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黄昏の眷属  作者: 倉井部ハルカ
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第28話 絶体絶命

 小柄な少女を抱えて怯える姿へと、ハストレアは追い詰めた獲物を仕留める獣のように襲いかかる。


(だ、だめだっ!! やられる!)


 せめて龍姫だけは守れないかと、藻掻く小柄な身体に覆い被さるようにして庇う。


 その刹那、


「犬神式……破術、割鏡……。オン…… キリキャラ、 ハラハラ、フタラン…… 」


 か細い声が苦しげに唱える。


 それは錬気を通さぬこの結界に穴を穿った術式の詠唱。


 よろける足で窓辺へと向かって、教室内と外界を隔てる見えぬ壁に両手を押し当てて意識を集中させる。


 淡い輝きがその掌から溢れ出し、決して開けられぬ窓に細波が走った。


「往生際の悪い小娘めっ!」


 朔也たちへの攻撃を寸前で止め、怒りの形相も凄まじく女眷属が踵を返す。


 瞬足の跳躍一閃、ケイの至近に迫ると鋭い爪を突き出した。


「がはっ!!」


 五本の細長い刃が、華奢な少女の括れた胴を貫通していた。


 左右の色が異なる眼を見開き、苦悶を上げる。その唇から血が溢れかえる。


 ハストレアが爪刃を引き抜くと共に、傷口からも夥しい鮮血が噴き出した。


 見る見るうちに床を赤く染めて広がり行く血溜まりへと、糸の切れた人形のように儚げな肢体が崩れ落ちる。


「い……ぬが、み……」


 掠れる声で名を呼ぶが、血溜まりに倒れる彼女はピクリとも動かない。


「う、うそ、だ……。あ、ああぁ、そんな……」


 吐き気が込み上げる。

 

 視界がぐらぐらと揺れた。


 身体中から血の気が引いたように冷たい。


 肌の感覚が無い。


 驚くほど大きな鼓動が鼓膜を震わせ、胸が抉られるように痛い。


 ただのクラスメイト。今まで殆ど口もきかなかった。


 それなのに、怪異に戸惑う自分に親身になってくれた。


 襲い来る者たちから身を挺して守ってくれた。


 その挙げ句……。


 どうすれば良かったのだろう?


 あの時、彼女が穿った穴からこの結界を抜け出して助けを呼びに行けば、ケイは無事だったのでは?


 龍姫が闇雲にこの結界へと突っ込んでくることは無かったのでは?


 もしかしたら、足手まといな自分を守る必要の無くなったケイが、全力を発揮し敵を倒したのではないか?


 今となってはどうにもならない、どうなっていたかも分からない可能性が頭の中をグルグルと回る。


(何も、出来なかった)


 性別が変わったばかりか、人に在らざるモノとなったこの身体。人を超えた能力を有しながらそれを使いこなすことすら出来ず、それを理由に戦おうとすらしなかった。


(そんなオレの為に、犬神は)


 腕の中に抱き庇った龍姫を床にそっと降ろし立ち上がる。


 己への怒りで勇気を奮い立たせ、歯を食いしばってハストレアを睨み返す。


「ちょっと、あんた、何するつもり?」


 その様に、痛む腹部を押さえながら龍姫が戸惑う。ただならぬ様子を案じてよろめきながら立ち上がるが、


「う、うわああああああああぁッ!!」


 上擦る声を張り上げながら、朔也は無我夢中で女眷属へと突っ込んでいった。


「ハッ! 仲間がやられて自暴自棄になったか? 自分からわざわざ殺されに来るなんて」


 嘲り声を弾ませて、爪の切っ先を突き出してくる。


「ばかっ!! 避けなさいってばっ!」


 このままいけば確実に串刺しとなる。龍姫が必死に叫ぶが間に合わない。


 鋭い先端が左胸へと触れた。その刹那、


「なっ!?」


「ああっ!!」


 ハストレアと朔也、双方の身体が目映い赤の輝きに包まれた。

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