはずなのに、まったく動けない。


 いまの朔也は普通の人間の何倍もの敏捷さを得ているというのに、ハストレアの動きにこれっぽっちも反応できない。


 しかし切っ先が突き刺さる寸前で、妖艶な女眷属の動きが止まる。


「お前……、アビスウォーカーは、どこへ行った?」


 引き攣った声で尋ねる。


「え……? ああっ!!」


 問われて初めて、朔也はしっかりと抱き締めていた筈の物静かな少女の姿がいつの間にか腕の中から消え失せていたことに気がついた。


「ケ、ケイっ!」


 普通で考えれば見逃すわけが無い。


 しかしほんの少し前まで昏倒したまま腕の中にいたのに、いつの間にか跡形も無い。


「ふんっ! どのみち、ヤツが逃げようがどうしようが私に興味はない。私が欲するものは、ただひとつ!!」


 気を取り直し、朔也の中の知恵の実を奪おうと爪刃を伸ばす。その刹那、


「逃げてない。如月くんはわたしが守る」


 ハストレアの肩越しに、抑揚を欠いた細い声が耳朶へと囁きかける。


「ひっ!!」


 その瞬間まで一切の気配を感じさせない。


 分身の陽動を必要とするハストレアの忍び寄りとはレベルが違う。


 こうして言葉を終えた瞬間、もうその存在を察知することが出来ない。


「くおおっ!」


 ただ本能的な危機感に突き動かされ飛び退こうとする眷属の首筋を、


「がはぁああっ!!」


 漆黒の短剣が深々と抉った。


「おの……れ……え……」


 人間ならば確実に致命傷。


 喉笛から首半分を切り裂かれ、しかし夥しい出血にゴボゴボと声を泡立たせながら、美女の姿をした人に在らざる者が信じられないといった表情を浮かべた。


「犬神、おまえ、大丈夫なのか?」


 ほんの少し前まで、ぐったりと死んだように意識を失っていた。


 朔也を守って負った傷はかなり深く、まだ動けるような状態ではなかったはずだ。


 しかし彼女が腹部に巻かれた包帯をほどくと、その下は痕跡すら残さず完全に傷がふさがっていた。


「如月くんの身体から錬気が流れ込んで来ていたから」


「オレから……!? 戦いがこっちの方に向かってきたらすぐ動けるように、自分の身体中に巡らせていたんだけれど」


「制御がきちんと出来ないことが幸いして、しっかり抱きしめていたケイの身体にまで、錬気が注がれて、傷を癒したのか」


 呆然とする朔也に、忍も驚きを隠せない声で推測を述べる。


「うそ、そいつの錬気程度で、あんな深手治せるわけないのにっ!!」


 あり得ない現象に、龍姫が驚嘆する。


「知恵の実の、癒やしの力か!?」


 朔也の腹部へと収まっている不可思議な力の源に、女眷属が熱望の眼差しを注ぐ。


 だがケイが口を噤んだ時から、目の前にいてさえその姿が意識からこぼれ落ちていた。


 改めて、アビスウォーカーを見失ったことを、ハストレアは自覚した。


「くそおっ」


 この瞬間、もうすでに背後に忍び寄っているかもしれない。


 次の瞬間、漆黒の刃が前触れも無くめり込み、首を切り落とすかも知れない。


「アビス、ウォーカーッ!!」 


 気配も殺意も無く、忍び寄ったことすら感じさせぬ。


 感覚を研ぎ澄ませようとも何一つ察知できない。


 ただ湧き起こる危機感に、恐れ知らずの眷属が退避しようと飛び上がる。


「があっ!!」


 その刹那、両足の甲を黒いナイフの刃が深々と穿った。

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